今までの経過を知っている友達が
体調を気遣ってくれたので、素直に答えた。
ADDの薬が奏功し始めたのか、
・生活音などのノイズが気にならなくなったこと。
・小さな刺激(精神的な)で、凹みづらくなったこと。
逆に、
・「閃き(inspiration)」を感じなくなったこと。
・得意だった、さまざまなものを組み合わせること(洋服・食器・献立・
ガーデニングなどのコーディネート)が、うまくできなくなってしまったこと。
「静けさ」を手にした代わりに、「sense」を手放さねばならないことが、怖い。
大した「感覚」ではなかったけれど、「感じる」ことが、何よりも自分の中で大切で、
だからこそ、音楽や文学、ドライブなどが好きだったのに、今はそういうものにも
あまり興味が湧かない。
「私」が「私」でなくなる気がして、それがとても怖いのだけれど、
きっとそんな感覚も、いずれ消えてしまうのだろう。
まるで、痴呆だ。
今はまだ、「まだら呆け」の段階なのだろう。
「感じられない」ことを意識できなくなってしまえば、楽なのかもしれないけれど、
それじゃ、もう、「わたし」じゃないもの… 笑。
話が重かったのかな?
メンヘラと交流するのは、嫌なのかも。
気持ち悪いし、めんどくさいよね。きっと。
そう思うのは当然の反応だとも思うし、
今までのような付き合いを強要することも、できない。
わたしだって、こんな自分が嫌だけれど、
私は私でしかないし、どうにもできない。
仕方のないことだとは思うけれど、今まで
信頼していただけに、ちょっと空しい、かな。
でも、薬のおかげで、以前のように
クレバスに落ち込むことも少なくなったから…
怪我の功名なのかも…。