
いろんな理由を考えつくもんだ
オートバイを買うためならね
モーターショーの会場で目が合った、とか
オートバイ屋の店先で「一緒に帰ろう」と云われた、とか
まあまあ大概は下らない言い訳にすぎない
もちろんそれは本人が一番理解している訳だが
けれど、何かしらの理由がそこに在ってくれれば
オートバイを買うという贅沢で無用な
それが故に付きまとう購入への後ろめたさへの
せめてもの救いになるような気がするのだ

一度はもう大きいオートバイは止めよう、などと思った時期があったのに
自分の人生の中で、オートバイが占めてきたモノの大きさに気付き
遠回りしながらも結局ボクサーツインのBMWを手に入れてしまったのだ
それはこっそり乗り始めたエストレヤへの不満から始まったのだが
もともとはR100RSやW800を処分して
年寄りはクルマだよ、とばかりに当時気に入っていたクルマを買い
どうしようもない未練から手元にはカブだけは残していた
カブを走らせるのはもちろん楽しいんだけど
とっても良く回るエンジンなので
どうしてもギャンギャン回転を上げて走らせることが多かった
それなりによく走ってはくれるんだけど
カブってそういうオートバイじゃないよね
だったら250くらいの大人しいやつならいいか、ってことになって
それでエストレヤを買った
ずいぶん前だけど木曽の山の中でエストレヤの排気音を聞いて
痺れた経験があったからだ
でも非力すぎた
最大トルク1.8kg-m
充分走るけどトラクションが足りない
使える回転域も高くて単気筒らしさは出せず
車体もとても足らない
やっぱり(最大トルク)「3」くらいはいるよなー
と漠然と感じたのを覚えている
そもそもあの性格ではのんびり走っても楽しくもなんともないし
ボク自身ものんびり走りたい訳ではない(そもそも結構飛ばす方が好きだし)
スピードをコントロールしてコーナーへ向けてリーンし
エンジンのトルクを利用してトラクションを活かしながらコーナリングしたい
誰かより速く走りたい訳ではないし
レーシングスピードでの限界性能を楽しみたい訳でもない(公道だしね)
オートバイと会話しながらオートバイを自由に操りたいだけなのだ
つまり楽しく気持ちよくスポーツ走行したいのだ

もう一度ボクサーツインを、と探し始めた時
実はツインショックの(R100)RSを考えていた
かつてモノサスから二本サスへ乗り換えた時に
そのフィーリングの違いを目の当たりにし
中速から上の力強さに惹かれていた
それと、モノサスボクサーは
将来を見据え開発されたKバイク(水冷直4)のリリースで
BMWバイクのメインストリームを外れ消え行く運命だった
けれど市場のニーズの多さに動かされたメーカーは
パフォーマンスの追及はKシリーズに任せ
ボクサーは気軽に扱えるツーリングバイクへとシフトし存続が決まった
キャブレターを絞ってパワーダウンさせたエンジン
「日常域で使いやすくなった」と
でもこれ、すごく傷つく言葉じゃない?
下手クソのためにパワー絞って使いやすくしてあげましたって聞こえる
けれどたまたまモノサスボクサーとの出会いがあり
結局それを手に入れた
実際にそれはすごく乗りやすかった
レイダウンしてストロークが伸びたリヤサスと相まって
本当に完成された性能を感じたし
何よりボクの感性がこれを認めるほど成長していたことが大きかったと思う

話を変えてTZR250
ヤマハについて書いておきたい
20代のボクの興味は
カワサキの空冷4気筒400ccを乗り継いできた後
先鋭化する2ストレプリカに移っていた
世界GPでフレディがダブルタイトルを獲るなど
ホンダも2ストに本気を見せていたが
ボク的には2ストといえばRZで
特に750キラーの異名を持つRZ350に惹かれていた

だからTZRが出た時すごく惹かれたんだけど
半面そのマジメ感あふれる外観にちょっとがっかりもしていた
フロントも16インチではないし
アンチノーズダイプフォークでもない
フロントディスクはなんとシングル(でもフローティングだけどね)
シートもしっかりアンコが入っていてひどく普通なのだ
でも結局TZRを買った
それはマイナーチェンジの時に設定された
美しいソノートヤマハのジタンブル―の外装にメロメロだったからだ

