早速ですが、前回の続きといきましょうか。
ジャーマン・エクスペリメンタルやシンセ・ポップに軸足を戻したとは云え、地続きであるテクノ/トランス・シーンと完全に縁が切れたわけではありません。彼なりに当時のシーンを俯瞰していたことを匂わせる作も発表されています。

♪m-1 Ready?
♪m-4 Sexy Boots
♪m-5 Melbourne Mexico New York
久々に全盛期の彼を想起させる、トランス/テクノ的なイーブン・キック・ビートを加味した曲も収録されたミニ・アルバム的なシングル。
m-1、m-2こそ前年に発表されたアルバム“14 Pieces”同様のシンセ・ポップ路線主体で特に目立った変化は見られないが、m-3から続くイーブン・キック・ビートを用いたダンス・トラックは、印象に残るかはともかく、“ベルリン・トランスの貴公子”だった頃の彼を求めていた人の気を引く佳作だろう。11分にも及ぶ長丁場のm-5は、彼が得意とする空間を埋め尽くす、陰りを帯びたアルペジオが印象的だが、エレクトロ・ビートが途中でイーブン・キックに変化し、一気にダンス・トラックへ脱皮する展開が面白い。
この後もMax Frisch原作の舞台劇“Andorra”にサウンドトラックを制作する傍ら、やはりテクノ/トランス・シーンへ多少歩み寄りを見せた作品をリリースしています。

♪m-2 Der Flug
♪m-3 Casa Del Mar
♪m-4 Würzburg
♪m-5 Good Times
♪m-6 To Another Plane
♪m-7 Suite Russe
♪m-8 Sketches In Spring
♪m-9 Lunaris
♪m-10 Joy
♪m-11 Vapeur Et Piano
♪m-12 Karma Ⅱ
♪m-13 Lucifer
♪m-14 Planetenmelodie
ベストアルバム“14 pieces”同様のシンセ・ポップ路線の曲調が中心であるものの、かつて得意としていたトランス・トラックもそこかしこに散りばめた本作は、当時におけるクラブ・シーンの潮流を、どことなく意識したと思しき作品になっています。この当時はBrian TranseauやChicaneといったプログレッシブ・ハウス(エピック・ハウス)勢や、かつての盟友Paul Van Dykを代表とするトランス勢がシーンを席捲しており、特にクラブ・シーンの聖地として名高いイビザ島のシーンを意識したような、自然風景を想起させる作風に人気が集中していましたが、それは本作においても同様に感じられるものです。
全体を貫く主題は、さながら海岸を歩きながら夢想した理想郷、といったところでしょうか。当然のように得意のピアノ・サウンドや、壮大なストリングスも多用されていますが、大仰な展開に翻弄される感覚は薄く、腰の据わったような落ち着きが見られます。ただ、逆説的に言うならば、この落ち着き払った曲調が多少自己主張に乏しく聴こえるきらいもあるのか、シーンに対する彼なりの回答にしては、印象が薄くなる結果となっているような気がしないでもありません。一曲一曲の完成度は、確かに申し分ないのですが。
とは言え、久々のトランス作が聴けるのは往年のファンにとっては嬉しいところ。晴れ晴れとした風景の広がりを感じさせるm-6、浜辺を軽快に歩いていくようなm-9、14piecesに収録されていた“Karma”をトランスとして作り直したm-12には、ベルリン・トランスの貴公子と呼ばれた彼の面目躍如が感じられます。更にAlan Parsons Projectによるプログレッシブ・ロックの傑作“Lucifer”をトランスで粉骨奪還したm-13という意外な一面も用意。前述したように鮮烈な印象には乏しいものの、トランス・テクノが好きならば聴いて損はないアルバムだと言えましょう。

