たまには自分のことでも書こうと思います。

最近、仕事で外出する予定があったのですが、

2回とも流れてしまい、結果行かなくてよくなりました。

 

全然行きたくなかったので

結果はよかったのですが、

実は行かない未来を予測しておりました。

 

ちなみにこれを「後知恵バイアス」といいます。

 

物事が起きてからそれが予測可能だったと考える傾向。

 

 

全然行きたくなかったのは事実ですが、

この「行きたくない」は自我が起こしているだけです。

 

そのさわぐ自我を、

冷静な自我が見つめ、

行くことになったら行くし、

行かなくていいなら行かない、

と現実を受け止めている状態です。

 

それをさらに観察する自我がいて、

この苦しみというか、行きたくないっていう状態も

実は大事なストレスなんだよね、

とわかったフリをして語ります。

 

まぁ、

適度はストレスもあったほうが

ストレス耐性が付くからいいんですよ。

 

 

 

いつものことながら、

前置き長いですよね。

 

さて、なんでメンタルクリニックに行かなかったのか、

なんですが、

 

実は一度行きました。

診断書を貰いに。

 

診断書があると、

安心して仕事が休めるので、

そのために貰いに行ったのではないかと

思っています。(ずるい)

 

 

今考えてみればですが、

私はおかしかったなw

の一言につきます。

 

幼少期から消えてなくなりたいと思っていたし、

家が貧乏で、家族が仲悪く、母が不幸なのは

自分の所為って思っていたし、

学校にいっても、表面的に中のいい友達しかできず、

いい関係を築いてこれませんでした。

 

友人がいないことに悩み

友人を作ろうとがんばったこともありますが、

いつも空回りしている状態でした。

 

 

わかりやすく言えば

かまってもらいたかったのかもしれません。

 

お読みの方は

なんとなく察したのではないかと思いますが、

 

「おかしいのがデフォルトだったから、

病院に行く選択肢がそもそもなかった」

 

医者の話もまともに聞ける状態じゃなかったです。

 

というのが答えなんじゃないでしょうか。

幼少期からパーソナリティー障害っぽかったですしね。

 

仮に過去の自分みたいな人が

自分の目の間にいて苦しんでいた場合、

 

私は手助けしないと思います。

 

なぜそうなっているのかはわかるけど、

「余計なことをしてもキレられるだけ」

なんですよね。

 

結局のところは自分で気が付くしかないから。

 

私に、どうしても助けてほしい、

そう言ってくれるなら助けます。

 

 

苦しみはチャンスでもあるんです。

ってあとからなんとでも言える。

 

ひとりでなんとか改善した私がいうのもなんだけど、

誰かの力を借りたほうがいいと思うよ。