今回は、久しぶりにプラモデルの話を。
あるモデラー曰く、現在プラモデルを組む人は大きく分けて2つあるという。ひとつは形自体を変える事が出来る『モデラー』、もうひとつは組み上げるだけの人である『ビルダー』。技術・知識的にワンランク高い位置にいるモデラーからすると、ビルダーというのは歯痒く見える存在の様だ。
モデラーとは文字通りモデリングを行える人達の事で、何か壊れたパーツがあったりすると自分で作ってしまったり、可動しない物ならキットを切断・再構成し可動する様にしてしまう、そんな技術を持った人達である。必要であるなら何もない所からオリジナルで作り上げてしまったりする。深い知識と経験を持つ高い技術の方が多く、無から形を生み出す事を生業とする『原型師』という専門の人も居る。
一方でビルダーと呼ばれる人達は、昔でいう"ライトユーザー"と呼ばれる人達が多い面々である。組み上げる事を基本とし、特に凝った改造をしたりは余りせずにキットそのものを楽しむ。可動するのは当たり前、という実動本位の人が比較的多い。主に"組む事"を楽しんでいるが、勿論組んだ後も楽しむ。
この2つの人達は"似て異なる存在"である。一緒くたに”モデラー"と呼ぶと、モデラーは怒る。何故なら『造型(モデリング)していない』から。根本的に違うと。技術を誇りとする彼らにすれば、もっともな話だ。一方、ビルダーはビルダーでモデラーの技術の高さや知識は認めつつも『(ビルダーの事を)わかってないねぇ』と感じる面もある。モデラーの大半はビルダーに比べて年齢層が高く、昔のプラモデル(最中キット)全盛の人が多い。そんなモデラーにとって"プラモデルは塗るもの"であり、"組んだだけでは未完成"という考えが根強くあるのだ。
解り易い例で、巷で見かけるガンプラ(今じゃガンダム知らなくても買っているそうな)を挙げてみると、昔のガンプラは1色成型で隙間等も割と出来易かったりする。ガンダム買えば白一色、ザクを買えば緑一色、全て均一の色合いな為に面白味が無く、どうしても塗らざるを得ない。隙間(結構目立つ)を埋めるにはパテを盛る・・・慣れてくると修正がてらオリジナルの形へ作り変えたりする。モデラーにとって、モデリングとプラモデルは切っても切れない関係にある。また、この頃のキットは可動はおまけであり、基本的に『モデルとは飾るもの』である時代である為、プラモデルを作る人をモデラーという名称で呼んだ。
そんなモデラーよりも若い年齢層が多いビルダーでは、そんなことをする必要が無い。技量が足らずとも誰でも気軽に楽しめる様にと作成された多色成型で、色を塗らずとも設定に近い色合いを出して雰囲気十分だ。これで基本的に可動するのが前提なのだから、わざわざ塗ったり造型したりする必要は無い。オリジナルの塗装やこの部隊の色にしたいなと思うなら塗るだろうが、"塗る必要性が無い"上に昔よりもずっとパーツの精度が上がっているので隙間もほぼ無い。造型する必要も無く、更に可動させる事で雰囲気を満喫する。出発点からして全く違うので、彼らからすれば塗らないからと馬鹿にしたり(「そんな未完成!」という人が割と居るんだ、これが・・・)「墨入れは基本だ!」と墨入れ強硬派だったりは邪魔なだけ。気が向くか塗りたくなれば塗り方を訊くし、装甲の隙間を墨入れで目立たせてリアリティ云々という考えは持ち合わせていない。必要になったらやってみてもいいかな?程度であり、まずは『組む楽しさ』を優先したいのがビルダーとしての考え方である。色を塗ったり墨入れしたりというのは『キットを組み上げた後で更なるステップアップが欲しくなった時に行うもの』であり、現状として必要が無い。(かといって、キットのディティール自体を排除してよいわけではない)
