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日々是躍動三昧!

クラブミュージック・リビューサイト“日々是躍動三昧!”へようこそ。
当サイトは90sテクノやトランスを中心に、クラブミュージックを紹介しています。

毎度様です。
とある思いつきで3回に亘って“偽前史”シリーズを続けてきましたが、再び一人のミュージシャンに着目し、その諸作群を深く掘下げていこうと思います。
当ブログでは、これまで何度となくトランスというジャンルを取り上げ、それにまつわる話を色々と書き留めてきましたが、そのシーンの根幹を築いた人について詳しく紹介する機会がなかったので、今回は、その中でも重鎮として名の挙がるであろう一人の歩んだ軌跡を追ってみましょうかね。

ジャーマン・トランスと云えば、90年代初頭にドイツのフランクフルトを拠点として、ヨーロッパ中のクラブ・シーンを席捲したジャンルということになっていますが、その比較対象としてよく挙げられる首都ベルリンにおいても当然の如く盛んでした。
隣国ベルギー産クラブ・サウンドであるニュービートを通過したフランクフルト・トランスに比べ、ベルリン・トランスは、どことなくシンセ・ポップやイタリアン・ディスコの影響が感じられますが、これはベルリン・トランスの総本山的役割を果たしたレーベル、MFSのリリース作によるところが大きいでしょう。オーナーであるMark Reeder自体がイタリアン・ディスコ・フリークで、かつてマッドチェスター・ムーブメントの中心として有名なレーベル、ファクトリーからシンセ・ポップ・バンドを率いてシングルをリリースしていたりする挿話からしても、それは明白だと思われます。もしやレーベル設立の意図がニュー・イタロ・ディスコの標榜だったのでは、と個人的に推察しているのですが、どうでしょうか。
さて、そのMFSがトランスを提唱し始めるきっかけとなったリリースから紹介していきましょう。

$日々是躍動三昧!-tranceformedVarious Artists - Tranceformed From Beyond
(1992年/ MFS)
♪m-2 Neutron 9000 - Open Your Mind
♪m-3 Quazar - Dragonfighters
♪m-4 The Visions Of Shiva - Perfect Day
♪m-5 Cosmic Baby - Cosmikk Trigger 4
♪m-6 VOOV - It's Anything You Want It To Be, And It's A Gas
♪m-7 Effective Force - Diamond Bullet
♪m-8 Mind Gear - Don't Panic
♪m-9 Microglobe - High On Hope
♪m-10 True Love - Breath Of Stars
♪m-11 Futurhythm - Transmanic
♪m-12 Cosmic Baby - Cosmic Babies




副題に“MFS Trance Dance”を掲げ、ベルリン・トランスの到来を宣言した本作は、同時に世界初のトランス系コンピレイション・アルバムとしても知られる、正に一里塚的作品と云えます。
収録内容は、当時のMFSからリリースされた主要シングルを中心に選曲、更に同レーベルの主軸を担っていたCosmic BabyとMijk Van Dijkによる深みの増したremix及びDJ mixが施されており、どちらかというとクラブ・ユースではなく、じっくり聴き入ることに主眼を置いたものであることが窺えます。
とは云えDJ mixものとしては、さほど技巧的なmixではないし、物語性においても可もなく不可もなくといったところで、mix CDとしての出来栄えに取り立てて目を引く要素はありませんが、当時のベルリン・トランスの動向を知る上では外せない作ではあります。
特に印象的な曲を挙げるならば、やはりCosmic Baby関連のm-4やm-5、Mijk Van Dijkの別名義によるm-8、m-9といったところでしょうか。特にPau Van Dykの共同作でもあるm-4のremixは、このコンピレイションでしか聴くことが出来ない、隠れた秀作と云えるでしょう。
後年、本作の収録内容を、別バージョンにてunmix収録したボーナス・ディスクを同梱した2枚組のリマスター盤もリリースされており、入手困難に拍車が掛かるMFSの代表作をまとめて聴けるという意味で貴重なものですので、買い求めるならリマスター盤を薦めます。