実際に走り出すとTZRは怖ろしく普通でありながら
ワインディングへ行くと本当に速かった
そしてすぐにTZRがボクの指示を待っていることに気付いた
指示をすればTZRは期待以上にそれに応えてくれるのだ
走ることが楽しいと初めて感じた
でも実際は指示待ちしてるわけではなく
入力に対する反応が人の感覚に近いというカラクリなのだ
もちろんワインディングだけでなくて
ロングツーリングもすごく得意な「レプリカ」で
ハンドリングのヤマハとすでに云われていたが
キャリアの浅いライダーにもそれはすぐに理解できるものだった
操る人間の感性に寄りそうバランス
それはヤマハのスポーツバイクに込めた魂だった

けれどバイクブームに後押しされた市場は
オートバイの本質を離れますますその性能(スペック)は先鋭化していった
ホンダの88NSRは刺激的だった
当時の大型オートバイとなら発進加速で負けないし
公道の狭いワインディングでは無敵だった
ゼロ発進でフル加速するとフロントを軽々と持ち上げ
加速Gでは身体中の血が引いていく感触がするほどだった
そのあともボクは馬力の虜になったまま歳を重ね
ZX12Rにまで行きついた
今思えば何たる無知と嘆きたくもなるが
本当はボクはもう気付いていた
TZRがボクの求めるオートバイだったのだ
軽くてコンパクトな車体
強い骨格にコントローラブルなエンジンとブレーキ
YPVSの生み出す豊かなトルクを操って立ち上がる気持ち良さ
あれがボクの理想のオートバイの姿だった
のんびりトコトコではなく
グリグリっとトラクションを感じて走りたい
次はSR400だ
SR400は燃調用ECUを搭載しながら
厳しくなる一方の排ガス騒音規制に対応していた
しかもエンジン本体や車体デザインを変えずに
SRがSRのままであり続ける開発を続けていた
正直いえばSRって興味の中心にはないオートバイだった
けれどSRの広告や記事はこの40年間途切れることなく
当たり前のように「ふーん」と眺めていた
そして2021年
翌年からのABS搭載義務にまるで反旗を翻すように
あっさりと市場から消えてしまった
ファイナルモデルは4263台も販売
「え?新車買えなくなるの?」
そう感じた人がいかに多かったかということだろう
そういうボクもその中のひとりだ
いつでもその気になれば(買える)、はもう通じない
去年の夏にSRに寄せる思いを記事にした
「SRラプソディ 忘れられぬ恋はかなわぬ恋というけれど」
あれから事あるごとにSRについて調べていた
それは、なぜヤマハがSRにこだわってきたのか、がとても気になったからだ
その中でいちばん気になったのが実は最終モデルの開発の話だった
最終のRH16Jは排ガス規制対応のためECUを大型化
それはMTシリーズと同じタイプのECUなのだ
インジェクション化のためにSRはフレームや外装にまで変更が加えられているが
それはすべてSRをSRとして残していくためだった
そしてその最新のECUを得ることによって
SRは少しサイボーグ化しているんだけど
より良い性能、のベクトルが
当然のように「より良いSRとは何か」に向けられていた
「より良いSR」とは、「SRの本質」を求めるということで
スムースでパワフル、ではないということだ
最大トルク発生を3000rpmに落とし
「日常域での使いやすさ」と嫌いなフレーズで云いまわされながら
SRは本当にSRらしく作り込まれた
今まで思っていた高回転での性能より
中速域(アクセル開度2分の1)での性能こそが
ビッグシングルの味わいなのだと云わんばかり
そしてそれは日常速度域でのスポーツ性に最も近い
2500rpmから3500rpmのトルクバンドを使って
コーナリング中に矢継ぎ早にシフトアップすれば
SRはもっとも「らしく」旋回していくのだ
これこそがボクが求めている姿に近いオートバイの筈だ
あらためて強く感じた
ぜひ乗りたい、と

