第三章
アベノミクス、サナエノミクスとMMT理論
アベノミクスと、高市早苗氏が提唱するサナエノミクス。
両者に共通するのは、「積極的な財政出動」と「大胆な金融緩和」を柱としている点。
その背景には、現代貨幣理論(MMT)の考え方が少なからず影響を与えている、あるいは理論的な整合性があると指摘される。
アベノミクスは、「伝統的な経済学の枠組みの中でMMT的な手法を一部取り入れたもの」であったのに対し、サナエノミクスは、「財政規律よりも物価制約を優先するという、より純粋なMMT的ロジックを政策の前面に押し出したもの」と言える。
ただし、いずれも「インフレが制御不能になった際の出口戦略」や「供給能力の向上」が成否を分けるという課題を抱えている。
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MMT(現代貨幣理論)の核心
自国通貨建ての国債
日本のように自国通貨(円)を発行できる国は、債務不履行(デフォルト)に陥ることはない。
財政赤字の許容
インフレ率が許容範囲内である限り、財政赤字を恐れずに政府支出を増やすべきである。
税の役割
税は財源ではなく、物価の調整(景気抑制)や格差是正の手段である。
2アベノミクスへの影響
安倍政権下の経済政策は、結果として「MMTの壮大な実験場」と呼ばれた。
理論的親和性
アベノミクスの「第一の矢(金融緩和)」と「第二の矢(財政出動)」は、政府と日銀が一体となって市場にお金を流す仕組みであり、MMTが推奨する「統合政府」的な動きと重なる。
多額の国債を発行し、日銀がそれを買い支えても、懸念されていた金利の高騰やハイパーインフレは起きず、これはMMT論者が自説の正しさを主張する際の大きな根拠となった。
安倍政権は「財政再建の旗」を降ろさず、消費増税を2度実施。
MMTの視点からは、デフレ脱却前に増税を行ったことは「緊縮的なミス」と映る。
3サナエノミクスへの影響
高市早苗氏が提唱する「サナエノミクス(ニュー・アベノミクス)」は、アベノミクス以上にMMT的な色彩が強い
戦略的財政出動
高市氏は、危機管理(防災・防衛)や成長投資(量子・核融合など)への大胆な財政投入を主張
プライマリーバランス(PB)の凍結:
高市氏は「物価安定目標(2%)を達成するまで、PB規律を凍結する」と明言し、「財政赤字の額そのものよりも、物価(インフレ率)を制約条件とする」というMMTの核心部分と完全に一致
財政を「家計」のように捉えるのではなく、国の経済規模を拡大するための「手段」として捉える姿勢が鮮明である
第二章
MMT(現代貨幣理論)
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MMT(現代貨幣理論)は、日本や米国のように自国通貨を発行できる主権国家において、自国通貨建ての債務で財政破綻することは理論上あり得ないとする。
この理論では、税を「支出の財源」ではなく「通貨の価値を裏付け、インフレを制御するためのツール」と再定義し、インフレ率が許容範囲内である限り、政府は財政赤字を恐れることなく、公共サービスや雇用創出のために積極的な財政支出を行うべきだと主張する。
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日本の巨額債務でも破綻しない現状など、一部の事実は主流派も認めるがMMTの全体像に対しては、以下の「間違い」が指摘される
インフレ制御の楽観視
MMTは増税によるインフレ抑制が可能とするが、政治的に増税は困難であり、対応が遅れるリスクが高い
歴史的なハイパーインフレの事例が示す通り、過剰な通貨発行は制御不能な事態を招く。
金融政策の軽視
MMTは金利操作の有効性を低く見積もるが、過去には金融引き締めがインフレ抑制に成功した実績があり、中央銀行の独立性を軽視し、政府と一体化させる考え方は、政治的圧力による通貨の乱発を招く危険がある。
アベノミクス、サナエノミクスの日銀法違反
政治的・制度的リスク
「無制限に支出可能」という理論は、ポピュリズムによる放漫財政を助長し、財政規律を失わせ、債券市場の信頼が失われれば、金利急騰や通貨価値の下落を招く。
普遍性の欠如
通貨主権が限定的な途上国やユーロ圏諸国には適用できず、日本のような低インフレ環境も特殊例に過ぎない。
第一章
日本の国債発行
現状と直面する主要な課題
国債発行は、税収不足を補い、公共投資や社会保障、有事の危機対応を賄うために不可欠な手段で、日本は自国通貨建てで国債を発行しており、デフォルトのリスクは理論上低いとされるが、2025年現在、その発行残高はGDP比200%を超える先進国最悪の水準にあり、この現状には、複数のリスクを内包する。
結論
日本は自国通貨建てという強みを持ちつつも、債務残高の肥大化と金利上昇という新たなフェーズに突入しており、国債発行の有効性を活かしつつも、厳格な財政規律の回復と、成長戦略による税収増の実現が急務となっている
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2025年度末の普通国債残高は約1,129兆円に達し、国民1人あたり約900万円の借金を抱える計算で、これは将来の税収を現役世代が先食いしている状態であり、世代間の公平性を損なっている
歳出に占める国債費の割合が高まることで、教育や防衛といった真に必要な政策に回す財源が圧迫される
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長らく続いた低金利環境が変化し、2025年時点では超長期国債の利回りが3%台まで上昇。
金利の上昇は利払い費の急増を招き、さらなる国債発行を強いる「悪循環」のリスクを孕んでおり、特に、市場の信頼低下が招く「悪い金利上昇」は、国家財政を急速に悪化させる。
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財政規律の緩みと市場の信頼
2025年度も約29兆円の新規発行が見込まれ、基礎的財政収支(PB)の黒字化目標は依然として達成が困難な状況で、国債への過度な依存は政府の歳出抑制意欲を減退させ、ポピュリズム的な支出を誘発しやすくなり、市場では超長期債の入札が不調に終わるなど、需給バランスの乱れも表面化しており、通貨価値の下落やインフレへの警戒も強まっている。
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巨額の債務は、民間投資を阻害する「クラウディングアウト」や、将来の増税懸念による消費冷え込みを招く恐れがある。