ということで、今回はベルリン・トランスの立役者として名高いミュージシャンである、Cosmic BabyことHarald Bluchelを紹介してみます。
既にその名を見聞することも随分と少なくなりましたが、短期間ながら彼がシーンで果たした役割の大きさは絶大なもので、トランス・シーンの第一線で長らく活動を続けるミュージシャン達からも今だ尊敬を集めるほどの存在。僭越ながら、当ブログでその軌跡を振り返ってみたいと思います。
まずは簡単に彼の略歴をどうぞ。

1963年ドイツのバイエルン州ニュールンベルク生まれ。彼は7歳からクラシック・ピアノの勉強を始めていますが、17歳の頃にエレクトロ及びシンセ・ポップの代表格であるKraftwerk、ジャーマン・プログレッシブ・ロックの重鎮Tangerine Dreamを知り、たちまちその虜になります。以来、クラシック・ピアニストとしての活動と並行して電子音楽への造詣を深め、1987年にベルリン工科大学へと進学しました。
大学では音響工学を専攻していましたが、更に音楽制作やエンジニアリングを習得するために芸術アカデミーへ移籍しています。この頃、後にEnergy 52を結成するKid Paulとの出会いを介してハウス・ミュージックやテクノを知り、次第にクラブ・シーンへと活動の場を移していきました。
では、年代が前後しますが、当時の彼による作品を挙げてみましょうか。

$日々是躍動三昧!-theeVarious Artists - E (1989年/ Big Sex)
♪m-1 Cosmic Baby - New Zone
♪m-3 Startrek - E=mc
♪m-4 B Culture - Turn Up The Music

ベルリンのBig Sexからリリースされたハウス・ミュージック・コンピレーションで、名義こそ違うものの、全ての収録曲がCosmic Baby本人による作で占められている。
内容は、シンセ・ポップをハウス・ミュージックにて粉骨奪還したような作風で、取り立てて興味を引かれるものとは云いがたく、まだまだ試行錯誤段階であることが否めない出来栄えだ。彼の持ち味とも云えるMoogシンセサイザの音色も多用されていないためか、余計にそう感じるのかも知れないが。強いて挙げるなら、時折緩めのストリングスが過るm-1の、仄かな酩酊感だろうか。





$日々是躍動三昧!-eternityEnergy 52 - Expression (1991年/ WEA)
♪m-1 Eternity
♪m-3 Expression (the piano)

後にトランス・クラシックとして名高い“Cafe Del Mar”を共作する、盟友Kid Paulとのユニットによる1stシングルで、補佐役として実作業の大半をCosmic Baby本人が担当している。
前年にKid Paulのシングル“Take Me Higher”で、今ひとつ垢抜けないユーロ・ハウスを手掛けていた彼だが、本作では並走する複数のアルペジオ・フレーズと、清涼感あるストリングスが交錯するm-1、典型的な郷愁ピアノ・フレーズを用いながらもシンセサイザ音への比重が増したm-3など、幾分トランス寄りの作風へと変化している。補佐役に徹しているためなのか、Kid Paulの趣向が強めであるが、前作“Take Me Higher”と比較して制作面で成長の跡が見られる。





$日々是躍動三昧!-taoCosmic Enterprises - Tao Nonstop (1991年/ White lavel)
♪m-1 Tao Nonstop
♪m-2 Ratio Tao

Low Spiritのサブ・レーベルWhite Labelへ移籍してリリースしたシングルで、制作にはMembers Of MaydayのKlaus Jankuhnが参加している。
ひんやりしたストリングスと角が立ったベースラインのハウス・トラックを展開したm-1、どっしり重いリズムと艶のあるアルペジオが印象的なダーク・エレクトロであるm-2共に、彼が敬愛するKraftwerkからの影響が濃厚に感じられる出来栄えで、先に紹介したコンピレーション“E”の延長線上的な作風であるが、こちらのほうがより洗練されている。
後のトランス攻勢に繋がる、転換期的シングルと云えるだろう。







