廣田尚敬プロの名著は多々あれど、蒸機全廃直後に出版された『永遠の蒸気機関車』(日本交通公社出版事業局刊)は僕にとってバイブルとなった。同書には僕が実際に訪れてこの目で見た風景が多く掲載されていて、あの風景をこのように切り取るのかとセンスと構成力に大いに驚きながら頁をめくったものである。特に僕が気に入ったのは82番の写真、荒天のモノトーンの中を宗谷本線324列車が走り去るシーンを道路橋あたりから見下ろして撮ったもの。廣田作品としては代表作とは言えないかもしれないが、カラーなのにモノクロの味わいがあり、まるで長谷川等伯の国宝『松林図』のような趣で、心に深く刺さった。巻末のデータによると音威子府•咲来で撮影されたもののようだった。機会があれば僕も現場に行って同じように写真を撮りたいと強く思った。

↓廣田尚敬『永遠の蒸気機関車』より(82番)

1984年の冬、学生生活最後の渡道でそれまでなんとなく行きそびれていた宗谷本線北部を数日間かけて集中的に攻めた。そのときにあの廣田写真の現場に行ってみることを思いついた。音威子府と咲来の間で道路が線路を跨ぐところは1箇所しかなく、音威子府からさほど遠くない。

そういうわけで、1月某日現場に立った。その日、名寄あたりは朝方吹雪いていたが、324列車が通る頃の音威子府は曇っていた。冬の北海道で曇天の日ほどやる気を削がれることはなく、写真的には降雪の方がまだマシ。これじゃあ絵にならないなぁと嘆きつつ、向かってくる列車をモノクロ・手持ちで、過ぎ去る列車を三脚使用のカラーリバーサルで、全く手ごたえのないまま撮影した。そもそも立ち位置からして廣田作品とは線路を挟んで反対側ということに後で気づくという点でも終わっている。

↑↓宗谷本線音威子府ー咲来を行く324列車。廣田写真と同一の現場で撮影。

それ以来その写真は日の目をみることもなくファイルに埋もれていた。それが数年前に全ての銀塩をデジタルデータ化した際に数十年ぶりに原板に接した。絵にならないという評価は変わらなかったが、世は既にデジタル時代。ちょっと遊んでみようという邪心が湧き起こった。それでAdobeのLightroom Classicで画像をとことんいじって心象風景のように加工したのである。なにをどう調整したかは覚えていないので、同じものを再現するのは無理だ。しかし、原板よりはだいぶ良くなったと悦に入った。その写真をインスタグラムに投稿したところ、何人かのフォロワーの方からお褒めの言葉をいただいた。

↓LrCでいじり倒した画像。窓から室内灯の光が漏れるような加工ができれば完璧だが、さすがにそれは僕の技術では無理。

調子に乗った僕は、冬の北海道で曇天の日に撮影した別の写真も同じようにいじってみることにした。題材は勇払の丘で撮影した千歳線の711系。最後の蒸機を撮ろうとしていたのに叶わなかった因縁の場所だが、ここにも1984年の冬に訪れた。しかし、当日は初めのうちは薄曇りだったものの、時間が経つにつれどうしようもないほどの曇天になっていった。頻繁に通り過ぎる千歳線の合間にたまにやってくる室蘭本線を撮ったりした。室蘭本線の方は原野の中を走るので曇っていてもそれなりに絵になるが、千歳線はダメ。ここで撮った写真を夜の心象風景風に仕上げてみた。

↓勇払のお立ち台にて撮影。右手に千歳線、左手は室蘭本線というお手軽撮影地だった。

↓上の写真をいじって加工したもの。良い子はマネをしないように(^_^;)

このような行為は邪道だという意見もあろうが、お遊びということでお許しいただけたらありがたい。