今年初の、花火大会。

少し前から花火が上がり始めたようだ。


まだこの音がだめだなんて…


音の記憶、においの記憶・・・
もう、いいかげん楽になってもよさそうなのに。



それは本当につらい経験で、
だから
簡単に傷が癒えないのは当たり前だけれど、
化膿気味な傷の、痛みにばかり気をとられて
「今」を生きていない自分の在り方に、
何十年かぶりにリコーダーを吹いていて、不意に気づく。



頭ではそこそこ整理できるし、理解もできるけれど
心がいろいろなことについていけず、
先週から追加で、新しい薬も飲み始めていた。


薬が効き始めるには1・2ヶ月かかるだろう。
日中わけがわからなくって、今までのいろいろなことに怖くなったり
気持ちは覚めているのに、急にわんわん泣いてみたり・・・。

そんな不安定な私を、いつも大きく、やわらかく、
そして根気強く抱きしめてくれる人たちがいることって、
本当に「有難き」ことなのだよね。。。


雨後のさわやかな風に吹かれながら、
久しぶりに、リコーダーを吹いた。

本当に久しぶりに、「私」が目を覚ました感じ。



まだずっと「目を覚まし」ていることはできないかもしれないけれど
「痛い、痛い」と、ぐずぐずしている私を
ずっと変わりなく、大切に思ってくれている
家族と、大事な友達のHちゃまに、心からの感謝を・・・。



何かをちゃんと感じたくて、
自分がここにある手応えを感じたくて、
ここ最近で、一番「わたし」に触れた
短編集を読む。


川上弘美の『夏休み』

今の私が感じている「離人感」
これは、この作品のことばを借りれば、「ずれ」なのかな。

私、今、本当に、ひどく「ずれている」。

でも胸が、微かにぞわぞわする。
初めて読んだ時ほどではないけれど、
「引っ込み思案の一匹」の話すことばひとつひとつ、
その佇まいに、懐かしさ、愛しさ、切なさを感じる。

この一匹のように、無垢で無邪気であることを
許された時が、あったんだよね。

心を蝕む刺激から解放されたはずなのに、
今に、ここに、馴染めないのは何故なのだろう。

わたしが、いない。
わたしがどこにいるのか、わからない。

わたしはどこにいるの?


《追記》

「引っ込み思案の一匹」 

とっても怖がりなのに、
さみしがりなのに、
慎ましやかな甘えん坊なのに、
梨の季節の終わる頃に、怖がりながらも
「だめだけど、行くね」と、ちゃんと覚悟を決めた。

私も覚悟を決めたのだから、「引っ込み思案の一匹」をお手本にしないと……。