司馬先生「花神」5 人の役割
気になる一文が中巻p110にある。京都守護職になった会津松平家、
その京都での活動の様子は攘夷派に対して新選組を配下にした
強硬手段だったと記憶しているが、当初は違うと書いてある。
「言路洞開」(げんろとうかい)と読む。意味は上に対して意見を述べる道が
開かれているという意味とネットで見た。
要は松平容保は攘夷派の話も聞こうという態度だったそうだが、攘夷派は
学もなく教養もない輩だから話が通じないため、結句武力鎮圧となったとある。
現代も「話し合い」とみんな言うが、通じない輩ばかりなんだな。
共産党なんか日本語がわからないみたいだしな。
人は何百年経とうが進歩しないんだろうな。
もう一個 大事だと気付いたこと…人の役割とは…
高崎正風という薩摩人がいた。京都で長州が割拠していた時期、それが
おもしろくない薩摩が長州を追い出す行動を起こすにあたり、共同作業者
として会津を選んだ。
その使者に選ばれたのが高崎正風と言う27歳の若い人。
私は幕末・維新に名が残った人はみな偉人や能力の高い人とか要は一般人を
超越した才能を持った人だと思っていた…がこの高崎と言う人は歌読みの
才能はあるが、交渉力とか政治力とかの混乱期に必要な才能があった人では
ないとの事。それが会津との提携時、交渉役に選ばれたというのは
どういう理解をすればいいのか、先生は説明されているが、それにしてもだ。
人のこの世における役割ってのがあるんだとつくづく思うな。
本来すべきではない仕事を充てられるってな。
なんか運命って怖い。
意図や能力のないところで仕事をして結果を出せることって
ラッキーかもしれないが、運命というのか考えさせられるな。