ジャーマン・トランス・シーンで名を上げる以前の作については、路線が固まっていなかったというのもあって、いまいち聴きところに乏しいためか、古株のトランス・フリークも話題に挙げることは少ないと思ったので、まずは3作ほど挙げてみました。
Cosmic Babyを紹介する上でKraftwerkとTangerine Dreamからの影響は外せない話ですが、この当時の作品を聴き比べてみると、主にKraftwerkをアシッド・ハウスで消化しようとしていたように思えますね。


Cosmic Babyの名が急速にシーンへ浮上してくるのは、MFSレーベルに移籍してからです。先に紹介したコンピレーション・アルバム“Tranceformed From Beyond”にて提唱された“MFS Trance Dance”の一環としてリリースされたシングル群により、ベルリン・トランスの本格的な胎動が始まることになります。

$日々是躍動三昧!-transcendentalCosmic Baby - Transcendental Overdrive (1992年/ MFS)
♪m-1 Transcendental
♪m-3 Cosmikk Trigger 1

Cosmic Babyの名を一躍シーンに知らしめただけでなく、ベルリン・トランスの到来を宣言したMFS Trance Danceシリーズ第一弾としてリリースされたシングルで、補佐役としてVOOVことChristian Graupnerも参加している。
重奏感ある16分シーケンスによる、怪し気な宗教儀式で多数の信者達を扇動するようなm-2、彼の持ち味であるモーグ・シンセサイザの音色を全面的に展開し、神秘的な宇宙空間を描写したm-3を始め、KraftwerkやTangerine Dreamから受けた影響を、アシッド・ハウスで上手く昇華した曲群が印象的。トランス・シーンを先導したCosmic Baby及びMFSレーベルの躍進は、このシングルから始まったと言えるだろう。






$日々是躍動三昧!-futurhythmFuturhythm - Sonic Mind Explosion (1992年/ MFS)
♪m-1 Phuture
♪m-3 Transmanic

後にDJ HellのGigoloレーベル等で活躍するJonzon、当時のレーベルメイトVOOVとのユニットで、この名義ではハードコア・テクノに近似した暗くきつめの音を展開しているが、その中でも代表作と云えるのがこのシングルである。
特に、震えるようなキックドラムと、コールタールのようなベースラインが延々と続くm-1、重層するアシッド・ベースが四方八方から洗脳電波を浴びせかけるように展開するm-3が白眉で、他メンバーの影響とはいえ、流麗なメロディラインのトランスを得意とするCosmic Babyの暗黒面が見え隠れしていると云えるのでは。
因みに同じメンバーによるユニットVein Melterも、似たような路線の曲をリリースしている。





当時まだ自らの作風に不満があったHarald Bluchelは、よりダンス・トラックとしての完成度を高めたいと思っていたようです。そんなある日、彼は“ダブセッション”というイベントでプレイする若いDJに深い感銘を受け、MFSオーナーMark Reederの元へと連れて行きます。意気投合した二人は直ちにユニットを結成し、ジャーマン・トランス・クラシック“Perfect Day”をリリースしました。その若きDJとは…もちろんPaul Van Dykのことです。

$日々是躍動三昧!-visionsofThe Visions Of Shiva - Perfect Day (1992年/ MFS)
♪m-1 Perfect Day
♪m-2 Perfect Night

Paul Van Dykが初めて曲制作に着手したことでも有名なシングルだが、実作業の大半をCosmic Babyが担当しているのもあって、彼の持ち味が濃厚に感じられるMFS Trance Danceシリーズ第三弾。当時のハードコア・テクノで頻出する、中盤でピアノ・フレーズが浮上して煽動する形式を踏襲しており、ちょうどハードコア・テクノとトランスの中間点のような曲構成となっている。
比較してどことなく展開が大雑把なm-1より、性急でメリハリの利いた構成でまとめられたm-2が聴きどころで、念導波のようなベースライン、光が駆け巡るようなMoogシンセサイザのフレーズ、涅槃を印象付ける女性ヴォーカル・サンプル等が次々と交錯していく展開には、独特の酩酊感がある。



