こんにちは。
今週は同じ学年の他クラスの生徒指導案件に追われて忙しくしておりました。
学年主任なので、同じ学年間で発生した生徒指導案件も一緒に引き受けます。
今週も終わり、やれやれといった感じです。
さて、今回のテーマですが、小学校の校則についてです。
少し前、ブラック校則という言葉が度々メディアで取り上げられていましたが、ブラックではなくても、校則は本当に必要なのかどうか考えることが多くなりました。
私立中学、難関高ほど校則が緩かったり、そもそもないに等しいぐらい校則が意味をなさないケースもあるようです。
今回は小学校の校則に限定して、私の体験談も交えて意見を述べさせていただきます。
校則があることのメリット
・指導内容の食い違いを防ぐ
いろんな教員がいます。校則があることで、それに反する子どもを指導する際、食い違いが発生しづらいというメリットが考えられます。前の担任の先生は良いって言ったのに、今回の担任の先生はダメって言うといった感じで、不信感を持たれることもあります。校則があることで、そういった事案を減らすことが可能です。
・社会規範を学ぶ
校則を守り通すことも、大事です。ブラック校則と揶揄されるぐらいのものは、守ることの意味を疑いますが、大概の校則は必要最低限という感じもします。普段お世話になっている学校の校則ぐらい、子どもは守るべきであり、保護者も守らせるべきです。
校則があることのデメリット
・指導が面倒
小学校に勤務しておりますが、正直校則を意識する機会がほとんどありません。学校によって異なるし、細かいところは細かいし、それより生徒指導案件であったり、目の前の子どもと関わることで精一杯です。ランドセルにキーホルダーを複数つけている子がいると、これって前の学校では注意しろって言われていたけど、今の学校ではどうだっけと、その場での指導はとりあえず避けるみたいなことが先日ありました。でもそれって、どうでも良くないですか?それで何か困ったらやめればいいし、それで困ることもある意味勉強です。そういう経験を奪ってしまうのも、校則の良くないところかなと思います。
・守らない子は守らない
校則を守らない子は、校則を守ることの意味を知りません。素行が良くないので、やることなすこと、校則違反ばかり。注意される回数を積み重ね、精神的にさらに不安定に、さらに素行が悪くなるという悪循環が生まれます。他人に害を与えない、共有する物を大事に扱うなど、基本的なことを日常の中で伝えていく程度で良いのかなと思います。
・更新されない
校則を意識する機会がほとんどないので、見直される機会がありません。旧態依然の時代遅れの校則が引き継がれています。ブラック校則だって、きっとそういう類です。
まとめ
校則という言葉には、何か堅苦しいイメージであったり、マイナスイメージがあったりします。校則がなくて落ち着いた学校生活を送れるのが理想的だと、個人的には思います。ダメなことはダメ、本来それは、家庭で躾けられるべきことです。躾が行き届かない荒れた中学・高校で校則は絶対必要ですが、小学校の段階では、必要ではないのではないかと思うのです。
校則も、学校によって変わります。公教育は地方自治なので、各自治体、各学校に教育方針が委ねられているものも多いです。必要最低限のルールはどの学校でも共通するので、それは各学校ではなく各自治体で統一し、校則は作らないといったことが必要だと思います。教員が異動しても、校則の違いに戸惑うこともなくなります。
あと、校則を守る守らないとかではなく、そんなものに頼らなくても自分で考えて正しく行動できる最低限の社会規範ぐらい、家庭で躾けるのが最適解だと思います。
学齢期のお子さんのいらっしゃる皆様方の中には、校則への不信感を抱いているかもしれません。きっとそれは、本来校則にすべき事項ではないはずです。それを、学校側は指摘される前に、気づいて廃止・改正すべきかなと。
では、今回はここまで。長文失礼しました。いつもありがとうございます。
