暁の流星 -3ページ目

暁の流星

戯言置き場。

人間とは、往々にして思慮が足らない生き物である。勿論、こんな事を書いている俺自身もそうであるので、普段は余り人の事は言わない。(意味が無いので)が、仲には全く物事を学ばないのも居る。そう、ツイッターではその系統No.1ではないか?とも思われる、あの人物・・・"きっこ"である。
過去、彼女のツイッター上での発言は様々なトラブルの引き金だった。だから今更的な事でもあるけれども、彼女は全くそうした物事から経験を得ないので相変わらずの様だ。今回は、電力会社によるオール電化のCMがゴリ押しだと文句を言っていたのだが、何故かその使用者まで悪いと言い出した。俺の居る場所の設備はオール電化である。
確かに、昨今の状況からオール電化の勧めというのは無理がある。それが(テレビが無いので確認出来ないが)未だにCMを行っているとなると、いくら営業として宣伝しなくてはならないとはいえどもゴリ押しされている様に感じるのは仕方の無い事で、当然ながら印象は悪い。その上、電力会社の名前でCMを出しているので、叩かれて当然と云えば当然である。挙句、原発を再稼働させているのだから、叩いているのを止めるつもりは無い。
そこまでは解る。だが、彼女は何故か"その使用者"と電力会社のせいで原発が動いているといった趣旨の発言を行っていた。どういう脳の構造をしているのか不明だが、そうした設備を用いているこっちにとっては言掛りである。毎度毎度懲りないので、いい加減に浅はかな行動を止める様、やや強めに言ってみた。


$暁の流星

・・・引っ掛かるところが違うだろう・・・何様だとの事なので、迷惑だと返信。

$暁の流星

訳のわからない喧嘩の売られ方である。俺のツイッターでのフォロワーの皆さんは反原発系の人が多く、俺の発言内容やリツイート内容を見てフォローしてくれている人ばかりだけれども、こんな無茶苦茶な事をを言う人は流石に居ない。オール電化の日常生活で原発が必要な程かどうかなんて、考えるまでも無く判るからだ。
仕方ないから、再指摘して気になる点も含めて突っ込んでみるか・・・もう少しうまく書きたかったが。

$暁の流星

ここまで書けば、普通は『この理由により、原発再稼働の引き金になっている』といった様な、彼女自身のツィートの裏付け程度は書いてくれると期待したのだが・・・彼女はツィッターを非公開にした。まさか『電化だから、電力をガンガン使っているとか思っているのではないだろうね?』と言う部分が図星とは思わなかったよ。大迷惑だと言い切ったのなら普通はその部分をきちんと示すものだが、彼女は逃げた。正しくないからである。
ここまでは、俺のフォローやフォロワーの人も含めたタイムラインに表示されているやり取りである。残念な事に、彼女は相も変わらず単なる"思い込み"だけで喧嘩を吹っかけたいだけにしか見えてこない。そして自分の過ちを指摘され、説明すら出来ずに退散したわけだが・・・あえて"浅はかだ"と云ったのには、きちんと理由(オチ)がある。彼女からフォローされている人は知っているだろうが、非公開にした壁の向こう側で彼女は負け犬の遠吠えを行っている。人として、大変情け無い。ツイッターの非公開とは"ユーザーの許可している人には全て見えている"、逆に言えばフォローすらしていないなら見えていないだろうとタカをくくって、壁の向こうで吠えていたのである。思わず、メガトロンと東方不敗の名台詞が頭を過ってしまったが、ツイッターは返信されるとメールで内容が届くのだ。彼女は"返信"でそれをやった。愚かである。
いい加減、俺より年上なんだから少しはマシな言動をとって貰いたいが、このまま非公開で引き籠っていてもらう方がツイッター的に炎上も無く安全なのかも知れない。
尚、俺のツイッターには彼女が言う様に紹介文が無い。何処の誰かも書かず・・・との事だが、ツイッターの発言で住んでいる場所等は度々言っているので、書く必要が無いだけの事である。それを指摘出来たのがことのほか嬉しい事だった様子だが・・・はぁ。(溜息)

