一昨日は、お世話になったシスターが帰天されてちょうど一年目だった。修道院に伺い、お御堂でお祈りさせていただこうかとも考えたが、
修道院にいらっしゃるシスターはみなご高齢で、
でも伺えばいつでも温かく丁寧にご応対下さるので、かえって申し訳無いような気がして、
シスターYのお写真にお水とお菓子をお捧げして、
シスターから頂いた愛と、お教えに思いを致した。
シスターの急な悲報に動揺し、6つ下の彼に電話をして、
酔いにも任せ、苦しい思いを乱暴に投げつけた日から、もうすぐ一年経つのだな。
7年勤めた職場を辞め、空いた時間に比例した大きさのココロの穴を埋めることに
躍起になって、もうすぐ半年経つけれど、
「縁」というものの在り方に、ようやく、寂しい納得を覚える。
6つ下の彼のことも、私がADDの診断を受けたことを聞いて
離れてしまった友達のことも、そして仕事もそうだけれど、
「縁」があるときは、こちらがそれを求めなかったり、あるいは遮断しようとしていても、
見えない強い力に押され導かれるように、その「縁」あるものが引き寄せられる。
逆もまた真なりで、こちらがどんなに必死にそれを求めても、
「縁」がなければ、それとは決して、結ばれることはない。
「彼」の存在を「なかったこと」にして、でも、ずっと何よりもその存在を求め、
呼吸のできない矛盾の渦中に身を置いて随分経つけれど、
何をどう都合良く解釈しようとしても、さすがにもう、「縁」はないみたい。笑
なんの糸口も無いもんね。
でも、私の経歴や素質では本来繋がらないであろう将来へのチャンスが与えられ、
今はただ、その「縁」を信じて、粛々と努力するべきときなのだな。
くん。
一年前も、それまでも、本当にずっとありがとう。
あなたなりにいろいろ考え、傷付き、それでも温かく手を差し伸べてくれたんだよね。
今はただ、その柔らかく無垢な気持ちを私に向けてくれたことに、感謝します。
さすがに最後は酷い仕打ちをされたと思っていますが、
でも、仲の良かった数年の、
その折々に頂いた温かく純粋な真心を思い出し、
それに力をもらって、このチャンスをものにしたいと思います。
『おもかげをわすれかねつつ
こころくるしきときは
風とともにあゆみて
おもかげを風にあたへよ』
好きな作家の好きな言葉を、20年の時をかけて、今、自分のものにする。
全てを手放して新しい自分を手に入れるために、私は今、できることにのめり込むのみ…。
本当は、とても、会いたいです… 。