という訳で
これが今回「SR400(RH16J)」をボクが買った理由だ
ヒヒヒヒヒッ

何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し
年が明けて元旦が穏やかに開けると
いつもこの啄木の歌を口ずさんで深呼吸する
そして本当にそうであれば良いのにな
と、少し切なくもなる
夕べ遅くに降っていた雨もすっかり上がって
空はすっきりと晴れ渡った今年の元旦
今年はどんな一年になるのかな
いやいや
今年はどんな一年にしようかな、で過ごすことにしよう

でもね
「よい事」なんて普通はあまり訪れない
第一、よい事に出会うようなそんな生活してないしね
だから毎日淡々と暮らせれば
そして毎日淡々と勤しんでいければ
他に何もいらないのだとも思う
他人ごとに期待して落胆するほど暇じゃあないし
悪いことにもたまにはお目にかかるだろう
そんな時こそいつもどおりにやれば良い
禍福は糾える縄のごときものだし
人間万事塞翁が馬なのだ
そして、とどの詰まりは
人間到る所青山あり、ということだ

さて、今年は「旅」の一年にしたい
久しぶりに北の方へ行ってみようと思う
おもむろに書棚から引っ張り出した地図は
なんと2006年版

仕方なく大判の一枚地図を新たに買い求めた
結局こういう全体図が一番役に立つ
ツーリングに出掛ける前に
四六時中目の隅に入れておくと
地名とその位置関係がおのずと頭に入る
実際に走りに出るとそれだけで案内標識を見れば一日走れてしまう
あとは県道(道道か)とか市町村道で面白そうなルートを探す
それを繋いでざっくりウェイポイントを決めれば十分だ
あまり決めすぎると窮屈になるし
行動がそれに縛られがちだ
道を間違える
何処にいるのかわからない
通行止めで通れない
店がやってない
寒くてやばい
温泉で変なおじさんに絡まれる
どれも、どんなことも楽しい
予想以上期待以上なんていらないし
ネットで調べたとおりなんて意味すらない
楽しさや充足感は走る距離に関係しないし比例もしない
本当は遠くへ行かなくても良いんだけど
何日も一日中オートバイのことだけ考えてる
ツーリングというそんな状況に引かれるのかもしれない

もうひとつ挙げれば
「日本100名道」かな
ボクも以前(若いころね)は走ることに意味を持たせようと
あれこれ工夫していた時期があった
「日本一周」なんていうのもありきたりだけど
やっぱり魅力的で
何をもって日本一周と定義するかは自由なんだけど
何か縛りがあった方が充実するかなと思っていた時
たまたま「日本100名道」っていう写真集が目にとまって
直感的に「これいいかも」くらいの感じで
そこに載っていたルートを走破しながら日本を回ることにした
「日本100名道」は写真家の須藤英一氏の写真集で
2002年から2013年まで内容を見直しながら3版を重ね
最近ではweb版も公開されている
柄にもないが
ボクにとってはある意味ライフワークにもなっている
今となってはもうどうでも良くなってるんだけど
折角未踏破があと20ルート位まできているので
可能な限り走破していこうと思う
でもね、さすがに残っているルートは遠方が多くて
全部埋める自信はとてもない
桜島の火山の中腹にある湯之平展望所へ向かう道なんて行けるかな?
長崎鼻も佐多岬も都井岬も行ってるのになー

という訳で取り留めもなく
年頭に当たっての所感は以上
ですね

今年初めての本格的な寒波がやってきた
北から吹き付ける強い風は凍える冷たさで
改めて冬のつらさを思い知らされる

ガレージのシャッターを上げると
クロ介(BMW R100Trad)に冬の朝陽が差し込んだ
カバーを外しタンクに掛けた毛布を剥ぐと
クロ介の金属のボディをゆっくりと解すように光が包む
左右の燃料コックを開けて
チョークを一杯に引き
セルを回す
点火の微妙な兆候を察知してそれをスロットルで掬い上げてやると
1000ccのフラットツインは容易く目覚める
真冬はこのまましばらく暖機運転する