まさか、彼女の様に"電化しているから電力をガンガン使っている"なんて思っている人は・・・居ないよな?(笑)
サンティーニ航空の親爺であるドミニクが、先日亡くなった。何、爆死しただろうって?いやいやいや・・・今度は、その魂さえも亡くなってしまったよ。
俺にとっては"ドミニクおじさん"である名優、アーネスト=ボーグナインが亡くなった。俺はそれを月曜の晩に車のラジオで聞き、愕然とした。日本のメディアは余り伝えなかったようで、NHKでちょこっと言っていたくらい・・・『大草原の小さな家』に出演していたからだと思うけれども、世界的に有名なオスカー俳優である。
幅広い世代に人気のある名優である彼は、その存在を強烈に残す。決して派手ではないがその演技のひとつひとつが存在感に溢れ、その親しみ易さと相まって"プロフェッショナル"として俳優というものを示してくれた人物だ。世界広しと言えど、彼程の名優はそうは居まい。
尚、この件に関してはツイッタで2つほど呟いたのだが、反応は寂しい限り。いい役者の作品は見ようぜ、少なくとも・・・ポセイドンアドベンチャーも良いが、やはり俺はエアーウルフだね。彼の居ないエアーウルフなんて、卵の入っていない炒飯みたいなものだ。
最近はかなり名優が亡くなっていくが、とうとうボーグナインまで亡くなったか・・・次に騒ぐ時はクリストファー=ロイドの時だろうが、彼はぴんぴんしているから後1世紀は平気だな。
画像の取り込みが出来なくて、接続ケーブルやら何やらを揃えていたら、かなり時間が経ってしまった。その間に、またも我が国の文化をひとつ潰す法案が国会で動いた様だ。下らぬ利権が、今まで育まれてきた文化を潰す。全く・・・"失われた世代"である俺は、自分の人世自体がカウントダウンだってのに、それまでの間に次々と失うものが多すぎる。まさか文化まで失う事になろうとは!
こうして言っているのを大げさな事では無いというのは、大凡の方々は御存じと思うので細かくは書かないが・・・聞けるものや伝えたいものは今のうちに、というところだろう。何しろ、今では手紙も出せない。今度は、聴く事と使う事が出来なくなる。その後は知る事と発する事を禁止するのは目に見えている。希望が無いんだから、せめて過去の時間位は楽しみたかったのだが残念だ。取り締まる方は深く考えず適当にひっくくれるし、いくらテレビで大丈夫ですよと言ったところで原文内容がそれを否定している。文明と関わらない者達が権力を握ると、まことにロクな事にならないという事を我々は目にしているのである。

『音楽』という言葉がある。文字通り"音を楽しむ"事であるが、大半の人は"聴いて楽しむ"ものだ。俺もまた御多分に漏れず聴く方なので、今回の無茶苦茶な法により被害を蒙る側だ。ウチはアナログなのでまだマシなものの、普通の方々はデジタルだろう。音源を入手してデジタル変換する事自体を禁止するこの法は、MP3系統の使用禁止を意味する。
また私的コピーも禁止だとしているので、劣化したメディアから音をバックアップして救う事すら禁止している事になる。実に馬鹿げた話だ、二度と販売しないクセに。しかし、デジタル保護機能がついていないディスク音源は良いらしいので、廃版ディスクしかない俺の所はここで前提条件から外れるものの普通の人は堪らない。"どれがデジタル保護技術でガードされているのか区別がつかない"からだ。とりあえず判っている事は、『エイベックス系はアウトの場合が多い』という事ぐらいだろうか。(CCCD等、ディスクに色々と仕込んでいる事を表記している為)
それにしたって、"音楽"というのは本来自由に楽しむものだ。にもかかわらず、アレをするなこれをするなとガタガタ言うのなら、いくら名曲があったとしても聴く気も失せる。著作権ヤクザ団体はその部分を全く理解していない=奴等は"音楽"を聴いていない様子だが。そんなものを国会に持って行ったって、政治家達はいちいちデジタルプレーヤーに音楽を編集したりしないし、これまたいちいちCDを買って聴いたりもしない。ついでに、機械音痴であるのでネットの仕組みも理解していない。音楽を聞かない上にネットの仕組みを理解していない輩が、音楽を聴きネットを使用する国民の事を理解出来る筈が無い。
取り締まる側にしても、音楽の区別などつかない。それがデジタル保護された音源だったかどうか?なんて聴いたところで判断すら出来ない。とりあえず、署へ連行していくしかないのである。でっちあげのプロである彼らにかかれば、ちょっと検挙人数を挙げたいなと思えば幾らでもあげられる訳だ。何しろ『任意という名の嘘をつき、犯人に仕立てて検挙する』のが彼らの仕事であるからだ。公務執行妨害というのは、言いがかりをつけて犯人を作る為の物でしかない。