こうして比べてみると、"色を塗って初めて完成と言える"というモデラーの考えはもっともなのだが、ビルダーからしてみれば既に着色されているので組み上げた時点で"色が塗ってあるのと同等の扱い"であり、「更に色を塗らないと完成では無い。」というモデラーの意見は大変矛盾した言いがかり以外の何者でもない。それが良く判るのが『素組み』というもので、モデラーは"設定通りに色を塗り上げたもの"を素組みと言い、ビルダーは只組み上げたものを"素で組んだ=手を加えず、そのまま組んだ"という意味で素組みと言う。モデラーもビルダーもその状態を"普通"としているので、プラモデルの話をする際に「普通に組んだら~。」という言葉が出た際には、どちらの普通なのかを訊いておく事をおススメする。些細な口論の種になるからだ。
さて、最後に『設定屋』というものがある。平たく言えば"作品の世界観から逸脱していないかどうか"に拘る面々である。俺はどちらかと言うとこれに当たるので、設定屋としての個人的視点から述べようと思う。
設定屋のアイデンティティは作品の世界観であり、詳細な設定である。よって、世界設定を崩壊させるような存在は喩え公式であっても認めない。ガンダム繋がりで言えば、ユニコーンやヘイズル等がそれに当たる。元々の設定が穴だらけの物は別として、作品の歴史の流れを著しく無視する存在に我慢がならない面々と言えば解り易いだろう。これが先に挙げたガンプラでどう絡んでくるのかと言うと、当然ながら"設定上ありえない存在が発生した時"である。ザクがガンダムのビームライフルを持っていたり、ジムがイデオンガンを使用していたり、ZガンダムがZZのライフルとフィンファンネルを装備してグリプス戦役の頃に居たりという状態に「ちょっと待て。」と言うのが彼らである。(それぞれ『出力が足らない上に技術が全く異なり、撃てないどころか所持している筈が無い』『作品世界も違えばサイズも違う論外の存在』『開発された年式が合っていない上に、装備する場所が無い』)
例えば、ガンプラで其々量産機を幾つか用意し"オリジナル機を作る"という課題を与えた時に、軍勢や機体・武器の技術的に辻褄が合う様に組み上げるのが設定屋、オリジナルの武装を作成して追加するのがモデラー、年式とか作品世界の違いを全く考えずに色々なキットを組み合わせてしまうのがビルダーである。すると、とりあえず組み上げてしまうビルダーは兎も角として、作品世界等も知っているモデラーに対して「ちょっと待て。」というのが設定屋である。理由は簡単『その兵器は軍のウェポンリストには無く存在理由が不明であり、コスト・技術面で適合性を欠く』。対するビルダーは好きな物を好きな様に創る事が存在意義なので、『気にしなくていいじゃん、堅苦しい』というスタンスをとる。設定屋からすれば、そうしたものを"モデラーが作ると"作品の歴史に組み込まれる場合がある事を知っており、作品の世界観や本来あった骨組ともなる設定を破壊してしまう存在でしかない。俗に言う『世界の歪み』であり、危険であると認識する。しかしながら、大きな流れ自体に影響しないのであれば「あのアイディアはいいなぁ。」と見ていたりもする。現実世界に例えるなら「この時代にこんなことがあった。」「歴史的に無理があり過ぎるだろ、データが一致しないじゃないか。」という応酬に似ている。
今回はガンプラを例に挙げたが、プラモの世界をちらりとみると状況によってはこんな物が見えてしまう事がある。そうしたの話の際には頭の隅にでも落書き程度に覚えておくと、ニヤニヤしながら見物できるかもしれない。が、ドイツ戦車にビームライフルをくくりつけて「リガミリティア戦車ー♪」とか、ジオングに車のボディをバラバラに張り付けて「トランスフォーマー。」とかやってしまうと、場合によっては洒落にならなくなるのでおススメしない。(苦笑)