怒りは三つの宝を失う


兎角腹の立つ事の多い世の中なんですが、怒りは、私達から三つの宝を持ち去ることを知って居ますか。私達に取って最大の宝は健康で、次に、信頼出来る相手、もう一つは満足感なんです。怒りと言う感情は肝機能を低下させ、様々な害を引き寄せる原因を作ります。肝機能が低下すると、心臓にも負担が掛かるように人間の身体は作られて居て、血圧の問題が直ぐに顏を出し、そうしている内に免疫力も低下して来るんです。そしてこの因果関係は、身体の中の臓器ばかりではなく、人間関係にも影響を及ぼします。


イライラして落ち着かない思いは、人間関係を破壊し始め、ちょっとした一言が、友達や、仕事仲間にヒビを入れることは珍しくありません。もちろん夫婦関係が離婚に追い込まれて行くこともあるでしょう。上司との関係も一瞬にして崩れ、信頼関係は泡の如しに消え去ることもあるでしょう。そればかりか、怒りは自分自身の満足感まで消し去ってしまうんです。腹が立っている時の食事は、美味しいと感じることは無いでしょう。そして、口にする酒や水はすべて毒に変わって居ます。なぜなら、波動は液体に一番伝わる性質があるからなんです。笑う門には福がくると言う様に、笑うから福が来るんで、福が来たら笑えるけど、福が来ないのに笑えるかとおっしゃる人が時に居ますが、こう言う人は、一生笑うことは無いでしょう。笑われることはあっても・・・


人間は、可笑しいから笑うんでは無いんです。笑うから可笑しく成って来るんです。解ります、この違い・・・不平不満が、腹が立てているんじゃ無いんです。腹を立てるから不平不満が生まれるんです。その不平不満がやがては病気を連れて来るんです。怒りと言う奴は、この様に様々なものに連鎖して「健康」「信頼」「満足」と言う人間最大の喜びを破壊する性質を持っているんです。そこまで、知れば、怒りを手放す方法を模索するでしょう。幾ら怒ることを趣味にしている人でも。怒りは、拘りや執着の心が作り出す感情で、無い物ねだりをしないことを心掛けることから、コツコツと・・・


あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v


【ラッキーの一言】怒って得する事は無いからと言って、無関心でいろと言う話しでは無いことを言って置きます。


ラッキーでした(^O^)

ハンデのある人が強いわけ


以前の日記に、ハンデキャップを持っている人についての記事を読んだ記憶があり、読んで貰いたい人が居るんですが、その記事が見つかりません。申し訳ありませんが再度、ハンデは弱点ではない訳を書いて貰えませんでしょうか。確かに書いた記憶はありますが、何時頃書いたかが定かで無く、日記を探すのも面倒なので新たに書きます。以前の講釈とは異なるかも知れませんが、本質的に内容が変わることは無いと思います。



話しの流れとして強い弱いと表現しますが、腕力や権力と言う意味では無く、内面的な心の強さ弱さと言う意味で講釈します。人間は身体の大きさで強い弱いが決められるものでは無く、自分の心が、直ぐにくじけそうに成ったり、怠けの誘惑に負ける人を弱い人、誘惑に打ち勝つ人を強い人と言います。そして、何かにつけてハンデを持っている人の方が多くを学び努力もします。ですから、人間的にも成長するんです。格闘技の世界を見ても恵まれた体格を持っている人は、得てして努力を怠る人が多いもので、自分の力を高く評価し過ぎて錯覚と言う落とし穴に落ち込む人が多い。



身体にハンデを持っている人は、人一倍の研究と稽古量で、そのハンデを克服しようと懸命に努力します。で、無ければその世界で飯が食べられないから。昔から、ウサギとカメの話しが有名ですが、物事の真理を言い当てている話しで、優位に立つ者は、必ず怠けという悪魔からの誘惑にそそのかされ、その甘い誘いに乗ったならば、今までの努力は水の泡と成って消え去ります。人間が集まる所には、必ず魔がさす現像は生まれ、その甘い誘惑の落とし穴に落ちて姿を消す人は後を断ちません。これが人の世の常だと言っても過言ではないでしょう。



格闘家で、身体が小さいことがハンデだと考える人は、様々な人とからアドバイスやヒントが貰える。学歴が無いからと劣等感を持つ人は、偏見や差別をしない人と出会える。身体が弱い人は、病気で苦しむ人の気持ちが解って上げられる。生活が苦しくても懸命に生きて来た人は、弱者の気持ちが解る。これはハンデのある人の特権かも知れません。人は、経験の無いことは、なかなか実感出来るものではありません。ましてや、机の上の学問では尚の事で、言葉の上だけのじゃれ事で、人を深く傷つけていることにも気がつかない人が多い。役所仕事と言う言葉がある様に、彼らは、規則で固められたレールの上を歩く列車で、お陽様が西へ傾けば一日が終わり、カナカナと鳴くひぐしの様なもので、朝と夕方の二回鳴いたら一日が終わる安気な人種に、解れと言うのは無理がある様にも思います。



