司馬先生「アメリカ素描」大事なところ拾い書き4
p372 明治の心
近代というのはいつから?と問うと多くの人は明治維新からと言うと思う。
新産業が興り、工業化を推進しってことでそうだわな。
が、その近代の意識・思想は江戸中期から芽生えていたそう。
多分ここ大事。
たとえば荻生徂徠、三浦梅園、山片蟠桃、富永仲基と言う人たちだそう。
私はこれらの人の思想も活動も無知だが先生が言われるのだから、そうだろう。
この人たちの思想が近代を迎える予感のように江戸時代から染みていった。
それがなかったら日本の近代化の形は違っていたかもしれない…が言っても
しょうがないか。
先生の文面から読み取ると近代の精神とは
①ものを量と質で把握し(要は定量的に)
②社会の出来事を冷静に観察することとしている。
という事は近代以前は取引も適当で量とか質も基準もなく、いい加減で
出来事を見るのも一方的で感情的で…ってことか。
今の我々じゃん!我々はまだまだ近代化していないという結論だな。
なさけない!
以下民衆とは偉そうなことを言いながらいかに愚民かを表している事を紹介。
日露戦争の講和条件で、日本はマスコミに煽られた民衆の期待を大きく
下回った。政府としては終われりゃ充分という認識だった。
これに対し世間は激しく抗議した。東京帝大の7人の教授はこの条件での
戦争終結ならば戦争継続と訴えてたとのこと。こんなバカが教授だったんだな。
民衆はマスコミに煽られ、日比谷公園で大集会を開いた。
先生はこう書いている。
この理不尽で、滑稽で、憎むべき熱気の中から後の強盗のような帝国主義が
生まれたと。要は太平洋戦争は軍部の独走だとか書く人はいるが、その元は
この愚かな民衆なんだな。この愚民が軍部をも育てたんだな。
それを他人事のように政府や軍部へ責任転嫁していることは重要な示唆だな。
まとめると江戸期に芽生えた近代の思想が育まれず、教育もされず
忘れ去られ、明治期の多くの人たちは近代以前の中世人に逆戻りしたということ
だな。そして今も多くの日本人は中世の感情的・衝動的・冷静さを欠いた
思考程度なんだろうな。少なくとも私はそうだな。
でもそれでも明治人は現代人より純粋で利己的ではないのは間違いない。
司馬先生はこの項を「明治のこころ」と題した。
明治のこころは日露戦争当時の軍人が紹介されている児玉源太郎や大山巌
で代表されるような思想が近代化された人たちの心のことなんだな。
我々はなぜ中世人に後退してしまったのか…教育のなせる業なんだろうが。
大きな課題だな。