ごきげんよう、萬勤誕です!
先日、加入しているオンラインサロンZENサンガのZOOM懇談会に初めて参加したんだ(萬勤誕は16期生)。
全参加者を5~6人のグループに分けて、少人数で与えられたテーマについてセッションするというものでした。
この日のテーマは「この10年で自分が変わったこと」。
萬勤誕のグループは男一人だけで、あとはみんな女性、年齢は30後半ぐらいからさまざまでした。
みんなの共通点でわかっていることは、このサークルに入っていることぐらいなので、必然的に話題は精神的なことや、心の持ち方みたいなことに絡んでくる。
そんな中で面白かったのは、周りにそういう話ができる人がいないからここで発散しているという人がほとんどだったこと。
萬勤誕も同じだけど、みんなの体験談は、「そんなことで悩むんだなー」と聞いていて新鮮な話ばかりでした。
10年前といえば萬勤誕は、ちょうど脳溢血から社会復帰を始めたばかりの頃なので、話題はたくさんあったけど、言葉を選びながら端的に話をさせてもらった。
見ず知らずの他人の10年の移り変わりの話を聞くことも興味深くておもしろかったけど、自分の話を聞いてもらうことも気分が良くて、あっという間の90分でした。
途中で阿部敏郎さんもグループに加わってくれたしね!
時代は変わったなぁと、改めて実感したのでした。
ただ、回線が悪くて接続がとぎれとぎれになる人もいたりして、それを見るとまだまだネットは黎明期(れいめいき)なんだなぁと思ったのでした。
さて、9/10に行った「神社がいいね」の続きです。
谷町の「天満神社」から平田町の「阿沼美神社」へ。
「阿沼美神社」といえば、以前住んでいた味酒町にある「阿沼美神社」しか知らなかったので、へぇ、ここにもあったんだ!というのが率直な感想。
味酒町の「阿沼美神社」は、今は廃止されたけど、昔から神輿の鉢合わせで知られていて、毎年のように死人が出る祭りで有名だったんだ。
大きな神社で歴史もあるけど、社殿は新しくて威厳のない建物に感じられ、こちらの「阿沼美神社」の方がやさしさや風格が感じられる。
本殿の扁額の上には「誠天道誠思人道」の文字が掲げられています。
これは『中庸』という古典に書かれた言葉で、原文は「誠者天之道也。誠之者、人之道也」。
「誠は天の道なり。之れを誠にするは人の道なり」と訳されています。
この言葉が出てくる映画に、森田芳光監督、夏目漱石原作、松田優作主演の『それから』がありますが、…話が不倫の話に脱線するので戻しましょう。
…戻したものの陰陽石。
なぜ「阿沼美神社」の境内に?
と思っていたら、すぐに謎が解けました。境内宮を詣ると。
やはり「多賀大神宮」の名前がありました。
愛媛で「多賀神社」といえば、宇和島の「凸凹神堂」ですよ。
萬勤誕も学生の頃、興味本位でわざわざ見に行ったものです。
当時はここの神主さんのことを「変態コレクター」と笑ってましたが、大人になってようやくこれが「神聖なもの」であり、「多賀神社」は由緒正しい神社であることを知るのです。
昔は友人間では「凸凹寺」と呼んでいて、先代の宮司さんが久保凸凹丸(あいまる)という珍名さんだったので全国ネットでもよく取り上げられてました。
宮崎にも「陰陽石神社」があって、古神道では陽石は「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」の御神体として信仰されていたそうです。
お! 祠の前にはタマタマもあるじゃないですか、と思ったら「力石」でした。
この配置は誤解を狙ったとしか思えません。萬勤誕だけか?
帰りがけ、参道の石段を降りた所にこんな句碑がありました。
「春光や愛を盡(つく)せる蜜柑園(みかんえん)」 放洋
平田町にある「大五木材」の高橋社長によると、ここ平田町は宮内伊予柑発祥の地であり、愛媛の中でもひときわ蜜柑栽培の愛と誇りに溢れる「蜜柑の町」らしいです。
句にも「みかん愛」が現れてますね。
ちなみに萬勤誕の俳句デビューは、只今頓挫してます。
続いて志津川町の「福水神社」に向かいます。
では、今日も良い1日を!