$日々是躍動三昧!-23Cosmic Baby - 23 (1992年/ MFS)
♪m-1 Fire : Oh Supergirl
♪m-2 Water : Sweet Dreams For Kaa
♪m-4 Air : Aquarius Orbit

神秘の数字“23”に着想を得て編まれたシングル。火、水、地球、空気という題材に沿って作られたトラックが並んでいるが、特に寂寥感を刺激する流麗なアルペジオが強く印象に残るm-2、得意のエレクトロ趣味を下地に、感傷的なフレーズを次々に展開していくm-4が圧巻だ。
一聴して派手さは薄く控えめながらも、核となる地を這うようなベースラインが次第に深みへと誘導していくm-1も、聴くほどに味わい深さが出る曲。
どちらかと言うとダンス・トラックというより、リスニング・トラックとしての趣向が強いシングルかも知れない。




当時MFSのオーナーMark Reederが『トランス(シーン)はCosmic Babyと私が作った』というような発言をしていたそうですが、このような一連のリリースを聴き漁ってみると、確かにそれもまんざらではない気はします。彼の作る曲が、ベルリン産トランスの標準として認知されるだけでなく、Paul Van Dykを発見し、更にはMijk Van Dijkと共に世界初のトランス・コンピレーションを編集する機会に恵まれたという意味においても、彼がシーンで果たした役割が如何に大きかったかが窺い知れるというものですね。
このようなトランス・サマー(トランス・ムーブメントをそう呼んでいた)華やかりし中、遂にCosmic Babyのアルバムがリリースされることになるのです。

$日々是躍動三昧!-stellarCosmic baby - Stellar Supreme (1992年/ MFS)
♪m-1 The Space Track
♪m-2 Stimme Der Energie
♪m-3 Stellar Supreme
♪m-4 Heaven's Tears
♪m-5 Planet Earth 1993 (blue)
♪m-6 The Pianotrack (yellow)
♪m-7 Sea Of Tranquility
♪m-9 Sweet Dreams For Kaa (My Love)
♪m-11 Galaxia
♪m-12 Cosmic Force
♪m-13 Eurovoodoo
♪m-14 Liebe (red)
♪m-15 Universal Mind



同年にリリースされたシングル群同様、モーグ・シンセサイザによる丸みと艶を帯びた音を全面的に導入し、ジャーマン・エクスペリメンタル、シンセ・ポップ、アシッド・ハウスを絶妙に配合した本作は、80年代初期のイタリアン・エレクトロ・ディスコとも通底する、近未来的な宇宙観が強調されており、さながら多感な少年の夢想するような宇宙の憧景を次々と追体験していくという、コンセプト・アルバム仕立ての構成となっています。
収録内容を詳しく見てみますと、星空を眺めるうちに何時の間にか宇宙空間へ引きずり込まれていくm-1に始まり、降りしきる雨の中、悲しみを胸に漆黒の天空を駆け上がるm-4、全てを振り切るように極彩色の光渦巻く三次空間を疾駆するm-9、大型宇宙機動艦隊と一戦交えるm-12など、印象深い曲群が物語のように展開していきますが、後に長年の共作者となるJens WojnarのギターとCosmic Babyのピアノが何とも言えぬ郷愁感を刺激するm-5及びm-6のようなアンビエント曲を中盤の要所で挟むなど、アルバムの構成も考え抜かれているのも見逃せません。
このように難解な路線へ陥らず、情景を容易く想像出来るようなメロディラインを巧みに組み立てて作られた曲群からは、クラシック・ピアニストとしての経験に裏打ちされた手腕と構成力の高さが感じられます。逆説的に言うなら、幾分表層的で奥深さが薄いという側面も否定出来ませんが、ここは親しみやすさの勝利と評価したいところです。

なお、このアルバムはLPでもリリースされており、収録内容に若干の違いが見られます。
特にb-3(Heaven's Tears)は、リズム・セクションと曲構成がDJユースを考慮したものに変更されており、CD収録のそれと比較して、より完成度が高くなっていますが、他のフォーマットには収録されていないため、どうしても聴きたいならばLPを入手しなければならないのが歯痒いですね。
♪b-3 Heaven's Tears (club mix)