ヘルメットをかぶりグローブをはめながら
クロ介の周りをゆっくり一周して機体をチェックしていく
ミラーやメーターの曇りやスイッチの動作
パーツの取り付き具合とか灯火の具合とか
オイル漏れ、タイヤのトレッドの様子
そんなところか
アイドリングが上がり始めたらチョークを戻して
スロットルをわずかに開けて固定する
左右一体成型のでかいクランクケースに熱が回るにはまだ時間がかかるけど
この辺りで走り出すことにする

気持ち長めにゆったりとクラッチミートさせて発進
1速を少し引っ張ってガスを抜いてやる
シフトアップして2速
3500rpm 60km/h
しっかりと着込んだはずのウエアでもどこかから冷気が忍び込んで
その寒さで体に思わず力が入るのか
体中の関節がぎこちなく
ポジションがなんとなくしっくりこない
冬の「あるある」だ
自宅周辺の脇道から県道との合流点で
まだ怪しいエンジンをストールさせないように
スロットルに少しテンションをかけながら停止する
合流して3速までシフトアップ
エンジンの音は明らかに軽く滑らかになり
クロ介からもようやく「GO」サインが出る

緩やかだけど深いコーナーが左右に連続するいつもの場所
目線の移動だけでゆったりとリーンをはじめ
外足を支点にして内側に荷重を強め
フロントの舵が追従する感覚を確かめる
切り返しのタイミングで内足のステップに荷重して車体を起こしながら
それをそのまま支点にして反対側へリーン
これが無意識でできていれば問題ない
国道へ出るまでに他にもまだルーティーンがある
一旦停止からの左折
一旦停止からの右折
低速でのクランク(国道の側道が下をくぐっている箇所だ)
国道に合流してからの素早い加速
などなど
その一つ一つを試すのがとても楽しい

いつもの散歩コースはこの国道を少し走ったあと
3桁の国道に分岐して山に入っていく
峠が2か所
高速巡行できるエリアが3か所
山に入ると信号はほぼ無いし
いつも行く「涼風の里」までは約50kmあるけど
所要時間は50分くらいかな

おんなじ道を走っていてもその日によって感じることは違う
景色の事じゃなくて
オートバイと自分のことだ
何処へ行くのかとか
何を喰おうかとか
誰と行こうか
そんなことよりオートバイとのコミュニケーションばかり考えている
そしてそれが何より楽しい
コンビニまでカブを走らせても
ツアラーで九州まで一気に走り通しても
その楽しさは全く変わらないし
そして
初めて友達のオートバイのスロットルをブリッピングした16の時と
(その時のボクの顔を見て友達は「オマエ、オートバイにきっと乗るぞ」と云った)
何十台ものオートバイを乗り継いで
何万キロも日本中を走り回った今も
オートバイに対するときめきがまったく変化していない
大声で叫びたいぐらい
オートバイが好きだ
ただそれだけだ

天気予報ではあんまり良さそうなことは云ってなかったけど
なかなかどうしての快晴だった
風も無くて今年最後のクロ介との散歩は楽しかった
山はすっかり枯れ果てて
木々の尖った枝先がツンツンと真っ青な冬の空を突き刺す
それでもどの枝にもしっかりと春に芽を吹く蕾がびっしり付いて
なんだかその生命力がとっても頼もしく見えた

椅子を広げてコーヒーを淹れ
のんびりと風景たちを眺める
枝から枝へエナガの群れが飛び回る
皆一様にチュビチュビとうるさく囀って
ボクの頭の上をあちらからこちら
そしてまたこちらからあちらへと忙しない
けれどその小さな体に似合わぬ程の長い尾を上下に振って
器用にバランスをとる姿がとても愛らしい
「君たちはここで冬をやり過ごすんだね」

今日ここへ来るあいだも
きのう降ったのか雪が残っていたし
一日中陽の当らない山陰は道路が湿って黒くなっていた
気を付ければおそらくこの辺りなら真冬でも入れるのかもしれないけれど
凍結の不安を抱えたままでは全く楽しめないので
1月、2月は山へ向かわないことにしている
だから「涼風詣で」も今日が今年最後になるだろう
その分少し感傷的な気分で山や川を眺めた
先日も書いたとおり
もう来年が当たり前にくる年齢ではない
もちろんわかっている
死ぬことより生きることをこそ考えるべきだ
明日が来ないと分かってもそれは明日にならなければ分からない
明日、何して遊ぼうかな?
それの繰り返しが人の営みだ

