司馬先生「アメリカ素描」大事だと思う所拾い書き2

p239 宗教ということばは明治の新造語であるって。

まぁそうだろうが、この言葉が仏教語の中にあるが意味は違うって。

知らんかった。いや考えもしなかった。

あぁでも司馬先生は「宗教」の仏教語における意味を書いてくれてない。

残念。

人間が村落程度の集団から大集団になったとき、それらを統御する思想体系

が必要になった。大宗教という秩序によって人間を飼いならさねば

人間はすり減っていた…とのこと。なるほど納得できる。

古代中国では紀元前136年に漢の武帝による儒教の国教化が人間の飼いならし

の始まりで、この神のいない宗教が中国人を作り上げた。

欧州におけるキリスト教はローマ帝国の紀元378年に始まったとのこと。

 

アメリカ人はカトリックに対する尊敬度合いが低いそうだ。

理由はカトリックには旧世界のイメージがあるからだそうだ。

分かる気がする。ここで後日の自分に分かるように整理する。

カトリックは神と人間の間に教会が介在するとのこと。

古代ヨーロッパ以来、協会が未開の人間たちを飼いならしてきたという。

プロテスタントは神と個人が直取引する…と言う。

だからこそ教会に縛られず、世界の波濤に出て行ったのだろう。

 

p303 昔のニューヨーク

1940年代までのニューヨークは治安良く、街が明るくて今(1980年代)

と比べられないとのこと。

アイリッシュが多かったが今(1980年代)は黒人とユダヤ人の街になったとのこと。

今はどうなんだろうな。

 

p316 白人の神経について司馬先生の言ってる事

20世紀に入り、急速に労働力が必要になってオランダ系移民で構成されている

ハーレムに黒人層が入ってきた。一部屋に多くの人が入り、子供も多い。

白人の神経は人が盛り上がってるような環境には耐えがたくできているとのこと。

路上でも物の煮るにおいが流れてきてかがされるというのは耐え難いとのこと。

これらを見識高い人々は差別と言うんだろうな。

民族の伝統的にもった神経という見えないものをないがしろにして差別という

見える、簡単なことばで攻撃するのは「浅はか」と思うな。

いい勉強になった。この先の人生で外人と関わる可能性はないだろうが

他民族の習性も理解してやらねばとは思うが、思うことは思うが実践は

できないとも思う。

 

p320 大事なこと

黒人運動家は当時、日本をアメリカの追随者として軽蔑していたとのこと。

司馬先生は以下のように説明している。略して書く。

日本は古来以来海外の文明が大好き。

日本がアメリカに追随しているというのは真実であるが、追随していると

言われると個人も国も存在しない方がいい…こことても大事と思う。

以下2行は私見。

軽蔑されて反論できないなら死んだ方がいいと思いたい。だから普段から

色々考え、理論武装しておかなければならない。

再び司馬先生から。

文明は大陸の多民族国家で起きるもの。日本はそれを受容してきた。

しかし自らを失うほど受容したことはない。

たとえば日本は奈良時代は仏教を受容し、鎌倉時代は朱子学と禅を入れた。

しかし日本は中国そのものになったことはないし、追随したことはない。

アメリカに対しての追随に見える態度は文明への尊敬心。あぁ大事だな。