ピラティスチームのなかの最愛なるメンバーのうちのお一人であったRさんですが、
1月7日にこの世を去りました。享年45才でした。
彼女は、重い病と向き合い、闘い、最後まで諦めず立派に生きぬきました。
私はピラティスを通してRさんと知り合い、
レッスンを共に出来たことを心から誇りに思います。
Rさんが亡くなってもう1週間経ちます。
きょうは、Rさんと一緒にピラティスをしていたメンバーにこの事実を伝えなくてはならない、
辛い辛い1日になりました。
病気の事も一切お伝えしていなかったので
皆さんがどれだけ驚き、どれだけ悲しまれるか想像するだけで涙が止まらず
ゆうべもあまり眠れませんでした。
Rさんとは、約6年前私のレッスンに初めて参加されたときからのおつきあいです。
お勤めをされていて、夜のピラティスレッスンには毎週欠かさず参加されていました。
あれから6年。Rさんは亡くなる2時間前に私にメールをくれています。
しばらくピラティス出来なくて、残念、ごめんなさい、と。
Rさんとの会話、Rさんの仕草、Rさんが好きだったエクササイズ…
どれひとつと忘れたくない。1字1句残しておきたいと思い、こうやって記事にしています。
もし気分を害される方がいらしたら、すみません、スルーしてくださいね。
Rさんの名前はもちろんの事、病名も伏せさせて頂きます。
1.出会い
2005年 秋
21:45からという夜遅くに始まるピラティスレッスン
Rさんはお勤め帰りに毎週来てくれるようになりました。
マットを置く場所は1番前の1番右側。いつも決まっていました。
CDデッキのすぐ近くだったので、自然とレッスン前にRさんと
言葉を交わすようになりました。
「私、テニスが好きで休みの日はいつもやっているんです。」
「へえ~、いいですね~」
な~んて、どこにでもある普通の会話
ほとんど毎週その場所にはRさんがいました。
2008年 クリスマス
Rさんは「ロクシタン」のハンドクリームを私にくれました。
その当時は今ほど「ロクシタン」はメジャーではなくて、
「あの~これ(L'OCCITANE)は、何て読むんですか?」なんて
Rさんに聞いた覚えがあります。いい香りでした。忘れられません。
2009年 3月
私の母が長い闘病生活の末、亡くなりました。
亡くなった日がRさんが来るレッスン当日だったので、
レッスンは急きょお休み。「身内に不幸があって・・・」と
スタッフにお願いして参加者の方々に伝えてもらいました。
次の週、いつもの場所でスタンバイしていたRさんは、
とても心配そうなお顔で「身内の方ってご親戚とか、ですか?」
と、お聞きになったので、「いえ、私の母が亡くなったんです」とお答えすると、
Rさんは、とても驚き悲しそうなお顔をされていました。
桜の塩漬け
次の週、Rさんは小さな紙袋を私に手渡され、
「これ、よかったらどうぞ、心がほんわかしますよ」と言いました。
家に帰って開けてみると、小さな小瓶に入った桜の塩漬けでした。
実は私が子供のころ、母がよく桜の塩漬けに熱湯をそそぎ
お茶にして飲ませてくれたのです。Rさんはまるでそれを知っていた
かのようでした。さっそくその塩漬けにお湯を注ぎ、桜の花びらがパアっと咲き
膨らむのをとても懐かしく感じ、そしてあのお茶の味も忘れられません。
Rさんに母との桜の塩漬けの思い出話をしました。
そしたら彼女はちょっと困った顔をして、、、
「ごめんなさい、何だか色々と思い出させてしまったようで・・・」と
おっしゃっていました。私はあの時、Rさんは本当に心の優しい方だな、と思った
のです。
その後、色々な事情が重なり、そのレッスンを抜ける事になりました。
残念ながらラストレッスンではRさんは欠席されたので
何となく心残りがあるままRさんとお別れをすることになりました
Rさんとの再会
2010年 夏
それからしばらくRさんとお会いできなかったのですが、
ある日、平日昼間のピラティスレッスンに突然Rさんが来たのです。
私はとても驚き、同時にとても嬉しかった事を覚えています。
「わーー!お久しぶりです!元気ですか?」
「はい、今は元気になりました・・」
「・・・・・・?」
「実は私、〇〇(病名)だったんです」
ただただ驚き、言葉も出ませんでした
「あ、でももう大丈夫なんです。治りましたから」
Rさんはそうおっしゃり、にっこり微笑んでいました。
2011年 5月
少人数制のピラティスレッスンがスタートしました。
Rさんは申し込み予約当日受付30分前から並んで申し込んでくれました。
Rさんを含むピラティスチーム10人は、なごやかにそして熱心に
毎週私のレッスンを受けてくださいました。
2011年 7月
Rさんの様子が少しおかしいな、と感じる事がしばしばありました。
いつものような元気さがない、というか。疲れているのかな?と思っていました。
ある日、Rさんから以前治った病気がまた・・・・・と伝えられました。
この時は・・・頭を殴られたような・・たとえようがないショックを受けました。
でもRさんはとても元気な声で、「先生!大丈夫ですから。また治します」
と、力強く答えました。
それから私はインターネットでRさんの病気についてたくさんたくさん調べました。
少しでもRさんに近づきたい・・・そんな思いでいっぱいでした。
つづく・・・
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