肺腺がんの告知から2年。
ブログを始めてから一年あまりでしたが、
10月9日から、在宅医療に切り替えて、およそ1ヶ月、前日から泊まり込んでそばにいてくれた次男と岡崎から駆け付けた長男家族の到着を待つように、2018年11月1日家族に見守られる中、自宅で眠る様に静かに息をひきとりました。

10月15日に最後のブログをアップした後、眠気と手の震えで上手くメールが打てなくなりました。呼吸も酸素吸入はしていてもなんせ、肺の機能が落ちてるのですから、酸素が入っていかず、身体を起こすのも、容易ではない状態なのです。

そんな中、上司が、来訪してくださると楽しげに仕事の話に夢中になったり、白馬の先輩や、叔母が来ると一緒にお昼を(すこしですが)食べたり、元気に振舞っていました。
最後の一週間は、ベットから、自力では起きられず、やむを得ず紙オムツのお世話になりました。初めは抵抗があったようですが、今時の紙オムツの性能の良さにびっくりしていました。

身体が動かせなくなると介護する側が1人では容易ではありません。在宅医療での週3回の訪問の看護士さんの助けは絶大でした。その他、夜中でも、朝方でも不安で電話をかけると話を聞いてくださり、すぐ駆けつけてくれます。本当に感謝です。

亡くなる前日には、友人夫妻、継母、兄、妹が(虫の知らせだったのか)訪ねて来てくれ、手土産のお弁当を食べたりおしゃべりが出来ました。

多くの方に知ってもらい、たくさんの応援と励ましの言葉を頂き、どんなにか生きる希望と勇気をもらった事でしょう。
本当にありがとうございました。


そして気の向くまま、カーライフを満喫して心赴くままに生き抜いたのではないでしょうか。
最後まで、生きる希望を捨てず、頑張って生き抜いたと思います。

主人に頼りっぱなしだった私。まだまだ悲しみは癒えず、思い出すたび涙がとまりませんが、『お前は、先を見て生きていくんだぞ!』と主人に言われた事を胸に刻み、少しずつ笑顔で過ごせるよう前を向いて、主人の分まで生きて行こうと思います。

                                     🍀 天然の妻より🍀

  

10月9日(火)の「退院の顛末」。
周囲のプロフェッショナル達の、
余りにも素早い「1秒」も狂わぬ動き。

スゴイ、しかない感想です。

突然の、一時帰宅→退院!
家の準備は?
酸素ボンベは?
荷物運びは?

何もかも1度に出来るの?

そんな心配など微塵もなく、
ガスの業者さんが病室に来訪し、
業:取り扱い説明と契約について来ました。
私:誰が呼んだの?
業:○□ドクターから指示がありました。
私:そうなんだ・・・。
業:明日のベチャグチャ、あ〜だこ〜だ・・・。
私:・・・。
業:時間は、こ〜であ〜で、そこがこ〜なり、
私:・・・。汗かいてるから拭けば?
業:遅い時間のお疲れの時に・・・。
私:君じゃない?1人で忙しそうだよ?
業:・・・、急なもんで慣れてるとは言え、
私:だから落ち着きなよ。

てな事で、
あっと言う間に自宅の設置までの準備も整い、
しっかりと安堵感一杯の表情で帰社の途へ。

その間には、
天然の妻と次男が病院との打合せをし、
書類はどうする等の手続きと、
一時帰宅用に依頼していた介護タクシーを、
段取りよく片道のみの予約への切り替え。
1度に片付く様にギターから洗濯物、
必要の無い物を何度も往復して済ませ、
余りの手際の良さに、ビックリ‼️

私はと言うと、
担当医から、
奇跡、
奇跡です!
って肩を叩かれたり握手されたりで、
何とも言えない笑顔を返していた気がする。
でも本当に担当医は嬉しかった様で、
私も担当医の経験値からの判断で、
苦しさから解放されたのも事実。
素晴らしさに、大感謝です!

※肺腺癌が治った訳ではありません。
※あくまでも今回の入院目的達成と言う事です。

兎にも角にも、
自宅での訪問医療を始める為の退院。
当日、本当に家で落ち着けた!

「スッゲ〜ェ!」
の一言である!
(カッコイイ機材は、後日に)

そして、

ヤッパリ自宅は良い!
勝手知ったるだけではなく、
たった2週間の留守となったが、
居心地は大抜群!

