ゴミブログ season7

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日々の事を書く

頭のぶっ壊れたババアを病院へ運ぶ道すがら、托鉢をしている修行僧を駅前で見かけた。おれは修行僧なんかはじめて見たけど、その姿にはなんとなく心を打つものがあった。北浦和から戻ってきてまだいたら、お布施してみても悪くないと思った。


北浦和駅を出ると、おれは目を疑った。そこにも修行僧がいて、托鉢をしていたのだ。なんだかよくわからないけど、おれの中にあった仏心がそれで雲散霧消した。大久保公園の立ちんぼと駅を跨いで托鉢している修行僧、おれにはどっちも同じのように思えた。時代が悪い。


さいたまメディカルセンターは病んだ人間でいまにも横溢しそうだった。人で出来た道を進み、眼科の受付へ行った。こんなことをするのももう何度目かわからないし、その度に手順を忘れるけど、受付のおばちゃんは勝手知ったる風だった。またお前らか、という空気もあった。とにかく、眼科はいつだって混み合っていて、車椅子なんか押してるようなやつに座れるベンチはなかった。おれはやむを得ず殺人で問題を解決した犯罪者みたいに、萎縮しながら通路の端っこに立っていた。


母親はずっとだれかと話していた。その度に目は病んでるけど聴覚は鋭敏な患者どもがこっちを向いた。おれは修行だと思って、この試練に耐えることにした。母親の喋り出すタイミングは不定期で、金玉を掻くにも注意が要った。が、あまりにも待たされるもんだから、しまいには尻の穴を掻いたあとにその指先のにおいを嗅ぐのも、人目を気にしないほどになってしまった。修行の成果だった。


1時間か2時間ほどそうしていると、母親の名前がよばれ、何号室に来い、とアナウンスがあった。母親は家族以外には甘い声音を使い、それを心底嫌がるおれは診察室の外で待つことにした。5分ほどしてまた呼ばれて、おれは診察室に入り、医者と二、三言葉を交わして診察室を母親ごと出た。


地元の駅に戻ると、修行僧はどこにもいなかった。ちなみに北浦和にももういなかった。代わりに肌の黒い外国人が見たこともない楽器を演奏していて、なかなか繁盛していた。おれに言えることは、金のないやつが宗教をありがたがり、金のあるやつは神よりも金なのだから、托鉢なんかしても無駄だということだ。