クロ介を手元に置いて丸3年がたった
10年以上店頭に放置(展示?)されていた車両なので
徐々に不具合をつぶしながら機械としての信頼を深めていった期間だった
それとそれまで乗っていたR1150RTを売却して
自分自身が長距離のライディングから遠ざかっていたこと
壮年期に入って明らかに身体機能が落ちている自覚があることなど
乗り手のリハビリとリビルドが必要だったこともあって
ロングツーリングをあえて控えていた
けれど500kmを超えるようなツーリングも
以前のように
というかそれ以上に
こなせるだけの技術とフィジカルとメンタルが
身に付いてきたように感じている
なので、来シーズンからはもう少しいろいろなところへ走りに行きたい
来年クロ介と遠乗りすることを楽しみにしている

今年もたくさんの人に読んでいただきとても感謝しています
歳を重ねた分いろいろと感じるところも多くなって
よせばいいのにあれこれ悪態をついてばかりで......
けれど正直な気持ちなのでそこに少しでも何か感じていただければと
このブログにもいつまでも蹴りがつけられないのかもしれません
オートバイという不思議な乗り物が
なぜだかボクの心と響き合うその感覚を
同じように響く人たちに感じてもらえれば
というのが原点です
いまはまだとてもそんな実感がないので
もう少し続けさせてもらえればと思っています

ということで来年もまだまだ走るよ
そしていつかどこかの路上で
良いお年をお迎えください


里に秋が下りる頃
昨日まで晩秋の低い日差しに透けて輝いていた櫨の真っ赤な葉が
今日は色を失って枯れていた

一日中強く吹き荒れる木枯らしに葉っぱたちはひとたまりもなく
抱かれる、というより無残に風に舞い散っていく
もうこうなるとボクには何の太刀打ちも出来ない
冷たい冬がゆっくりと確実に
里に根付くのをただただ受け入れるしかない

ジョウビタキの姿を庭に見つけると冬の訪れは確実で
羽根がキレイなかわいい小鳥なのに
「もう来たのかい?」
とちょっと悪態もつきたくなるのだ
そして深い溜息とともに
山へ踏み込めるのも今日が最後かもしれないと強く感じる
そう思う焦りからか晴れた日には時間を惜しんであちこち走り回るのだが
その度に逆に寂しさも込み上げる始末だ

もうこの歳になると
死がいつも隣に佇んでいるような気配を感じる
決して死ぬことを恐れているわけではないし
もちろん若くして死ぬ人もいるのだから年齢は関係ないのだろうが
老いたこの身に晩秋の寂寥感は一層切なくて
遠い春を想いながらそこには以前のような呑気さはなく
ただただ一人去り行く人の定めが寂しいのだ
そしてそのことで胸が詰まる思いがする
「今年もありがとう」
そして
「来年もまた会いたいね」
と馴染みある風景たちにつぶやくが強い北風がそれをすぐにかき消してしまう
それはまるで叶わぬ願いのように

久しぶりに走った静岡県県道9号線(天竜東栄線)は印象的だった
熊へはいつも渋川を通っていくことが多いので
天竜川の支流「阿多古川」に沿って進むこの県道を走るのは
実は初めてだったかもしれない

9号線はさすがの一桁で
最奥の熊の集落までかなり整備状況が良い
川沿いのこのルートはやはりボク好みの屈曲具合で
直線がほぼなく
曲線と曲線が美しくつながって飽きない
阿多古川の流れは澄んで美しく
沿道の町並みには昭和の風情が強い
特に西阿多古川との分岐点の集落は街道の宿場のような佇まいで
またゆっくり訪ねたいと思わせる印象があった
今回はその先、長沢地区辺りで道路陥没のため9号線が不通になっていたが
迂回に案内されたルートが思わぬルートでとても楽しかった


