ごきげんよう、萬勤誕(まんきんたん)です。
「松山市内の全神社巡り」、東部はほぼ参拝を済ませました。
7/10までに詣でたのは、畑寺町「桑原八幡神社」
「姫彦温泉(ひめひこおんせん)」の近くある歴史ある大きな神社です。
主祭神は
誉田別尊(ほんだわけのみこと 17代 応神天皇) |
三町「かまど神社」
主祭神は
奥津彦命(おきつひこのみこと)
奥津姫命(おきつひめのみこと)
媛彦温泉の近くにある「新池」というため池のほとりにあり、今回初めて存在を知りました。
「素鵞神社(そがじんじゃ)」福音寺町
主祭神は健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
北久米町「大護神社(だいごじんじゃ)」
主祭神は
天津児屋根之命(あまつこやねのみこと)
仙波大炊介貞高(せんばおおいのすけさだたか)
伊予の豪族・河野氏に仕えた仙波氏を祀った神社です。
この辺りは仙波性が多く住んでいます。
お次はよく行く温泉「久米之癒(くめのゆ)」の近くにある南久米町「東山神社(ひがしやまじんじゃ)」
主祭神は
石巣彦命(いわすひこのみこと)
石巣比売命(いわすひめのみこと)
上古の時代に乱暴者 の移住者が村人たちを悩ませていたため、この地を平定するためにここから東にある石鎚山(いしづちさん)の、「石鎚神社」から祭神を分霊したので「東山神社」と名付けられたとか。
境内には樹齢350年の2つの楠の大樹が鎮座しています。
「日尾八幡神社(ひおはちまんじんじゃ)」南久米町
宇佐より神霊を勧請し「久米八幡宮」として752年に建立。
主祭神は
応神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
多紀理毘売命(たきりひめのみこと)
狭依毘売命(さよりひめのみこと)
多紀都毘売命(たきつひめのみこと)
伊予比売命(いよずひめのみこと)
境内末社である「生目神社(いきめじんじゃ)」
路上観察をしていた40年前から「愛の狛犬」と呼んでいた、役目を終えた狛犬夫婦が大切に残されていました。
続いて鷹ノ子町の農業用水の「大池」のほとりに鎮座する「素鵞神社(そがじんじゃ)」
主祭神は健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
天王山古墳の上にあることから、地元では「てんのうさん」と呼ばれて親しまれてきました。
拝殿正面右に「熊野大権現(くまのだいごんげん)」、左に「牛頭天王(ごずてんのう)」の額が奉納されています。
牛頭天王(ごずてんのう)は日本における神仏習合の神。
神道におけるスサノオ神と同体であるとされています。
また、「熊野権現(くまのだいごんげん)」の主祭神は家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)もスサノオノミコトと同体とされています。
健康や商売、念願成就、開運招福のご利益が受けられます。
次に平井町「西宮神社(にしのみやじんじゃ)」
主祭神は
蛭子命(エビス神)
大物主命(おおものぬしのかみ)
中之太神(なかのおおかみ)
建速須佐男之命(たけはやすさのおのみこと)
誉田天皇(ほむたのすめらみこと)
宇迦御魂神(うかのみたまのかみ)
伊邪那岐命(いざなきのみこと)
速玉男命(はやたまのおのみこと)
事解男命(ことさかのおのみこと)
曽根人霊(そねじんりょう)
境内に手押しポンプの井戸があるのどかな雰囲気の良い神社でした。
次に北梅本町「小女姫神社(こじょひめじんじゃ)」
葉佐池古墳の奥にひっそりと鎮座されてます。
室町時代に長宗我部に敗れた山内氏の幼い女の子が、逃げ延びる途上で殺され、哀れんで「古城姫(こじょひめ)さん」という祠を建てたという悲しい歴史を持つ神社です。
のちに「小女姫神社(こじょひめじんじゃ)」となったそうです。
生い茂ったイバラをかき分け山道を進みましたが、見つかりません
合羽を着用していたので思い切って侵入しましたが、藪蚊にはたかられ、雨上がりのいかにもマムシが出そうな湿った雰囲気。
イノシシやタヌキのため糞も見つかり、嫌な獣臭もするので、かなり探しましたが諦めました。
↑写真はお借りしたものですが、少し前まではかろうじてこのような祠があったようですが、今は跡形もなく、なくなってました。ザンネン!
せっかくなので小野川を少し上って「一之宮神社」へ行ってみました。
一之宮というものの山村の中に建つ小さな神社でした。
「河内大明神」の額があります。
東温市に「惣河内大明神社」がありますが、そこと同じであれば主祭神は、
田心姫命(たごりひめのみこと)
天穂日命(あめのほひのみこと)
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
活津日子根命(いくつひこねのみこと)
天津日子根命(あまつひこねのみこと)
瑞津姫命(たきつひめのみこと)他になります。
こここから雨に降られましたが
久米窪田町「龍神社」へ。
主祭神は
大海津見神(おおわたつみのかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
最後は来住町(きしちょう)「軍ヶ森神社(いくさがもりじんじゃ)」
主祭神は
誉田別命(ほむだわけのみこと)
足仲津比古命(たらしなかつひこのみこと)
正平年間の戦の際に、多くの戦死者をこの森に埋めたことから「軍ヶ森(いくさがもり)」と呼ぶようになったそうです。
戦争は多くの犠牲者が出るんですねー。やだやだ。
梅雨空でうっとおしいので、余っていたプランターに「百日草」の種を蒔いたんだ。
うまく開花すれば、冬まで長く楽しませてくれるはず。
日中、ベランダのエアポンプも稼働して、メダカも楽しそうに泳ぎまくっている。
狭いベランダだけど、なんとなく活気づいてきたぞ。
毎朝の水やりとメダカのお世話が楽しみです♪
それでは、また