ごきげんよう、まんきんたんです。
松山市でちゃんと歩いたことのない町を訪ねるシリーズ。
今回は神次郎町。
聞き慣れない町名ですよね。
「かみじろうまち」と思っていたら「じんじろうまち」でした。
国道317号線を松山から今治に向かっていると「黒田橋」というアーチ橋が見えます。
ここを左折して「松山市野外活動センター(レインボーハイランド)」方面へ。
ここからは県道179号線、堀江から北条へ向かいます。
1キロほどして五明川に架かる「新美津気橋(しんみつきはし)」に出た辺りが神次郎町(じんじろうまち)だ。
昔この村に住んでいた「吉金神次郎兵衛(じんじろうべえ)」という人物の名前が町名の由来らしいが、「じんじろうまち」と聞くと、まず「じんじろげ」が頭に浮かんでしまういけない私です。
橋のすぐ横に「五明神社」がありました。
700年以上もの歴史を持つ、古い神社らしい。
「美津気(みつき)神社」と書かれた石碑がある。
さっきの橋にも「新美津気橋(しんみつきはし)」とあった。
もともとは「美津気神社」という名だったらしい。
高畑充希(たかはたみつき)ファンなら、ぜひ詣でたい神社ではないか。
美津気の「美」は美称、「津」は格助詞、「気」はケ(キ)であり食物を意味し、主祭神の月読命(つくよみのみこと)が農耕神でもあったことにちなむといいます。
以外にも歴史ある神社でした。
↓これが三輪田米山書の注連石(しめいし)。
三輪田米山の筆跡は、宮司だった日尾八幡神社をはじめ、中予地区一帯の神名石や注連石、幟などに数多く残されています。
↑天則応之 天が(あなたの願いに)応じて
↑示其祥瑞 おめでたい(うれしい)現象を起こします
訳:まんきんたん
セミの甲高い声が響く石段を登ります。
拝殿です。
しめ縄が張られています。
五明神社の扁額(へんがく)。
妖怪退治?の絵馬額。
御神木。
↓なんと今から180年前、江戸時代後期、天保13年(1842)の石柱。
まだ日本は開国していなかった。パンもガンもなかったころ。
ずいぶん昔のようで、時があっという間に過ぎたんだねー。
さて、神次郎町の小さな集落も、よそ者が見るべきところはこの神社くらいのものでした。
この道標にある町もほとんど聞き慣れない、歩いたことのない町です。
神社巡りの旅になりそうだけど、それはそれで楽しい発見がありそうです。
楽しみながらぼちぼち回ろうと思います。
昨日、母の赤飯のおかずはアジフライが多かったと書いたけど、スーパーの惣菜コーナーを眺めていて思い出した!
アジフライではなかった。
うずらの卵フライか母の好物のエビフライだった
しかし、初めて赤飯を炊いた日にエリザベス女王が亡くなったのはショックだった。合掌
今日も明るい1日を!
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