急な斜面を一気に駆け上ると茶畑が広がって
眼下の谷に西阿多古川が流れ下る
谷の向こう側の斜面にも張り付くように集落が散見され
空に近い山村はとても明るく静かだった
迂回に30分くらい取られたけど
それは次々現れる美しい眺めにボクがオートバイをいちいち止めていたからで
むしろ次もこっちを選んで走っちゃうかもな
なんて一人でほくそ笑んでいた

その後立ち寄った道の駅「くんま水車の里」の熊かあさんの店で
久しぶりに素朴な蕎麦を喰った
旨かった


奥三河にもマイナーな快走路がある
国道や県道を挟んで田口から足助までつながっている


ただしこの路線のアップダウンは半端なくて
2ストだと焼き付くんじゃないかと思うくらいに下りが連続したりする
最近ではWRCのSSコースとしてメジャーになりつつあるので
今後は通行量も増えそうだ
沿道にカエデが植えられた箇所が多く
紅葉の季節はとてもきれい
でもせせらぎ街道じゃないけどここもワインディングがいちばん
まだ行けるかなと思って行ってみたら
その日は路面がかなり濡れていて微妙な感じだった
冬になると一日中日陰の部分もあるのでなんだかちょっと興奮する
おまけにカエデの落ち葉が積もっていて楽しさ倍増だ
この状態で冷え込んだらもう走りたくはないけど
やっぱり今年は終わりなんだね


「今日は晴れて温かくなるでしょう」
と気象予報士が口を揃えるある日
散歩くらいの気持ちで涼風まで走った
作手へ出ると一転空には雲が広がって
ヘルメットのシールドにポツポツと雨滴が当たり出す
湿った空に寒気が忍び込むと空は時雨る
決してザーッとはならないけれど
地味にポツポツと降り続けやがてすべてが濡れる
今日はそんな雨だ


建物の際にクロ介を停めて
ボクは軒の中に入らせてもらう
雨の止み待ちでボーっとするのは嫌いじゃない
クロ介は細かい雨に打たれ続けている
風が出るとイヤだななんて考えながら
湯でも沸かしますか
とアルストを引っ張り出す

アルストの火に手をかざしぼんやりしてると
ついつい、いろいろなことを考えてしまう
地球のどこかでは戦争が止まらず
金持ちの権力者たちが金に執着し続ける
何がどう進化しても
何がどう変化しても
人間自体は怖ろしいくらい人間であり続けるようだ

それなのに最近引っかかる言葉がある
「今はもう時代が変わった」ってヤツだ
時代が変わるとは単に時間の経過という意味ではないのは明らかなので
その時代を生きる人間とその社会が変わったと云いたいのだろう
でもね人間がそう短い間に変わってしまうものかな
変わったなんて勘違いの言い訳だろうよ
楽しんで野球をやったチームが優勝したかもしれないが
楽しんで野球をやって一回戦で負けるチームもあっただろう
楽しんで野球をやっていいプレーが出来た選手もいたかもしれないが
楽しんで野球をやってレギュラーになれなかった選手もいただろう
本当にみんなが変わったのか
いやいや
取り残されるヤツはいつも同じ
それこそ「頑固者だけが悲しい思い」をするのだ
残された時間が少ないと感じるせいか
この頃この思いが頭から離れない
人間なんてボクが知る限り何も変わっていないと感じる
むしろさらにボンヤリとして腐敗しているように見える


どんなに道が改良されても
どんなにオートバイが進化しても
いつもの峠道
いつもの集落
いつもの山々
あそこの窪みも
どこそこの段差も
ここの水たまりも
この身体が覚えている

動く物質としてのヒトの存在意味はおそらく不明だ
偶然と必然の境界線上をただただ変化してきたにすぎない
けれど意識を持った物質としての人間の存在の意味は考えざるを得ない
そしてその命の意味を後世に正しく伝えられないのなら
その文明は間違った方向へ向かっているのだ
おのれの楽しみもいいだろう
ただその命は父や母をはじめ多くの先人たちから託されたもの
そしてこの自分が次の世代へ繋いでいくものだ
もちろん生命に限った話ではない
時代などそう簡単に変わってたまるものか
と、北風の中コーヒーを啜るおっさん
まったく季節外れの五月蠅い頑固者だ