もちろん直ぐに新たなスタートを切っても、
全てがスムーズに行くのは無理。
色々な物を使用してみて、
今迄が出来ていたと思っていた事が出来ない。
その修正で明け暮れるのだと覚悟した。

その第1は、歩行。
生活様式について介護用品に世話になる。
これはツライ。
大小の用を足すのも天然の妻と用品頼り。
24時間ず〜っと声を掛けて物を頼む。
眠げな疲れた表情を見ると、
申し訳なさで一杯になるが、
頼まないともっとヒドイ目にもなる。

少しずつ自分でも出来る様にするから、
それまでは、ヨロシクね!

でも、
今は「笑顔」が家中に満ちています。

私、とても幸福です!

入院して直ぐに、
家族には大変な思いをさせてしまい、
本当に申し訳なかった。
そして、
お前達の家族愛、
最高だよ!
9月18日に覚悟を決めて決行した、
軽井沢への「結婚記念日旅行」。

旅行計画はいつも通りで、
宿泊先と何を食べて楽しむか?ぐらい。

しかし今回だけは大きな違いがあります。
私の体の中の「癌」との付き合い方。

「肺腺癌」=「呼吸器の不具合」

事前に診察を受けて必要な事柄を、
しっかりと準備して行く事になりました。

しかし検診結果で1番気になる事の、
肺呼吸の状況が大丈夫なのかな?
についての数値結果の酸素濃度95%以上。
酸素ボンベが欲しいと告げたが、

担:無理をしなければ、大丈夫!
私:え〜、欲しいな〜!

の押し問答を2〜3回で終わらせて納得し、
意気揚々と向かっては見ました結果が、
緊急入院となるハメに・・・。

入院後に担当医も3度ほど謝りに来て、

担:本当にゴメンなさい。
私:か、軽井沢の3日間が・・・。
担:笑い事じゃないでしたね、ゴメン。

恐縮し切っていたのと、
たまたま正確な情報を頂けなかった事が、
この私には幸いし助かりました。

良くもまあこれだけタイミング良く、
身内・親族・友人・知人と、
入れ替わり立ち替わりの毎日。
今回の私にとっては良い方向に向かった、
気持ちを前向きに過ごした入院なので、
疲れよりも「免疫力向上!」効果バッチリ!

賑やかな訪問見舞い客の他にも、
(賑やかとは言え、当然常識範囲内です。)

↓中部地区から長男一家と友人夫妻

↓我が家の次男坊と天然の妻の母の友人。

↓私の継母と妹。

↓私の上の兄と息子2人。


ギターの持ち込み許可を頂き、
2週間の練習入院?(と呼ぶのか・・・)で、
予定としては3本のギターも入れ替えし、
少しでも楽しもうとしておりました、が!
担当医始めスタッフの方々による、
手厚い看護による思わぬ結果が現れました。

現状で私を1番苦しめている根元の、
「肺の水(胸水)」の処置。

何とか水分補給にミネラルウオーターを、
1.5リッター飲んでましたがキツイ!
それでも小水量を測ると2リッター以上。
担当医の経験値からのキラメキ?か、

担:ん?、もしかしたら・・・。

「人」を「人」として信じて、
何かを感じ取った様で、

担:「利尿剤」を増やしましょう!

大当り〜!
左胸の水溜りあたりが3日間程でスッキリ!
酸素ボンベも導入量が劇的に減り、
酸素濃度数値もボンベ吸入は有る物の、
2リッター程で常時97%以上!
息苦しさからの解放は最高です!

そして、例の担当医の一言の、

奇跡
が起きたのです!

そこからがトントン拍子で、
前週からの計画していた一時帰宅が、
な、なんと、
いきなりの退院となりました!
しかも、
「介護医療」に移行の為に、
書式的な手続きよりも実務。
つまり、
ガスボンベやら介護タクシーやら、
車椅子やら昼飯やら人手の手配やら、
夕食やら、ヤラ、yara、YARA・・・。
またまた1度にパニック状態!

後日談ですが、
私が自分で体を動かせる事が出来ないので、
(たった1人で気持ちだけ焦ってた様です。)
だいぶ騒がしげな滑稽なジイさんだったらしい。

という事で、
2週間の入院の顛末記でした!

↓最後来た見舞いの友人夫妻。(一平ちゃ〜ん!)