司馬先生「花神」16…高杉
花神下巻p78 伊藤俊輔の言葉 高杉晋作のことを書いている
「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、衆目馬亥然(しゅうもくがいぜん)
あえて正視するものなし。これわが東行高杉君あらずや」
意味を司馬先生は書かれていないがネットで知ることができるので省く。
まぁ私の人生では巡り合うはずもない人。だから想像すらできない。
もしいたとして私の感性では見抜けない。
国家存亡の今、いると、ただただ信じたい。
この高杉が死んだのは28歳という若さだが、その死の間際、この後誰の指揮を
仰げばいいかという問いに村田蔵六を仰げと言ったとのこと。
この二人は天才らしいが、天才だからこそ「あとはあいつしかいない」
と思ったんだろうな。
しかしな…高杉が死んで倒幕活動の中心は薩長同盟と言いながら薩摩が
主導している感があるが、なぜ神様は高杉を歴史の幕から去らせたのか
わからんな。多分花神の中でも触れていないんだろうが…疑問だな。
しかし高杉という人は司馬先生の説明文によると下層階級から圧倒的人気が
あったとのこと。その葬列に集まった数は数千人とのことだが藩からあまり
出ていないらしい。
ここで追加情報。今後必要かは不明だが忘れるから書いておく。
長州は全藩一致で攘夷派ではないという説明。いくつかの思想に分かれていた
とのこと。まぁ全員が一致なんてのは普通に考えてもないけど。列記する。
下巻p106
①萩城下の上士は佐幕派
②熱狂的攘夷派で西洋の兵器も拒否する連中
③攘夷派だが西洋文明は引き入れる連中(蔵六や小五郎や高杉)
④国粋派…日本の美的精神や風俗を守る派(実際のこの派は軽率な輩)
以上この情報をどう使うか不明だが書いておく。
もう一個p108 司馬先生の言葉
世の中には話してもわからない手合いが多い。理解力がないというより、
他人を理解しようとする姿勢がまるでとれない連中であり、何かの我執と
病的に強い自尊心だけで生きている…と時代が変わってもいっぱいいるな。
自分もそうだろうな。
さらに多分重要なこと。大楽源太郎という人が出てくる。
軽薄な骨柄で、この人について書く必要はないから花神を読めばいいが
蔵六が後に西郷隆盛をこの大楽と同じような人だと断定しているとp126に
書いてある。西郷と言えば巨人で偉大な人と歴史上捉えられているが
まさか蔵六の見立ててでは最悪な人物というのは、どう把握すればいいか
私は迷走する。歴史上の偉人は偉人ではなく、神に選ばれて時代に現れて
仕事をしていくだけの存在なのか、だとしたら私たち凡夫なぞ塵芥同然だと思うと
茫然とするな。存在すら世に対して何の意味もない私なんだと。
この項では題を高杉としたが何を書きたいのか不明なまま終わろうとしている。
でも蔵六のことを書いていて高杉や他の人に触れずには進めないしな。
ただ歴史上の人たちのはどういう骨柄で、どういう才能があって等々
知りたいため花神を読んで見つけたいのだが…やはり神様の意思という
結論にならざるを得ないな。でも進みたい。
今回の最後に…
高杉は無論攘夷派だが、長州を独立国家とする事を思っていたそう。
越後長岡の河合継之助と同じだったんだな。