■1998年12月24日 銀座カルティエ事件
今日から師走ですね。
今年もあと1ヶ月になりました。
今回は長文です。
有名なエクスマの事件。
1998年の年末、エクスペリエンス・マーケティングの歴史にとって、重要な事件がありました。
輝かしい第一歩を刻み込む事件です。
それが「銀座カルティエ事件」です。
この事件、本にも書いたし、講演やセミナーでたくさんお話ししているので、聞いたことのある人もいるかもしれません。
クリスマスイブの夜、銀座を歩いていたボクの耳に、ある言葉が飛び込んできました。
それはまさに、小林秀雄が年末の街で、モーツアルトのシンフォニー40番の旋律が頭に浮かんできたのと同じくらいのインパクトがありました。
「どこで買っても同じジャン!」
このひとことが、その後、ボクにエクスペリエンス・マーケティングの手法を開発させるきっかけになったのです。
このセリフ、イライラした若い男性から発せられたものでした。
若いカップルが言い争いをしています。
「ここじゃなきゃダメなのぉ~」
「別にここじゃなくてもいいジャン。同じモノなんだからさ」
「ちがうのぉ~」
ボクは興味をもち、立ち止まってショーウィンドウを見るふりをしながら聞き耳をたてました。
どうやら彼は、彼女にカルティエの「タンク・フランセーズ」という時計を、クリスマスプレゼントに買ってあげる約束をしていたようなのです。
タンク・フランセーズというのは有名な時計です。
美しく、知的でシンプルなデザイン。
お洒落で、さりげなく存在感を主張していて、持っている人のセンス良いライフスタイルを表しているようなモノです。
定価は当時、29万円。
カルティエ史上に残る、名品です。
そんな時計を、よりによってこの若い男は、知性などという言葉は辞書にはもっていない、どう考えても似合わない茶髪にガングロの若い娘に買ってやろうとしているのです。
このカップルは何を言い争いしていたのでしょう。
要は、男のほうがディスカウントチェーンで、定価よりも七万五千円安い同じ時計を見つけてきたようなのです。
「七万五千円あれば、一緒に温泉旅行にだって行けるジャン」
「いやなのぉ~」
話がかみ合いません。
彼は彼女の欲しがっていた時計を、ディスカウントチェーンで買えば、カルティエで買うより七万五千円浮く、その浮いたお金で、一緒に温泉旅行に行こうと言っているのです。
でも彼女はひきません。
「だってそんなところで買ってもらったなんて、お友達に言えないよぉ」
「何言ってんだよ。同じモノなんだから、安く買ったほうが得ジャン」
もうかなりイライラしています
「ちがうのぉ~」
あーあー、とうとう泣かせちゃった。
彼は何故彼女がカルティエブティックにこだわるのか、まったくわかっていませんでした。
彼女も、自分がどうしてディスカウントストアで買ってもらった時計が嫌なのか説明できません。
とうとう彼らは最後までかみ合いません。
女の子は泣き出すわ、男はイライラするわ、きっと今頃は別れてしまっているでしょうね。
ボクはそのとき、ものすごい教訓を得たのです。
まさに「エクスペリエンス・マーケティング」が誕生した記念すべき瞬間です。
「こういう男性ばかりだからモノが売れない!」
ということです。
え? わかりませんか?
では質問です。
彼女は本当にタンク・フランセーズが欲しかったのでしょうか?
ま、確かに欲しいでしょう。しかし正確に言うと彼女は、
「カルティエのタンク・フランセーズという「モノ」としての時計が欲しかったのではなく、クリスマスイブに、彼と一緒にカルティエブティックに行って、ゴージャスな雰囲気の店内で、女性店員がうやうやしく接客してくれ、白手袋でケースの中から出してくれたタンク・フランセーズを買うという、「体験」が欲しかった」
ということです。
もっと単純に言うと、彼女は一見「時計」が欲しいように見えますが、実はそうではなく、ある種の「体験」が欲しかったということです。
そうです、この「体験」が欲しいということを理解できないと、モノが売れないのです。
世の中の多くの企業やショップ、レストランなどが、このカップルの男性のように、彼女の本当に欲しいものがわかっていないのです。
だからモノが売れないって話です。
女性にもてる男性というのは、こういうところの感覚が、意識するしないに拘わらず、上手なんですよね。
恋が上手な男性は、ちょっと視点を変えると、優れたマーケッターになれると思うんですよ。
女性の心をつかまえることと、消費者の心をつかまえることは、同義語です。
エクスぺリエンス・マーケティングを勉強して、ビジネスを圧倒的にしましょう。