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太陽暦


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落車・・・

コーナーリング中にフロントタイヤがバーストしてそのまま30km/hでスライディングしました。
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直前に段差を拾ったのが原因だと思います。リム打ちですかね。。


気付いたときには車体がバンクしている状態でフロントのグリップを失っていました。


いやぁ、とっさの時に足がくっついてるってのは恐いですね。



ヤバいー、と思って膝と手でなんとかチャリを守ろうとしたのですが、、、

き、傷がー!!

スーパーコルサ(サドル)がぁ!、レバー(アルテグラ)がぁ!!、リアディレイラー(アルテグラ)がぁ!!!

おまけにグローブは破れるわ、レーパンは破れるわ・・・

膝も今までで最高に擦りむきましたw


自転車が傷だけでなによりです。


ええ、膝の擦り傷なんて治るんでいいんですよ。自転車が無事なら。

箱根 彫刻の森美術館 Vol.2

ずっとほったらかしにしてた彫刻の森美術館について。

彫刻の森美術館にはピカソ館というものがあります。

国内ではピカソの作品をまとめて見られる数少ない美術館だと思います。


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バブロ・ピカソ(1881-1973)

美術教師を父に生まれたピカソは幼いころから絵を描き始める。

やがて美術学校に通い始めたピカソは当時からあまりにも天才的だったので、

学校へ通うことへ無意味さを感じ退学。

1900年頃パリへ初訪問。その後パリとバルセロナを行き来する。

1901年親友カサヘマスを亡くしたことをきっかけに「青の時代」が始まる。その年パリで初の個展。

1902年パリに移住。

1904年フェルナンド・オリヴィエという恋人を得たのをきっかけに「バラ色の時代が始まる」。

1907年アフリカ彫刻の影響を受けて描いた「アヴィニョンの娘たち」をきっかけにキュビスムの時代が始まる。

※このキュビスムってのが一般的にピカソの絵として知られている変な絵のことである。

1907-1918までの主なスタイルはキュビスム。細かくわけると分析的とか総合的とかに分かれている。

1922年「海辺を走る二人の女」を制作。新古典主義の時代(1918-1925)

1926年シュルレアリスムの時代。

1937年ゲルニカという都市が空爆を受け、それに怒ったピカソは「ゲルニカ」を制作。

丸の内オアゾ内にレプリカがある。かなりシュール。

1947年陶芸を始める。

その後晩年まで意欲的に制作を行う。


間違ってる部分もあるかもしれないけどピカソはこんな経歴です。

ピカソと言えば一般的に変な絵を描いていた人ですが、実写主義というか、

リアルに描こうとすればありえないくらいリアルな絵を描ける人です。

面白くないからそういう絵は描かなかっただけです。

ここに来て初めて知ったのが陶芸をしていたということ。

その陶芸作品が数多く展示されていて面白かった。

すごいバイタリティに溢れる人だったんだろうな、というのが数十点の作品を見るだけで伝わってきます。

一生作り続けるということがどれだけ大変か。

文学者でも芸術家でも死後に認められて・・・ってのが多いなか、彼は純粋に芸術を仕事にして成功していたのです。かと言って当たり障りの無い芸術、ただ単に受けのいい芸術ってわけでもない。

そこか一番尊敬できる部分。

どんな世界でもある一定レベルの向こう側ってのがあると思います。

その向こう側に行ってしまうと極端に理解者が減る。

そんなことを考えたことはありませんか。

その葛藤がどれほど大きなものか・・・

それを超え続けていたからこそピカソが天才と言われる所以なのであります。

2009 終わりのころ

気付けば2009年が終わろうとしている。

2009年でわかったと思う。

自分が、日本が、世界が、今まで積み重ねてきた形のないものの脆さを。

これからは「自分」の時代。

そんな感想。今年の漢字は「新」。その前に「脆」を認めることね。

年中動き回ってる性質なのであまり年の瀬だからどうとかは思わないほう。

初詣も最近あまり行かなくなってきた。

神社に願掛けに行くぐらいならなりたい自分に向かい自分で動く。ただそれだけ。

もっぱら1月1日は命がけ(笑)で太平洋で日の出の写真を撮ってますけど。

 

・・・どうだったかな、今年。。

石川行った。富士山登った。九州行った。Web覚えた。本は50冊くらいかな。

自転車5000キロ、バイク10000キロ、シャッター数5000程度。

毎度のことやりきれなかった部分が多い。

まだまだ「知る旅」は続きます。これは一生ですかね。

ものすごいスピードで移り行く時代。

かなり腰を据えていないと付いていくことすら難しい。

取り残されたら気付いていないフリをするしかなくなる。

そんなのはイヤだ。

さあ、今を受け入れ明日へ向かおうじゃないか。

今日の日差しは眩しくキラキラ輝いていた。


Dear 2010
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メメント・モリ

六本木ヒルズ森美術館へ。


医学と芸術展


タイトルのメメント・モリという言葉は

『汝、死を忘るるべからず』

という意味。



人は生まれた瞬間から死へと向かう。

それなのに騙し合い憎しみ合い恨み合い殺し合いなんてなんてことだ。

動物虐待も然り。



生あるものへの敬意を払え。



地球だって生あるものだ。



無駄に作り、無駄に消費する。
そんなことが続いて良いものか。
表面上新しいではなく生活を豊かにするものが技術でありクリエイションではないのか。
そこに人間味を加えるのが芸術ではないのだろうか。

世界経済は収縮へ向かうべきではないのか。
自分より一回り二周り三周り小さい人たちのことを思うといたたまれない気分になる。

生と死の世界を通じていろいろなことを感じた。

展望台から見た景色はいつもより輝いていた。
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