10月には施行だそうだ。バックアップも録れない、デジタルプレーヤーにぶち込めない、取り締まる方にすら音の区別がつかない、それでも音楽を聴きたいと思うかい?デジタルプレーヤーに音を入れるにはPCが必要だから、捕まればPCは没収されて返って来ない。(証拠品になるので)著作権フリーの曲と誰が訊いても判る物なら問題は無い事になるが、ミク曲が判るとは思いがたい。取り締まる側がこれらに危険性を訴えなかったという事は、"判断しない"という事だ。奴らはそういうものである。
ただ、聴く方法が無いわけではない。デジタルデータを加工しなければ良いのだから、諸外国の様に"ラジカセを担いで直接再生させれば、外でも聴ける"という事だ。それとも、CDプレーヤー持って直接再生するか。聴きたい曲が多い人は、ディスクを何枚も持たねばならず大変だろう。



今の世に、そこまでして聴き続けたい音楽はあるだろうか?



音楽が消えた街、の例として四日市のアーケード街が挙げられる。寂れたのは近鉄が何故か途中下車を禁止した為に客が減った為だが、それでもまだそのころは活気のある方だった。が、今や活気は無い。人が寄り付かないのだ。
店が少ないからだけではない。店があるエリアも、活気があるとは言い難い。実は、かつてのアーケードで隅々にまで流れていた音楽が、現在は無いのが原因である。シャッターが閉まっているエリアだろうが開店しているエリアだろうが明るく響くアーケードの音楽は、歩く人々に安心感を与えていた。その音楽が頭上から聞こえる場所は、"人の手が届いている事を示していた"からだ。誰もが商店街に来たことを認識出来、何時ものアーケードの音楽が出迎えてくれる、その雰囲気があの場所を支えていた。そのささやかな安心感すら、今のあの場所には無い。明るい雰囲気にしてくれる音楽すら無いアーケード街は、暗くどんよりとした雰囲気のままだ。図書館みたいな物音の無いスーパーとテーマソングが常に流れるスーパー、どちらが客が来るか?といえば解り易いだろう。愚かしい事に、その音楽を捨てたのは商店街の面々だという・・・
俺達は今、その図書館みたいな世界に逝けと言われている最中だ。スピーカーの音をカットして、夜中にネットやゲームをしてみるといい。勿論、デジタルプレーヤーからもラジオもテレビも無しだ。好きな様に音楽の聴けない世界というのは、そんな世界だよ。

音の溢れていた時代の身としては、静寂というのは真綿で首を絞め続けられている様な物だ。
君たちはどうするね?堅苦しく著作が著作がと言われ続けながら利権者の造った訳の分からないルールの中で、そいつらが保護していると勝手に言っている音楽を聴き続けたいかい?
俺は反対するね、馬鹿馬鹿しい。"音楽"に権利があるとすれば、それは作った奴にだけだ。どう使うか迄を作った奴以外が好き勝手に決める道理は無い。それで尚捕まえるというのなら、それは既に"音楽ですら無い"、『ただの音』だ。そんなモノを聴きたいとは思わないね。