ハンデがあるから前向きに成れ、チャレンジする喜びを手に入れ、生き生きとした日々を送ることが出来るんです。何事にも恵まれている暇人が、努力だ、チャレンジだのと言うセリフを口にする時は、ダイエットの事か、食い過ぎた時位のもので、こんな暇人に掛かったら、「百日の説法も、屁一つ」ぷーーで、水の泡ですよ。ハンデは、自分自身を成長させる為に自分自身で設定した障害物競争の為の障害物なんですよ。時々、ラッキーも言われますよ、せっかく感動的な講釈をして居るのに、屁一つで終らせるのは勿体無いってね。でも、これがラッキー流なんだなぁ。肝心要の処が解れば、後は、笑って暮らす方が楽しいからね。公務の皆さん気を悪くしないで下さいまし、貧乏人のひがみですから・・・



あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v



【ラッキーの一言】ハンデの見方を変えれば強みに成ることを知れ。



ラッキーでした(^O^)








懸命に生きる


私達の心を突き動かすものに感動がありますが、人情に火が付き火の手が上がり、やがては学びへと繋がって行くものです。この前、良い話しに出会ったんです。教会の坊さんの話で、筑豊の子供たちと言う土門拳の写真集がありますが、その筑豊のボタ山で暮らす家族の話しなんです。その集落は八割が生活保護で暮らす人達で、日々の暮らしはとても厳しい。学校に通う子供達も弁当を持っている子供は、まだ恵まれた家庭の子供で、弁当を持たない子供が多い。時に、弁当を持たない子供に、給食としてコッペパンがひとつ支給されることがあるんですが、腹を空かせて居るはずの子供は、そのパンを食べずに家に持って帰ってから食べると言うんです。


その訳は、家族も腹を空かせていることを知っているからで、そのひとつのコッぺパンを家族で分けあって食べるんです。暮らしは貧しくても心は暖かくて豊かですよ。これが家族の絆であり、命ギリギリで生きている人達の懸命な姿に、心を揺さぶられない人は少ないでしょう。でも、居ますよ、だから貧乏は嫌だと言う人が・・・その反対に、裕福に贅沢に暮らしている人達の話しで感動したことは、ラッキーは無いなぁー。命ギリギリの処で暮らす人達の中には恨み辛みが蓄積していて、社会を恨んだり呪ったりして暮らしている人も少なく無く、何かにつけておらんでいる人もいます。ことあるごとに、不平不満を大きな声で、ぶちまけるんです。そのことが良いか悪いかは別として、冷静に成って聞いて居ると、その心情が伝わって来て、昔の出来事をよく覚えているんですよ。何時、何処で、誰が、どうして、どう成った。それは皆、きさんが悪いんだなどと、おらぶんです。ぺっぺと、何度も唾を吐きながら・・・


それこそは、懸命に生きて来た証で、心を打たれる思いが湧きあがって来る話しが多いんだけれど、ほとんどの人は耳を傾けないなぁー。もう、終わった事、昔を振り返って文句を言っても、何も変わらないと知って居て諦めているからで、それよりも、今をどう生きるか。これから先をどう生きるかが問題なんだと悟っているからなんです。何時ものラッキーは、そのことを講釈しているから、今日の話しは矛盾していると思っている人も居るかも知れませんが、矛盾はして居ません。思いが伝わることは、自分のエネルギーを燃やす為に必要な栄養素に成るから大事なことなんです。命を掛けて懸命に生きて来た人は、大変、荒々しい方言で喋ります。


おいこりゃーきさん、出て来い。なにーきさん、てめぇー、どうした。なんて言葉が、次から次へ、調子よく出て来ますから、気の弱いラッキーの様な者は引きますけどね。何が言いたいのかを理解出来るまでには、可なり時間が必要で、喋っている本人にしか解らない怨み辛みを連ねた挙げ句に疲れはて、その場で寝たりもしますからね。それで、次の朝に、グッドモーニングなんて言われた日には、さっぱりわやですよ。この様な人の話しを、上から目線で聞くと、これほどアホらしい話しはありませんよ。でも、同じ目の高さで話しを聞くと、純粋な正義感が伝わって来て、己の心の不甲斐なさにムチを入れたくることもあります。ビシバシと、あぁーーーー効く、いい。なんて言う思いをするかも知れませんよ。


