ここ数年、セラピスト業界は
本当に解剖学一色になってきたなと感じています。
筋肉、骨格、起始停止、歪み、評価。
もちろん、解剖学は大切です。
それは間違いありません。
でも、最近少しだけ違和感があります。
解剖学が
「評価するため」
「アドバイスするため」
「正すため」
のものになっていないか、ということ。
施術が終わったあとに
「ここが悪いですね」
「ここが凝ってますね」
「こういうストレッチしてください」
「この状態だと週に何回通った方がいいです」
そういう言葉を
言わなければいけない気がしているセラピストも多いと思います。
でも、
もし自分がお客様だったらどうだろう?
清潔で、温かくて、
丁寧に整えられた空間で
やわらかくて温かい手に触れられて
ただただ安心して
何も考えずに委ねられる時間。
そのあとに
「ここが悪いですね」と言われたら
少し現実に引き戻されてしまう。
そんな感覚、ありませんか?
リラクゼーションに来ているお客様は
正されたいわけではありません。
評価されたいわけでもありません。
求めているのは
「安心していい時間」
「何も頑張らなくていい時間」
です。
体はとても正直で
何をされたかよりも
どう扱われたかを覚えています。
どれだけ正しいことを言われたかよりも
・丁寧に触れられたか
・安心していられたか
・気持ちよさが続いたか
・余韻が残ったか
その方が、ずっと深く残ります。
そして不思議なことに
体が緩むのも
正された時ではなく
安心した時です。
ここで、解剖学の役割を
一度見直してみたいと思っています。
解剖学は
体を「変えるための武器」ではなく
体に「拒否されないための理解」
どこをどう動かすかではなく
どう触れたら安心するか
どう扱われたら受け入れるか
そのために使うもの。
この視点に変わると
施術も、言葉も、空間も
すべてが変わります。
施術後に必要なのは
評価や指導ではなく
今、体がどんな良い状態になっているかを
シンプルに伝えること。
「呼吸が深くなってますね」
「すごく力が抜けてます」
「いい状態になってますよ」
それだけで
体はその状態を覚えて
また戻ろうとします。
リピートは
説明でつくられるものではなく
「記憶された状態」で生まれます。
解剖学を学ぶことは大切。
でも
その使い方を間違えると
体に届かない施術になってしまいます。
だから私は
評価するためではなく
安心をつくるための解剖学を
これからも伝えていきたいと思っています。
KAORI