暁の流星 -22ページ目

暁の流星

戯言置き場。

朝から眠い目をこすりつつ初日の出を見てみる。今年は、例年や去年とはうってかわって太陽の光の暖かさに包まれた年明けとなった。いつになく、太陽も元気いっぱいである。


暁の流星

核爆発かよ。(苦笑)撮り直し。



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変わらなかった。


初日の出を見たら、続いては教会である。年始礼拝を行うというので、うっかり転寝しつつも教会へ行って牧師さんの話を聞き、子供達にコートを引っ張りまわされる。体温が低くなってしまうと寝てしまうので、室内でも黒コートで体温の上昇を図っているのだ。もはや、爬虫類である。

お雑煮を頂きお土産にお餅を貰って、楽しく子供たちにいじられた後ヘロヘロになって帰宅したものの、流石に眠気も限界。一眠りした後に今回の日記のネタとなる画像を記録しながら洗濯していたら、深夜に来客が。


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有り難い事に、何時もPCの修理や調整を依頼を受けている元仕事仲間から、肉の入った弁当を頂く。大変感謝である。部屋に戻り、礼拝にも出てみるものだ・・・と、拝みつつ今に至る。深夜であるのでやはり眠いが、スコッチを1dl程気付け薬に用意して日記を書くことにする。今回は、うっかり読み出せなくなった画像の話である。



日々PCなんかを使っていると、何らかの事情で画像が読み出せなくなってしまう場合がある。その際の簡易的な復旧方法なのだが、運が良ければ復旧できるだろう。ただし簡易的な物なので、無理だった場合は諦めるか『ハードディスクを復旧する会社』に依頼することをお薦めする。

読み出せなくなる理由は色々とあるが、我々にできることはそう多くない。OSもプロフェッショナルなら何かあるのかもしれないが、運悪くお手軽なホームエディション。基本的に、OSが読み出せるかどうか?が最初に重要であるが、これを見ているという事は立ち上がっているのだろう。まだだったら、『セーフモード』で立ち上げることをおすすめする。F8キーを押しながら立ち上げるアレである。真っ黒い画面に通常起動とかコマンドなんたらとか書いてあるが、『セーフモードで起動する』を選ぶと四隅に"セーフモード"と記載された状態でウィンドゥズが起動する。

『マイコンピュータ』から問題の壊れたファイルのあるハードディスクを選ぶ。右クリックをするとメニューが出るので、一番下のプロパティを選ぶ。


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するとハードディスクの状態が表示されるので、『ツール』という項目から『エラーチェック』を選び、"チェックボックスにチェックを入れて開始する。左側に表示されているのは"ディスククリーンアップ"の項目ですが、今回は省きます。


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Dドライブならこれで作業が始まりますが、Cドライブだとここで再起動です。

再起動した場合はエラーチェック後に自動起動しますので、F8押しながらセーフモードで起動します。

さて、さっきと同じように問題のあるファイルのあるドライブから『プロパティ』を読み出すと、"エラーチェック"の下に『ディスクデフラグ』という断片化したプログラムを元通り並べなおすプログラムがあります。


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起動するとこんな感じの画面が出ますので、ハードディスクの空き容量を確認します。30%以上は空きが欲しいところです。それ以下だと、きちんと作業が終了しませんでしたと後でメッセージが出ます。また、作業中はPCを弄らない様に。

注意しなくてはならない事として、電源の管理の問題があります。『スタートメニュー』の中にある『コントロールパネル』から『電源』を選び、"スタンバイ設定"や"ハードディスクの電源を切る"といった項目を無効にしておきましょう。ついでに、『画面』も呼び出してスクリーンセーバーを一時的に切ってしまうのもいいでしょう。

最適化したいドライブを選んで長い長いデフラグが終わったら、問題のファイルや画像をチェックします。もし、うまく復元されていたら、可及的速やかにメディア等にバックアップしてしまいましょう。もしハードディスクが痛んでいたりした場合は、再び読み出せなくなることがあるからです。残念ながら復旧できなかった場合は、『ハードディスクのデータを復活させてくれる会社』に頼むことをおすすめします。その際、OSにない妙なツール等を使用していないことが望ましいそうです。

