司馬先生「アメリカ素描」その2文明と文化、国民の責任と義務
文明と文化の違いなんか考えたこともなかったな。
アメリカ素描のp18 司馬先生が定義付けている。
「文明とはたれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの」
「文化とは不合理なもの・民族など特定の集団において通用する特殊なもの」
文明は例えば青信号で進み、赤信号で止まるという世界共通のこと。
文化とは婦人がふすまを開けるとき両ひざをつき両手であけるようなこと
このようなことは他の文化の人に理解されない。
なるほどな…私のような低能でもわかりやすい。
p28 文明は多民族地帯におこりやすい
またその民を食わせる農業が豊かでなければならない
その土地が食える土地だからこそ多民族がやってきて多様な文化が
擦れ合い、角が取れて文明になる…ここ記憶しておきたい。
司馬先生の説明文だけ読むといい事のように聞こえるが文明として
成立するまでに多くの悲惨なことが起こることが前提だな。
今でも世界中で移民問題で苦しんでいるからな。
p38 1930年代日本人が激しい排斥を受けた。司馬先生はアメリカ文明を
筋肉的で乱暴で単純かつ苛烈と書いている。これだけの文章だと「野蛮」と
受け取られるが、そう単純ではない。多くの流民で「食う事」が懸念されたら
どこの民族だろうと排斥するだろう。
p60 国民国家…現在のほとんどの国がそうらしいが、この国家の主人は
国民だそうだ。従って国民が国家防衛の主役たらざるをえない。と先生は
書いている。では今の日本人はどうか?国家の主人は国民であると声高に
言ってる。与野党問わず言っている。では国家防衛は?と問うと
当たり前のように「それは政府と自衛隊の仕事」とのたまう。
ありゃりゃ?国家防衛の主役は国民だけど国家防衛は形のない「政府」
自分たちは関係ない、政治家と自衛隊は国民のために死ねってか。
でもそれらが死んだあとどーすんの?答えられ人いるの?
私は国家の主役は国民だと思っていない。国民は主役の比率で言えば
20%くらいかな。では残りはだれ?「子孫に決まってる」子孫にこの国を
残すのが現在国民の義務だと思っている。従って国家防衛の主役たる私は
その命を国家に捧げる。ただし売国政治家や売国政党には従わない。