昭和は、遠い昔に成りつつありますが、物資に貧しかった時代は、この様な熱い心を持った人が居ましたが、贅沢を目指すことが常識に成った今は、人々の心は冷めてしまい、物事の道理よりも、銭金に敬礼する人が多いこの頃には困ったもので、熱く成って居るのは地球だけではないでしょうか。


あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v


【ラッキーの一言】人の苦しみは、自分が経験するまで、実感出来るものではないなぁー・・・


ラッキーでした(^O^)

人を美しくするもの


人は、誰でも美しく成りたい、品格を上げたい、何時までも元気でいたい、幸せでいたいと、望むものは沢山あるんですが、その望んでいるものをどの様にしたら手に入れられるのかと問われたならば、自信を持って答えられる人がどれくらい居るでしょう。青汁がいいとか、コラーゲンが必要だとか、必須アミノ酸が欠かせないとか言うくらいが関の山では無いですか。やっぱ欲しいものを手に入れるのはお金が一番の問題だよと、答える人も少なくないと思いますが、ラッキーの答えは違います。何時かの日記に、元気で暮らす為の条件は三つあると言いましたよね。「身養生に心の養生に家庭の養生」の三つの内どれが欠けても健康を維持するのは難しいと言いましたが、人を美しくする条件も、三つあります。


それは「安心」と「信頼」と「楽しみ」の三つで、この三つのエネルギーが必要なんです。この前、心のよりどころに迷っている人と言う話しをしましたが、実は、心のよりどころが、美しくなる為の条件であり、また、美しく老いて行く為の条件でもあるんです。人格や品格を上げる為にも無くてはならない条件なんです。歳を重ねれば肉体の衰えは誰でもやって来ますが、歳を重ねるごとに美しく成って行くことは可能です。その為の条件とは、一生楽しめる趣味を持ち、その趣味を一緒に楽しめる人を持つこと。仕事の上で、信頼出来る人を持つこと。そして一緒に居て安心して安らげる人をもつことなんです。


「楽しみ」「安心」「信頼」を、分かち合える相手を持つ事が、人生の終着まで、美しく居られる条件なんです。人から美しさを奪うものは、「孤独」で、頼れる人が居ないことは、美しさも、品格も喜びも消え去って行きます。人を下品にするのは人を疑う心で、何時かは裏切られるんではないかと不安を抱く心が人格や品格を蝕むんです。人から元気や活力を奪うものは、気の合う話し相手や幸せを分かち合える相手が居ないと言う寂しさなんです。これらが欠けると、どんなお洒落を使用が、紅白粉にお金を掛けようが、衰えて行く老いを止めることは出来ません。人間とは、人と人との間にあって成り立つものだから、「人間」なんです。良き友、良きパートナー、良き家族を持つ事が何より大切なことで、人間は気を落とすと運も落とすことになるんだぜ。


下手にお金など沢山持ち合わせない方が幸せで居られる。なぜかと言うと、お金を持たない者は常に懸命に暮らせるだろう、亡者達の誘惑から逃れて馬鹿にされながら。そのお手本が良寛さんでは無いですか。一文なしだから訪れた至福の時間。その幸福を得る為の方法とは、笑顔とリップサービスなんです。人やものを誉めることを忘れない。だから良寛さんは皆に慕われ愛されて来たんです、今の時代に成っても尚。詰らない怒りを捨て、威張ることも捨て、目の前にある損得勘定も捨て、何事にも拘らず、淡々として、何時も相手を誉め、感謝の言葉を忘れない。こう言う生き方が出来たならば、何所へ行っても歓迎される人に成り、何時も特別待遇で受け入れられる事でしょう。


こう言う話しをするとね、必ずこう言う人が居るんです。腹に無い事を言ってまで特別扱いをして貰いたく無いと。ちょっとネジの緩い人がね。でね、ネジを締めてあげたら、今度はブチッと切れるんですよ。もう、ネジも錆びているんだね・・・


あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v


【ラッキーの一言】自分を大切にしてくれる人には、同じ気持ちを倍返しすることが、幸せで居られる法則で、怒らず、威張らず、さりげなく、淡々と・・・


ラッキーでした(^O^)

LGBT


ラッキーさんは、詳しそうなのでお尋ねします。海外に比べて日本は、LGBTへのとらえ方が遅れていると思うんですが、マイノリティーの人達はどのように受け止めていったら好いのでしょう。性的少数派への差別の問題ですよね。ラッキーは、その様な人達との御縁があるだけで、少数派の人達の思いを真剣に考えたことも無いので詳しくは無いんですよ。ラッキー的には、なんの問題も無くひとりの人間として普段着で接しているだけで、区別や差別の意識は持ち合わせて居ませんが、世の中は、そうはいかなでしょうね。ラッキーの知り合いと言っても、女装子の人達が多く、彼らは趣味の世界の人が多いですから、性的少数派と呼ばれている人達とは、やや違う気がするんですね、一概には言えないんですが。で、ラッキーは、相手を見ながらなんだけれど、平気でホモとか、レズとかと言う言葉を使って居ますよ。失礼とは思いつつ・・・