Cosmic Babyが最も精力的に活動していたのは92年から94年にかけての僅か2年間ですが、飛ぶ鳥を落とす破竹の快進撃を続けていました。こと日本でも“ベルリン・トランスの貴公子”という惹句が付くほどに知名度がありましたし、多くのクラブ・サウンド愛好者が抱く彼への印象は、この時期のものでしょう。

$日々是躍動三昧!-heavensCosmic Baby - Heaven's Tears (1993年/ MFS)
♪m-2 Heaven's Tears (DJ Kid Paul's remix)
♪m-3 Heaven's Tears (Cosmic Baby's remix)
♪m-4 Heaven's Tears (funny how the time flies mix)

1stアルバムStellar Supremeからのシングル・カットで、リミキサーはJam El MarとKid Paulという布陣による、よりクラブ・ユースに即したしたものとなっている。
Jam El Marによる、流麗さを増幅した音使いが特徴のm-4が印象深いが、ここではCosmic Baby本人による、疾走感が格段に上がったハード・トランス仕立てのm-3に注目したい。Kid Paulのremixとさほど変わらない出来栄えではあるが、その後に続くリリースと近似した曲調になっており、さりげなく転換期的なシングルだと言えるのではなかろうか。
本作を最後に、彼はLogic recordへと移籍することになる。





$日々是躍動三昧!-loopsofCosmic Baby - Loops Of Infinity (1993年/ Logic,BMG)
♪m-2 Loops Of Infinity (expressionistic)
♪m-3 Loops Of Infinity (impressionistic)

前作に当たるHeaven's Tearsの流れを汲むハード・トランスを展開したシングルで、後に発表される2ndアルバム“Thinking About Myself”の布石となっている。
これまでよりピアノ・フレーズの比重が格段に増しているが、ベースライン、メイン・フレーズが殆ど一律に16分アルペジオ・シーケンスで敷き詰められているせいか、曲構造自体は単純かつ平坦になっている。BpM値の高いテンポに依拠した疾走感が強調されており、螺旋階段を全力で駆け下りていくような感覚が味わえるが、どうにも底が浅い印象も否めない。寂寥感あるピアノ・フレーズは期待にそぐうものだとしても、もう少しうねりを感じさせる要素が欲しいところだ。





$日々是躍動三昧!-solitaireSolitaire - Chasing Clouds (1993年/ Mercury)
♪m-3 Chasing Clouds (Cosmic Baby's free gliding remix)

Cosmic BabyとJens Wojnarによる単発ユニットでのシングルで、この名義では1枚だけのリリースだが、当時大量生産されていたトランス・テクノ諸作と比較して典型的な作風ながら、かなり高水準の出来栄えだろう。
彼の御家芸とも云えるモーグ・シンセサイザの音は幾分後退し、代わってアシッド・ベース音を全面に打ち出した曲調となっているが、特にCosmic Baby本人が直々に手を加えたm-3は、曲構成、音選を取っても非の打ち所が見当たらない、躍動感に富んだ内容だ。次第に色彩を帯びていくような冒頭から、一気に雲海の果てを滑空していくような感覚がたまらない。まさに隠れた秀作と言って差し支えないものだろう。






1994年には、Cosmic Baby名義での2ndアルバムがリリースされていますが、これが彼にとってトランス・シーンでの頂点と云える作品でしょう。

$日々是躍動三昧!-thinkingCosmic Baby - Thinking About Myself (1994年/ Logic)

♪m-1 Thinking About Myself
♪m-2 Treptow
♪m-3 Tao 2000
♪m-5 Brooklyn
♪m-6 Au Dessous Des Nuages
♪m-7 Cosmic Greets Florida
♪m-8 Herbst In Berlin
♪m-9 Fantasia
♪m-10 Loops Of Infinity (contemplative)
♪m-11 Moments In Love





