幼稚園の年長さんにもなると「お便り帳」当番の日がある。
ヒマワリさんチームは5人
お帰りの時に「お便り帳」を当番さんが先生からまとめてもらい皆に渡すのが当番さんの仕事だ。
ある日のこうちゃんの当番の日
担任の先生が、園庭の端でコッソリ小声で、
「こうちゃん!文字が読めませんか?お便り帳のひらがなで書いてある名前が読めなかったのよね!」
そして、
そのあと
えっ えっ えっ 信じられない一言
「ひらがなが読めないのは、障害児とこうちゃんだけなのよね!」
ガーン
ひらがな読めるように家で教えてという事かな?
ガーン
それとも、能力不足で手に負えないって事かな?
奈落の底に落とされる担任の先生一言
夫の帰宅を待ち
今日の出来事を話すと
「やっぱりひらがなくらい教えた方がいいんじゃないの」
担任の先生から言われた言葉で奈落の底に突き落とされた私の心より、
ひらがなを教えた方が良い解決策を提案する事でその夜は終わった。
何ともスッキリしない!
そしてもやもやした。
教える事は簡単だ。だからと言ってすぐにひらがなを教える気にはならなかった。
子どもの成長はユックリだ。
そして、学ぶ事の楽しさから新しい発見があり、さらに学ぶ楽しさを自ら見つけていけると思っていた。
子どもは未熟に決まってる
知らないことだらけ
間違いだらけ
失敗だらけ
だからこそ
大人がその間違いや失敗と一緒に付き合い自分で獲得出来るように見守るだけだ。
教える気にならなかったのは
母として余りにも子どもとの距離が身近か過ぎて見守れなく、感情的になり
これから伸びる子どもの可能性を潰したらいけないと思ったからだ。
子どもには沢山の個性と可能性がある
いびつなところがあってもいいじゃないか
そして、大人だってみんないびつな部分をもってるでしょ
我が子はとくに
母親はとくに
子どもとの距離を少しおいて
子どもの事で傷ついても
我が子は少しの間この世にお預かりした宝物で、自分の所有物ではない事を自分の心に言い聞かせた。
そして、こうちゃんは
小学校1年生になってはじめて
ひらがなの意味や書き方を勉強した。
キラキラ楽しそうだった。
毎日 ひらがなを書いて私に教えてくれた。