♪m-2 Sketches In Spring (Tracid Radio remix)
♪m-4 Sketches In Spring (Schallbau remix)
♪m-5 Sketches In Spring (Cosmic Baby remix)
6thアルバムからのシングル・カットで、荘厳なストリングスと物憂げなピアノ・フレーズが印象的だったアンビエント・トラックを、トランスとして作り直されたもので占められている。特に、かつてSven VathのEye Qで敏腕を振るっていたRalf Hildenbeutelによるm-4は、典型的なトランス・トラックではあるのだが、原曲の魅力を損なわない手堅い作り。Cosmic Baby本人が直々にremixしたm-5も同様の路線であるが、音の質感に、かつてのジャーマン・トランス時代を彷彿させるのが面白い。因みに意図したのかは定かではないが、この曲はMFS在籍時にBoom Operatorsというユニットへ参加した際に作曲したFlatlineに似た曲調である。
6thアルバム“Heaven”以降、再び長い沈黙を保っていたCosmic Babyですが、2004年に意外な形でシーンに復帰します。ドイツのトランス・プロジェクトでは中堅どころだったSchillerのChristopher Von Deylenとユニットを組み、立て続けにアルバムを2枚発表しています。

♪m-1 Gymnopedié No.1
♪m-2 Etoile Polaire
♪m-3 Budapest - Bukarest
♪m-4 Summertime
♪m-5 Struggle For Pleasure
♪m-6 Departure
♪m-7 Kreuz Des Südens
“家具の音楽”という概念を主張したことで有名なErik Satieや、ミニマル・ミュージックの始祖的存在だったPhilip Glass、アメリカの代表的作曲家George Gershwinらの楽曲群を、テクノ/アンビエントの方法論で再構築し直したものを中心に収録した本作は、トランス・シーンの実力派二名による相乗効果著しい、地に足が着いた高水準の内容となっています。これはCosmic Babyだけでなく、Christopher Von Deylenもまた音楽理論を踏襲した作曲をしていることの現われで、それこそメロディライン、リズム・セクション、音の質感など、あらゆる要素が緻密に構成されており、非の打ち所が見当たりません。特に前述した有名な作曲家の楽曲にremixを施したものが素晴らしく、原曲の良さを損なわない丁寧な仕上がりからも察せられるように、彼らが如何に元曲へ敬意を表していたかが窺えるというものです。
勿論、彼ら自身の楽曲もまた有名曲のremix作群と並列しても遜色ない水準を維持していますし、アルバム全体における統一感もあるので、コンセプト・アルバムとしての出来栄えも申し分ありません。
どちらかというとアンビエント・ミュージック寄りの作風なので、クラブ・プレイには不向きではありますが、ここは先入観を抜きに、彼らの手管をじっくり腰を落ち着けて堪能するのが良いでしょう。
この名義ではシングル・カットもなく、CDフォーマットのアルバム2枚のみのリリースですが、どちらの出来も素晴らしいものです。では、続けて2ndアルバムも紹介してみましょう。

(2004年/ Transglobal)
♪m-2 Ad Astra
♪m-3 M 83
♪m-6 Lied Von Der Erde
♪m-7 Schiller - Einklang (Blüchel & Von Deylen remix)
♪m-8 Kosmologie #Ⅰ
♪m-10 Kontakt
remixアルバム的趣向が強かった1stアルバムとうって変わって自身達の曲のみで構成された本作は、より一層研ぎ澄まされ深みを増した音の質感もさることながら、心を激しく揺さぶるような寂寥感溢れた内容となっています。
宇宙を題材としてアルバムを制作するのは、Cosmic Babyが1stアルバム“Stellar Supreme”を発表して以来のことですが、察するに本作は、そのことを多分に意識しているような節が微かながら感じ取れます。Christopher Von Deylenの“視点”も当然加味されているとは言え、ベルリン・トランス提唱から12年を経て再度この主題を掲げたのは、成熟した視点でその当時を振り返って見たいという“自己回帰”的欲求からなのではないでしょうか。
しかし、浪漫主義者としての血は消せないというのか、収録内容の至るところで聴ける、過剰に感傷的なメロディラインは、まるで胸を掻き毟るような狂おしさを以って聴き手に迫ってきますし、その点に関しては“Stellar Supreme”以上の凄みを感じざるを得ません。それを象徴するのが冒頭のm-2とm-3で、特にm-3は、別離の悲しさと寂しさを振り切って孤独に宇宙へ旅立つ心境を描写したかのようなトランス・トラックに仕上がっており、この曲に、かの“ベルリン・トランスの貴公子”の再来を見る方も多いはず。これまで挙げた諸作でも度々見られるピアノ・インストゥルメンタル小品的なm-6もまた、静寂の星空に思いを馳せるようなメロディで、じわじわと心を締め上げる秀作。
収録構成及び収録時間に関しても丁度良い尺で中弛みもなく、1st同様に非の打ち所が見当たらないこのアルバムは、“Stellar Supreme 2004”的なもの以上に、広大な宇宙空間への慕情を味わうことが出来るものと言えましょう。
なお、この2ndには二人のライブ動画も収録されていますが、両者揃って楽器演奏者としての一面を垣間見ることが出来ます。
アルバム“Heaven”の発表以降、メイン・プロジェクトでのリリースが久しく途絶えていましたが、2006年、遂にCosmic Baby名義でのアルバムがリリースされました。