アルバム・タイトル通りに自分自身の内面を主題として据え、本業であるピアニストとしての側面を強調した本作は、前作同様に全体の世界観と物語性を意識したコンセプト・アルバム形式によって編まれており、彼の得意とする流麗かつ感傷的なメロディラインで横溢された内容となっています。前作が少年の視点で作られたとするならば、本作は少女的感性で作られたと言うことも出来そうですね。
元々の彼における音楽的背景だったピアノへの比重が増しているだけに、フロア対応型のトランス・トラックへの拘りは多少薄れ、リスニング・トラック的な曲群が目立ちます。この傾向は本作発表以降、更に顕著となっていくのですが、クラブ・シーンへ多少の距離を置き、彼のもう一つの音楽的背景であるKraftwerkやTangerine Dream的な音へと回帰しようとする姿勢も、本作から微かに感じられます。当時流行していたマイアミ・ベースに色目を使ったエレクトロ・トラックであるm-7などは、それを暗示しているとも取れるのではないでしょうか。
とは言え、やはり本作の出色はベルリン・トランスの立役者としての貫禄を感じさせる、トランス・トラックの数々でしょう。敷き詰めるような16分アルペジオを基調にした構成は幾分単調ではありますが、多幸感や寂寥感を刺激するメロディラインが持つ説得力には唸らされることしきり。特に彼の代表曲として世界的に有名なm-9は、ディズニーのアニメーション映画“ファンタジア”に着想を得ており、山吹色に輝く光の中を全速力で駆け抜けていくような感覚が味わえます。

Cosmic Babyと言えば、すぐこのアルバムを挙げる人は数多いです。実際、今回記事を書くにあたって色々なブログを改めて調べてみましたが、本作の素晴らしさを語る記事に何度も出くわしましたし。既に発表から19年を経ているのですが、本当に根強い人気です。
なお、上記でも挙げた代表曲“Fantasia”は、シングル・カットもされています。続けて紹介してみましょう。

$日々是躍動三昧!-fantasiaCosmic Baby - Fantasia (1994年/ Logic,BMG)
♪m-1 Fantasia (celestial harmonies)
♪m-3 Fantasia (remix 2)

当時人気御礼だった2ndアルバムからのシングル・カットで、元曲へ手を入れ直し、完成度が更に増したm-1の、生気と希望に満ちた世界観が聴き所だろう。ここにはクラシック音楽とトランスの、理想的な融合形の一つがあると言っても過言ではない。春めいた長閑さから一転して視界がめまぐるしく渦を巻いていく感覚は、一度聴くと癖になるものがある。
盟友Kid Paulによるリミックスm-3は、さすがに元曲の高い完成度を崩したくなかったのだろうか、若干展開が違うのみで目新しさには乏しいが、手堅い作りと云えるかも知れない。収録内容が充実し、ミニ・アルバムの様相を呈しているCDシングル版での入手を勧めたい。





2ndアルバム発表と並行して、彼はドイツの前衛的バレエ団Pyro Space Balletの舞台劇“Futura”に音楽を提供しており、それは同年企画盤としてリリースされています。

$日々是躍動三昧!-futuraCosmic Inc - Futura (1994年/ Logic,BMG)
♪m-4 Futura
♪m-5 Rebirth
♪m-6 Transformations

電飾やワイヤーアクションを取り入れたPyro Space Balletの舞台用にと、2ndアルバムから数曲を選び、更に舞台劇専用として数曲書き起こしたものを纏めた企画盤だが、アルバムとしての完成度で見ると、些か疑問符が付く内容だ。
タイトル曲m-4は、出来ればトランス・トラックとして作り直され、格段に完成度が上がっているシングルカットを買い求めたほうがお釣りが来るくらい、ぱっとしない出来。ただ、最後尾に収録されたトランス・トラックm-6だけは別格で、荘厳で深みを強調した緩やかな変拍子の導入部が長く続いた後に、16分シーケンスのアルペジオとリズムセクションが次々と追い立てられるように収束、解放される曲展開は圧巻だ。