性格というものは後天的なモノだというのが一般的な見方だが
当の本人にとってはそんなのハナハだ迷惑な話だ
先祖の誰それからの悪い遺伝に相違ないさ
そんな風に思えられれば気も楽だろうに
それがまさか
こんなにもイヤな性分が自分自身で作り上げたモノだったなんて
まさに悪い冗談くらいにしか思えなかったりする
「性格」と云うだけあって頑固に凝り固まっていて
自分ではもはやどうすることも出来ない状態だから
逆に「ひとごと」のように感じるという部分もある
そう云えば
毎日の晩酌の当てに刺身の二切れ三切れが決まりだったボクのジィさんは
台風なんかでバァちゃんが買いモンに出られなくても
食卓に刺身が無いと信じられないくらい不機嫌になるような人だった
イヤなジジィだなとその時は思っていたけど
実はジィさんもそんな自分のダメさ加減を分かっていたのかもしれない
そんな風には考えられないだろうか?
まぁ実際それを自分で反省していたかどうかは知らんけど
この頃、あんたジィさんに似て来たね
なんて云われると実はちょっとうれしかったりする
もちろん自分勝手で我が儘がうれしいのではなく
やはり性格は「後天的」なモノではなく「先天的」なモノなんだとホッとするからだ

知ってのとおりボクの性格は相当な天邪鬼
自分自ら後天的に作り上げた恐るべき性格だ
そしてそんなボクは毎年この時期になるとちょっとワクワクしている
それは色付いた葉っぱをすっかりふるい落として
ひと気のなくなった「せせらぎ街道」を走るのが大好きだからだ
この恐ろしく悪趣味な考えに取り憑かれて20年位になるか
実際、毎年のようにせっせと通い詰めている
そもそもこんなカタチで人に読ませるモノとしては
どうなんだろう、と自分でも思うけど
でもね
ボクはこれを世界中の天邪鬼という少数派に向けて書いているのだ
ニヒリストやペシミストでもシニシズムの人なんていうのも大歓迎
いつも世の中の境界線上に立ってモノ事を見ている感じなんだけど
どんなモノでもどっちかに振り切れると真逆に見えることがあるじゃない?
西へ西へと進んでいるつもりでも
ある人には東から来た人と思われる
それだ!
真面目に!真摯に!懸命に!
そう有り続けようとするとなんだか世界からは
天邪鬼に見えている
と、回りくどい言い訳をしたけど
早い話、ひねくれものってことだ
(本当はちょっと違うし、本人もそうは思ってないけどね)
あなたが天邪鬼であることをせめて祈ろう

ただ紅葉が終わったせせらぎ街道へ行くには
少しばかりコツがいるのだ
美しく色付いた葉っぱたちがすっかり枯れ落ちてしまって
足元に茶色く降り積もる頃
峠(西ウレ峠1121m)はもう氷点下まで気温を下げるのだ
明け方には霜も降りて
それが朝日に当たって融けると
街道を一面ぐっしょりと湿らせてしまう
おかげで日陰の道路は日中になっても乾かず
そのまま夜を迎えると凍結なんてこともある
アメダスで近辺の観測点「六厩(標高1015m)」を見ると
すでに最低気温は―5℃くらいと出ている
しかも午後10時くらいから氷点下へ落ち始めて
日の出前に最低気温の―5℃まで達し
そして9時を回る頃(谷に陽が差す頃)にようやく
気温が上がってくるような感じだ
だから気候の進み具合はよく見極める必要がある
それともうひとつ
今年は太陰太陽暦(旧暦)では2月に閏月が入る年回りなので
新暦の感覚では全体的に季節感に齟齬を感じる
中秋が9月の末だったことを思い出せばわかるが
2週間ぐらいのずれ込みがあるだろうから
せせらぎ街道はまだ紅葉が終わり切っていないかもしれないのだ
いやいや、それって悪い事か?
と自分にツッコミを入れてみる