でも、その相手は、これがこいつの個性なんだと受け止めてくれている気がして居ます。知らず知らずの間に相手を傷つけて居るかも知れないんですが。ゲイと言われるのは、気に成らないけど、あいつはホモだ、お釜だと言われると傷つきますって言う人も居るよね。カミングアウトの問題とか、トイレの問題とか、戸籍の問題とか、まだまだ、日本で人権を主張するのは難しいと思いますよ。岡山大学の医学部が窓口に成って、性転換などもやって居るんですが、その現場の先生でも、患者に対しては、差別的な態度では無いけれど、自分の家族がと言うことに成ると、それは別と言うのが本音なんだそうですから。



この様な差別や区別の意識についても、他人に求めるのは無理なんですよ。差別する人はするし、しない人はしない。それがその人の次元ですから、自分の方がそう言うものだと受け止めて、自分の意識を変えて行くことが、一番いい方向だとラッキーは思います。世の中は、習慣で動いている無責任な社会ですから、時間が必要なんですよ。この問題も五十年前よりは、開けて来ていることも事実ですよ。そしてこの様な問題も女性の方が受け入れるのが早い様ですね。少数派と言うのとは意味が違いますが、世の中は少数派の弱者が差別の対象に成るのは、今も昔も人の世の常だと言うことは変わらない。それが無く成ることは、人類が滅亡する時と言っても過言ではないと言い切れますよ、それほどに難しい問題だと思います。



そして今の世の中の傾向として、少数派であろうが多数派であろうが、見た目に綺麗と言うことで、その偏見は薄らいで行くのと違いますか。ゲスな話しで失礼なんですが、ラッキーの知り合いに、ホモやお釜さんには、拒否反応を示して居たおっさんが、見た目は、そこらの天然のお姉さんよりも綺麗なニューハーフを見て、目を輝かせて居ましたよ。ラッキーが、これも養殖でと言うと、目が点に成って居たと思ったら、コーヒー飲むだって。それからは、ラッキーが居ない時は、積極的にちやほやしていたとか・・・



最近、近所で見かけるおっさんに、少数派の人の中でも少数派の人がいて、頭は角刈りで顔はカラスで不健康、バニーガールが付けているウサギの耳を頭に付けて、キティーちゃんの髪止めで止めて歩いて居るんよ。パンツはスパッツで、ゲソはスニーカー。そのおっさんが、この前、三度笠を被って、ヒラヒラのネグリジェ風のワンピースに、下は網タイツに半ブーツ、横断歩道の縁石に座ってタバコを吸っているんよ。



そこへ、携帯を見ながら歩いて来た、二十歳くらいのお姉ちゃんが、その姿が目に入る成り、ギョッとして一二歩後ろに下がり、ラッキーの陰に隠れる様にしてのぞいて見ているんよ。携帯より刺激的だったんでしょう。で、なに見とんなと言われたら、ラッキーが前に押し出されるんでしょうね。世の中ってそんなもんですよ。で、ラッキーも、これくらい刺激的な少数派に成ると、知り合いにも関わり合いにも成りたくないと言うのが本音ですよ、悪いけど・・・



でもね、この少数派のおっさん、吸っていたタバコを携帯している灰皿で消してポッケに、信号待ちの時に、車の灰皿の中身を捨てる人よりは素敵ですよ。でも、友達に成るのは難しいですよ、幾ら、ラッキーでも・・・世の中は理屈じゃどうにも成りませんよ。結論としては、自分は少数派だと悩むのならば、多数派の習慣や癖を自分が受け止めて、人間としての自分を磨いて行くことですよ。見た目に綺麗も必要だけれど、それ以上に人間としての魅力を磨くことで、洗練された立ち振る舞いが自然に出来る自分を目指すことによって周りの意識は変わって来るものなんです。でも、50パーセントの人までですよ理解を示してくれるのは、それが人の世の決まりなんだな。



カミングアウトのことで悩んでいる人は、人の話しは参考にしてもいいですが、焦らずに待って居れば、背中を押されて、カミングアウトをせざるを得ない日が必然的にやって来るものなんです。そのタイミングが来ない人は、今生ではカミングアウトはしないと言う設定に成っているんですよ。講釈が長く成りましたので、この辺りで失礼致します。



あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v



【ラッキーの一言】自分の主張を優先すると荷物が重く成るだけ、人格を磨け。



ラッキーでした(^O^)