禅の教えで、いかなるものも固定化されたものはなく、その瞬間瞬間における現象にすぎないのだと。移ろいゆく宇宙と自分との関係性だけが真理である、と…そんな風にこの言葉の意味を考えてみましたが、分かったような分からないような。僕の浅い理解では言葉の本当の深みにまで掘り下げることはできません。
ただ、勘違いであれ、そこから感じ取り、考えたことを書くと、執着することを少なくしていきたいな、ということです。環境も人間の心も時間と共に変わっていきます。変わりゆくものを、変わらないものとして永遠に守り続けたいと人は願います。写真とか映像とか。しかしその気持ちが強すぎると執着を生み、かえって不要な不満や欲望を生むのではないでしょうか。過去は自分の記憶の中にしかありません。何の関係性ももはや生み出しません。どんなに強く思い出そうと頑張ってみても、その時感じた胸の高鳴りは今まさにこの瞬間にはどこにもないのです。
良かった時のまま、時間だけが流れてくれれば良いんですが、執着しても世界は変わり、人も変わり、自分も変わります。変わるものとして新しい関係性を一生築き続けるしかないのだなと、なんだか寂しい気持ちで考えています。