(2006年/ Time Out Of Mind)
♪m-1 Experienced Coincidences
♪m-3 Brigade Der Zeitroboter
♪m-6 Im Aquarium
♪m-7 Industrie und Melodie
♪m-11 Wolfgang Pauli Im Experimentallabor
♪m-14 Kleine Feine Traumschleife
これまでも諸作にKraftwerkへの影響を散りばめてきた彼ですが、本作では更にその傾向を強め、それこそ80年代初頭にリリースされたシンセ・ポップの金字塔と言えるアルバム“Computer World”の向こうを張るような内容となっています。収録曲自体は、実のところ1997年から1999年までに録音したもので、2000年に“Quadrat auf Schwarzem Grund”というアルバム・タイトルでリリースされる予定でしたが、諸般の事情で発表が頓挫してしまっていたようです。
制作を開始した1997年頃と言えば、ちょうどアルバム“Heaven”を制作していた時期に当たりますが、おそらく当時のシーンの動向を見た上で、発表を一時保留することにしたのでしょう。また、2006年当時は、エレクトロ二カというジャンルがシーン定着していましたし、そのことも本作のリリースと、まんざら無関係ではないような気もします。
内容は“14 Pieces”同様に、彼の持ち味であるモーグ・サウンドを用いたシンセ・ポップを全面的に展開していますが、音の質感は軽く無機質で角張っており、より機械的な印象が強く出ています。この傾向は前述したように、Kraftwerkの“Computer World”を意識したからこそのものでしょうが、ここには“14 Pieces”で辛うじて残っていた有機的なメロディが殆ど見られないため、このアルバムで完全な拒絶反応を示す人も、さぞ多かったのではないでしょうか。
シンセ・ポップの作品集であるため、当然ながら本作はクラブ・サウンドとして機能するものではありませんが、敷き詰められたアルペジオ・フレーズと、エレクトロ・ビートからイーブン・キック・ビートに変化するリズムを交錯したm-6や、かのBrian Enoのアンビエント・シリーズを彷彿させる緩やかなフレーズが延々と続くm-14のような曲もあって、意外と多様性に富んでいます。が、多分に意識したであろう“Computer World”を超え、かつエレクトロ二カのシーンへ訴求出来る内容かと問われれば、些か疑問符が付く問題作と言えます。
このアルバム以降も完全な新曲を発表せず、過去に録音したものを蔵出ししたようなリリースを続けていたりと、この名義では出涸らしという印象も拭えなくもないですが、同時期に始まった本名でのリリースでは、クラシック音楽やTangerine Dreamの影響を全面に展開したアルバムを複数リリースするなど、活動は地道に続けています。
また、上記のアルバムからは完全にCDやヴァイナルでのリリースをやめ、mp3等のデータ配信に切り替えている点も付記しておきましょう。
以上、駆け足で2回にわたってCosmic Babyの作品を紹介してみましたが、いかがだったでしょうか。
彼の全盛期と言えるMFS在籍時代のリリースは、版権の関係なのか最近までずっと入手困難を極めていましたが、本人自身がmp3による過去作の復刻を行ったため、フォーマットに拘らない限り入手が容易になったのは嬉しいことです。
2008年に過去の未発表曲をまとめて編纂したCosmic Baby名義によるミニ・アルバム“Sternsprung”のリリース以降、新作の発表は完全に途絶えてしまっていますが、本業であるピアニストとしての活動は続けているようなので、またいずれ新作を聴けることを願いつつ、今回はこの辺で。
ではまた。