ぁー・・・色々とファイルが多すぎるんだよなぁ、ウチのハードディスクは・・・まず、無事なデータのバックアップをやって、空き容量を増やしてからかぁ。やれやれ・・・。


なお、ウィンドゥズが立ち上がらない場合は『OSのみを最インストールする』『Cドライブを購入時の状態に戻す』等の方法がありますが、詳しくは購入されたPCの説明書をお読みください。後者を選ぶとデータは完全に消えてしまいますので、"よく注意書きを理解したうえで"作業を行って下さい。OSを入れなおすと、OSにかかっていた設定をやり直さねばならなかったり、ソフトウェアを再インストールしたりする必要がある場合があります。


さて・・・バックアップするか…。

おかげさまで、なんとか年を越すことができました。色々と書くことはたまっていますが、その前に・・・

少し仮眠をとりたいと思います。PC関係の話なども、そのあとで。

まずは、身体の保温からです。最近、自分は爬虫類なのではないかと思います。

"ビート"というと、どうしても歌謡ロック的なものを連想するのが、今の日本人。いやいや、本物の"ビート"は『生命の鼓動』に他ならない。それを体現している人の一人が、鈴鹿市に居る。その名を『アパッチ宮原』という。

自然の物を用いた楽器から彼によって奏でられる独特の調べは、聴く人を魅了すると同時にデジタルとストレスに塗れた心を解き解す。長い旅を終え、現在は生家である『宮紋』を音楽交流の場として活動している。

"屋号"である『宮紋』には彼が持ち帰った様々な楽器があり、演奏会を開く部屋の一角はまるで博物館の如く見た事のない不思議な物が置いてある。面白い事に、楽器の歴史の最初期を垣間見ることが出来るのだ。材質・形状・楽器の種類といった風に分けてみると、現代楽器のベースとなっているものが色々とある。演奏方法やその楽器を手にした地域の話などを訊くと、その楽器の存在する意味や彼らの生活習慣などを知る事が出来る。


前々から感じていた事だが、ラジオを聴く様になって更に強く感じたのは、『音楽』というと"ロック"が最初に強く出てきて、後に"クラシック""演歌""民謡"等と主張が続くことだった。"何故ロックなのか?"という疑問は、今も消えない。そしてまた、何かを演奏したり歌ったりという行動に対しては常に完璧を求められ、義務感さえ漂う大変窮屈で息苦しい存在しか感じられず、音楽の"楽"という部分が抜け落ちている様に思うのだ。「人様に聞かせるなら、なるべく上手にできるといいな。」と当人が練習するのは理解る。しかし、現在の様にそれが義務化しているのは全く違う。それは果たして"音楽"なのか?

それの答えのひとつが、この『アパッチ宮原』氏である様に思う。彼は"音の原点"に向かう事で"最初の音楽"を持ち帰った。生活の中の音、即ちそれは彼らの"民族の音"であり、何代にも受け継がれてきた"生命の鼓動(ビート)"である。宴・祝・祭、かつてこうした生活の一部に欠かせなかった音楽。各家で奏でられたこうした習慣も失われて久しい今日、本来あるべき"ビート"に身をゆだねてみては如何だろうか?

逝き急く我々と異なる時間を旅し、ぷかりとパイプをふかす彼は人間としての時間の使い方を得ている様だ。現代社会のデジタルな世界とは違う"古き良きアナログの時代"に生きる彼だからこそ、我々に"あるべき姿"を伝えてくれるのかもしれない。


そんな彼が、久しぶりに演奏会を開くという。『宮紋』での演奏会はかれこれ一年ぶりになるが、今回は奉納演奏を行う事で知られる奈良裕之氏の即興演奏会である。世界各国を飛ぶ"音魂のアーティスト"が奏でる『光の旋律』が県内に来るのも、聞くところによれば15余年ぶりになるらしい・・・大変楽しみである。

問い合わせなどは、下記にて。


http://www.narayuji.com/




もう少し落ち着いたら、改めてお茶でも飲みに行ってみようか。(笑)温和で物静かな『アパッチ宮原』氏からの直筆の手紙を読みつつ、演奏会を心待ちにする日々である。