ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー | 読書雑記

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殺伐とした英国社会を象徴するような「元底辺中学校」に通う息子と母ちゃん(著者)が、人種差別、ジェンダー、貧富の格差などの問題にぶち当たりながらも前へ進んでいくノンフィクション。

英国の階級社会、格差社会はここまで行っているのかと驚かされる。

・人気の高い学校には応募者が殺到するので、定員を超えた場合、地方自治体が学校の校門から児童の自宅までの距離を計測し、近い順番に受け入れるというルールになっているため、そうした地区の価格は高騰し、富者と貧者の棲み分けが進んでいる(ソーシャル・アパルトヘイト)。

・人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校。それに対して、元底辺中学校のようなところは白人労働者階級が多い。

・昔なら、勉強のできない子はスポーツができるとか、労働者階級の子どもが金持ちになりたいと思ったらサッカー選手か芸能人になるしかない、と言われた時代もあったが、今や親に資本がなければ、子どもが何かに秀でることは難しい。

もう授業やクラブ活動のためだけに学校予算を使える時代じゃない。貧困地区にある学校は、子どもたちの基本的な衣食住から面倒をみなければいけない(スクール福祉)。

・英国では、認められていない理由で子どもが学校を欠席したりすると、親が地方自治体に罰金を払わなければならない。デモに行くと『ずる休み』とみなされて罰金を払わされるかもしれないので、裕福でない家庭の子どもはデモに参加するのを躊躇する(そもそも子どもがデモに参加しようとするところが日本では稀だが)。

そんな中でも、息子と母ちゃんはたくましく、そしていつも冷静だ。

母ちゃん「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ・・・多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどうくさいけど、無知を減らすにはいいことなんだ」

息子も含め様々な家族形態をもつ学校の子どもたちについて、「彼らは自分の家族が他の子の家族と違うことをまったく気にしていなかった。それぞれ違って当たり前で、それを悪いとも良いとも、考えてみたことがないからだ。」

「よく考えてみれば、誰だってアイデンティティが一つしかないってことはないはずなんですよ」という中学校の校長の言葉を受け、著者(母ちゃん)は「分断とは、そのどれか一つを他者の身にまとわせ、自分の方が上にいるのだと思えるアイデンティティを選んで身にまとうときに起こるものなのかもしれない」と考える。

「学校は社会を映す鏡なので、常に生徒たちの間に格差は存在するものだ。でも、それが拡大するままに放置されている場所には勢いがない。陰気に硬直して、新しいものや楽しいことが生まれそうな感じがしない。」

多様性やダイバーシティの推進をイメージや口先だけで唱えるのは簡単だが、実際の大変さと大切さが本書を通じて理解できる。