関東に在住している私も被災者の一人だった。
昨年3月11日午後3時前、私はいつものようにデスクに座って日経先物のトレードをしていた。時間が時間だけにその日のトレードの手仕舞いをしていたように記憶している。
突然大きな揺れに襲われた。最初はいつもの地震かと思ったが、数分後その揺れの大きさとその時間の長さに慌てふためいた。机の上のモニターが激しく動き、踊っている。二階から一階へ転げるように駆け下りた。
自宅にいるはずの娘のことが急に頭をよぎる。不安が大きくなった。その場にはいても立ってもいられず、走って自宅に戻ろうとした。途中、地域の中学校の警報サイレンが鳴り響き、生徒たちが慌てたように校庭に駆け下りてきているのが見えた。大きな揺れはなおも続き、電信柱が左右に激しく揺れ、道もうねるように振動していた。とにかくまっすぐ走ることさえ困難な状況だった。
自宅に辿りつくと、家の中は散在した調度類で足の踏み場もない。幸い大きな家具類は何とか倒壊を免れたが、生活必需品のほとんどが床に落ちている。家人は誰も家にいなかった。その場に立ち尽くしていると、数分後、一番下の娘が戻ってきた。途中あまりの揺れに道路に座り込んでいたと言う。
それからやや経って二番目の娘が戻ってきた。泣いている。職場から家に戻る途中、家は潰れていると思ったと言う。とりあえず父と妹の姿を見て涙が込み上げてきたのだろう。
夕方近くになって長女と妻が戻ってきた。二人とも顔が青ざめている。電力は落ち、薄暗闇の中、家族全員が庭に出ていた。余震が絶え間なく続き、自宅倒壊の恐れがあったので家の中には居られなかったのだ。寒かったのだろうが、それ以上の恐怖心が寒さを忘れさせていた。