こんにちは。
ぼちぼちvol.100となります。
今回は、私が、ここ数年ずっと考えていたことのまとめとして書きます。
「何もないこと」の概念についてです。
世間体からすると、きっと、シンプル、ミニマル、自分で言うのもなんですが、きっとそんな言葉が似合う生活スタイルをとってきたように思います。またそれを言われることに多少なりとも喜びを感じていたことは否めません。
しかし、もっと別な気がするんです。
何もない、あえて何もしない、つまりはゼロを追い求めてきたんだと最近になって気づきました。
HelloTalkというアプリをご存知でしょうか。外国語学習に特化したSNSアプリです。
それで諸外国の方に聞きました。
Don't do anything.
と
Do nothing.
についてです。
Don't do anything.の方が使用頻度が高いそうですが、両者、どちらも日常的に使用する表現だそうです。
日本語訳では、
何もしないで。
と
何もないことをしよう。
ですね。
ただ、日本語では、「何もしないで。」この一択ですよね。
英語で言う、nothingの文化が日本には馴染みないことに気づきました。
厳密に言うと多少あるのでしょうが、英語ほどではないのかなと。
教師を続けて、無駄なもの、無駄に近いもの、非効率的なこと、そういった類の仕事をたくさん経験したし、見てきました。
その過程で、あえてしないこと、しない方が良いことがたくさん見つかりました。
人によっては、全てに意味があると言うのでしょうが、その結果が今の惨憺たる教育現場です。
私は、Do nothing.を意識し仕事をしている今が一番幸せです。
これほどまで教師の仕事が好きになったことがないぐらい、今はハッピーです。
たまたま学校に恵まれている、周りに恵まれている、それもあります。
「割り切り」その一言で片付いてしまうことなのかもしれません。
でも、nothingを追い求めないと見えてこないものの存在に気づくことができました。
学校現場において、nothingにできないこと、それが本来大切にすべき教育なんだなと。
きっと、人にはその人なりの価値観や正義感があり、nothingにできないものの形も多少異なります。
それでも、自分は自分なりに納得のいく教育の形をつかめたことは大きい気がします。
これからもDo nothing.を意識し、仕事を続けていきたいと思います。
ちなみにこんなことを意識して、仕事しています。
【仕事】
・宿題の簡素化
・コメントの廃止
その分返却時等、コミュニケーションを取ります。例外として、たまにコメントを書く場合もあります。
・提案文書等の重複箇所の削除・簡素化
・引き出しにものを入れない(使用する引き出しは4ヶ所のうち2ヶ所のみ)
・テストを溜めない(当日中に採点)
・パソコンのデスクトップは、フォルダ一つのみ。
これが、私の職場PCのデスクトップです。左上に見えているものが、唯一のフォルダーのアイコン(目立たないようなデザインにアイコンを変更しています。)
・さっと、帰る。極力17時に帰れるよう、職員室での私語を調節し、仕事にコミットする。
【教室環境】
・ゴミの存在を消す→床は常に掃除
・窓の汚れを落とす→窓ガラスを定期的に拭く。
・プリント類の整理整頓(今後使用するものと、捨てるものの二択に分類)
・授業時以外、前面黒板には何も書かない、貼らない
・前面の黒板周りには、極力何も貼らない(掲示物等)
・教師用デスクの上は、何にも置かない→なぜか子どもが寄ってきやすいらしく、コミュニケーションが生まれます
→授業が始まったら、棚の上に置いているパソコンを教師用デスクに置くことはあります。
今思いつく限りだと、これぐらいでしょうか。
細かいものも含めると、きっとこの2倍以上は書けそうですが、これぐらいにしておきます。
「何もないこと」に価値を見出すことの大切さを知りました。
それが私の場合、精神的な余裕につながります。
意識すべきことを厳選する。いろいろ考えない。雑念を除去する。
すると、子どもとの関わり方が一変します。
では、今回はここまで。ご覧いただきまして、ありがとうございました。