$日々是躍動三昧!-bladeCosmic baby - A Tribute To Blade Runner part1
(1994年/ Ultraphonic,east west)
♪m-1 A Tribute To Blade Runner (L.A 2018 main title)
♪m-2 A Tribute To Blade Runner (dance title)
ハリソン・フォード主演の、80年代SF映画における金字塔とも云える名作“ブレード・ランナー”を題材に、架空のサウンドトラックとして作り上げたシングル。
2ndアルバム同様に、クラシック音楽の要素を用いた作風がサウンド・トラック的な響きを持って展開される荘厳なアンビエント曲m-1、角張ったリズム隊を下地に、大仰なホーン・セクションを大きく響かせたメロディラインが夜の近未来都市を描写したトランス・トラックm-2共に、非常に高水準な出来栄えで、特にアンビエント関連のミュージシャンが絶賛していたほど。
好評だったせいもあって、収録内容が若干異なるpart2も作られている。





1995年以降になると、もはやベルリン・トランスの貴公子といった肩書きも消え、クラブ・シーンから脱した人として見られていました。厳密にはそうでもなかったのですが、少なくともトランス界隈から足を洗ったと見ていた人は多いと思います。

$日々是躍動三昧!-stundeCosmic Baby - Stunde Null (1995年/ time out of mind)
♪m-3 Stille
♪m-4 0+1=X

自身のレーベルからリリースした3枚目のアルバムで、これまでと比較にならない程ジャーマン・エクスペリメンタル・サウンドへの傾倒著しい内容。彼の音楽的背景にTangerine Dreamを始めとする実験的電子音楽の偉人達がいるのは前述の通りで、それを考慮に入れるならば自然な流れではあるのだが、ベルリン・トランスの貴公子と言われた時期に彼を知った人の大半は、この突然変異とも取れる変化へ仰天したはず。特に顕著なのがm-1及びm-3で、まるでClusterの向こうを張る、引き伸ばされた電子音が、本来の目的を放棄するように延々と続いていく。
クラブ・ミュージックという括りに囚われず、より自由で自らの趣向に忠実な作風を選んだCosmic Babyが、ここにいる。





当時日本では、忘却の彼方へ行こうとしている状態ではありましたが、ヨーロッパでは、そこまで人気に陰りがあったわけでもなかったようです。


$日々是躍動三昧!-14piecesCosmic Baby - Fourteen Pieces selected works 1995
(1995年/ time out of mind)
……disc 1……
♪m-1 Bothsides of Atlantic
♪m-2 East Houston St.
♪m-3 Teotihuacan
♪m-4 Glücksspirale
♪m-5 You Are Always In My Heard
……disc 2……
♪m-8 Karma
♪m-9 Funkfiction 2
♪m-12 Yalda's Song
♪m-14 Träume




1995年まで録り貯めていたスタジオワークから選曲してまとめ上げた本作は、同年に発表されたアルバム“Stunde Null”と対を成す、もう一つの原点であるシンセ・ポップ/ジャーマン・エレクトロへ立ち返ったような作風に彩られています。
彼の個性を印象付けていたモーグ・シンセサイザの音色も、再び前面へと出されるようになっただけでなく、1stアルバム“Stellar Supreme”のそれと比較して、出色に深みが増しているのも聴き取れますし、煌びやかだったメロディラインの組み方にも、多少の落ち着きが見られるようになりました。
前述したように、シンセ・ポップやエレクトロを昇華した内容なので、当然ながらダンス・ミュージック・アルバムではありませんが、落ち着き払っているとは言え、メロディラインにはやはり彼らしさを随所に感じさせる叙情性は健在です。エレクトロ・ビートのぎくしゃくした杓子定規的な機械的動感とCosmic Babyの危うい情感溢れるメロディが、微妙に不適正的な結びつきを見せる、その奇矯さが味になっているのも面白いですね。
メディアからベルリン・トランスの貴公子然とした扱いは受けなくなった分、より伸び伸びと曲作りをしている彼の充実感が、そこはかとなく漂う、そんなアルバムと言えましょう。


(後編に続く)