去年の日記を見ると
フリースベストとウルトラライトダウンで暑いとある
今年は同じ服装でちょうどよさそうだ
念のため丹田にカイロを張り付けておく
結果、これは大正解だった

「高速に乗って北へ向かう」
歌の詞みたいだなと考えながら
同時にヒザ小僧が冷たいなとも考えている
けれどクロ介(BMW R100改RS)の大きなカウリングに潜り込んで
冷たい晩秋の空気を切り裂いて走るのは
まさに至福の瞬間なのだ
だから単に天邪鬼と云うだけでこんな季節に
わざわざ紅葉の時期を外してまでせせらぎ街道へ行く訳ではない
この季節がコイツ(クロ介)との一体感を得るのに重要なのだ
スクリーンの前方には今年も岐阜の山々が美しく見渡せる
遥か白山の雄大な山容はすっぽりと雪に覆われ
御嶽、木曽山脈は肩から上に綿帽子
恵那山も山頂付近の谷筋が白く光っている
もうこのパノラマを見るだけで十分なんだけど
それでもクロ介の快調さに気を良くして
肩をすぼめてカウルにすっぽりと身体を潜らせ
さらに北へ進む


クロ介との一体感を楽しむうちに程なく郡上八幡に達する
下へ降りてみると案外国道471号線へ向かうクルマが多いと気付く
そうか、まだ紅葉終わってないんだな
と、ちょっとガッカリしながら
仕方ないさと自分をなだめて車列に加わる
それでもさほど流れが遅くなることもなく順調に明宝を通過する
どうやら紅葉もこの辺りまでのようで
道の駅にはクルマが一杯だ
その先はクルマもやや減り中央線も破線
坂本トンネルの入り口から山を見上げると一面のススキが穂を光らせていた
峠を越えると季節は一気に進み
ボクの大好きな晩秋のせせらぎ街道が待っていた
非力なクロ介に鞭を叩き入れ
渓流沿いのダイナミックなワインディングを駆け上がる
ビギナーを受け流し
リターンをちぎり捨て
マスをなぎ倒して
気付けば西ウレ峠
ウェットは残るが葉っぱはみんな落ちてしまって
せせらぎ街道はクリアラップだった


峠の気温表示は「5℃」
寒いし腹も減ったので昼メシにする
まぁゆっくりこの雰囲気を味わっていたいというだけだがね


傍らをザワザワと音を立てるせせらぎ
それに乗って無数の落ち葉が次々と流れ下っていく
せわしく流れる雲がときおり日差しを遮るけど
地表には風もなく
とても穏やかな晩秋の眺めだ
♪こぎつね コンコン 山のなか~ 山のなか~♪
と、呑気にひとり口ずさみながら湯が沸くのを待つ
カップヌードル(またかよ!)買ったつもりが
カップニャードルだった
でもね、味は全く一緒だったよー


小一時間のんびりした後
まだまだ続く谷筋のワインディングを走る
今年は交通量がほぼなくて
(たとえあっても地元民は超速い)
久しぶりにスタンド擦りまくったよ
途中、巣野俣あたりの橋上に塩カルが積もるほど撒かれていて焦る
やっぱりもう凍結するんだね
いやー
それでも本当にせせらぎ街道は最高に楽しい

国道158号線に合流すると終わった感に支配される
あとは帰るだけ
なんだけど
高山市街の背後に聳える雪を被った北アと乗鞍の峰々が視界に広がる
その光景はまるで街全体が巨大な伽藍になったような荘厳さがある
こんな風景が日常にあるなんて相当うらやましい
けど地元の人はきっと見慣れてるからどうだろう
でも冷え込んだ朝
一夜で雪化粧した山並みにはやっぱり、はっとするんじゃないかな
飛騨・木曽の景色も格別だ

高山から何のひねりもなく国道41を南下
そう云えば去年気付いて忘れたけど
宮峠にズドーンとトンネル開いてた
長い長いトンネルでジワジワ高度を上げて久々野に出る
災害も事故も多い41号線の改良は進んでいる

クロ介の大きな真っ黒カウル
潜り込んだ身体の縁をかすめていく冷たい風
今年もそろそろ終わりかな