司馬先生「峠」まとめ その3
さて「峠」のまとめも最後だが…
私は継之助の長岡藩独立の目的・狙い・効果を知りたかった。
また時代とか日本人に与えた影響を知りたかった。
司馬先生は所々に継之助の目的を書いてくださったんだが…
幕府を裏切っていく藩が多い中、300年の恩に報いる藩があってもよかろう
とか侍は滅びるから最後の侍としての美学を見せたいとか、いろいろあったんだが
それはわかる。しかし私の「わかる」というのは傍観者の「わかる」なんだな。
他人事としての「わかる」なんだな。
もっと強烈な私の自覚が欲しいんだが、私程度では読み取れないんだな。
「峠」は昭和41年から1年半連載されたと書いてある。
なんと2025年の今から59年前なんだな。
いやぁ色褪せない文章や高度な内容に驚愕するな。
あとがきで司馬先生は戦国時代には継之助のような人物はいないと言う。
戦国には形而上のものに精神を託すことはなかったと。形而上って?
ネットによるといっぱい書いてあるが私の頭ではわからない。
分かることは「形では見えないもの」とか「抽象的」とか「感覚的」とか
書いてあるが、腹落ちしないから逆に形而下とは…でみると
「形あるもの」とか「物質的」とか…腹落ちしない…が司馬先生によると
物欲、名誉欲が形而下で戦国時代はそれを満足するため人は命を賭けた
…なるほどわかります。確かにそうだな。領土を広げ、人民に生産性を
あげさせ、要は「食う」ため、家を存続させるためとかで命を賭けて
生きていた…は分かる。生きることの目的が単純だったんだな。
その戦国時代が終わって時代が下ると武士は読書階級になり形而上的思考法
が発達し、形而上的動機が伴わなければ動かなくなる。
なるほどわかる気がする。
薩長も倒幕して自分らが幕府を起こすとは考えていなくて
新しい政府の樹立を目指していたんだから。
人はどう行動すれば美しいかというのが幕末の武士道倫理だったと先生は
言われる。なるほど分かる。単純思考の戦国の世から難しい、めんどくさい
時代になったんだな。
それが継之助の場合陽明学だったんだな。
だから「美しく生きた」という証明が薩長に媚びない、独立する行動に
なった…理解できる。しかし薩長はそれを認めず、理解できず
理解できても殲滅するしかなかった。わかってきた気がする。
では現代はどうなのか、生きるために他人を殺すことは犯罪者以外ないから
戦国的な正義や生き方はないのは当然だが、幕末の倫理観…人はどう生きれば
美しいかという観点で見ると現代人は遥かに後退している気がする。
自分さえよければいいという考えの人が多数…ということは戦国的思考に
近いのか…うーん私程度では結論がでない。
一方社会貢献したいという若者も多くいる。これが本心なのか社会貢献の
定義を知らないからわからんが…
要は課題を残したまま終わるしかないが「人はどう生きれば美しいか」
が生きる上でのテーマでいいのか、いやそれは、それすら理解できない者の
いい言い訳のような気もするし…
以上で継之助の目的はわかった。
しかし今の時代へ生かす方法はわからない、また自分の生き方にどう影響した
のかもわからない。
いや美しい日本人を目指せばいい事はわかるが、具体的に何をすればいいのか。
…ひとつだけ「犬死」してもいいという「覚悟」それをいつも考えていること。
そして時代や日本人に与えた影響だが…時代に与えた影響は北越戦争があった
ことが我が国の歴史に残って、継之助が最後の侍としての意地と倫理性を
見せたことが史上に残り、後年の我々が司馬先生によってその足跡を知り
感動したり、考え込んだり、自分もそうありたいと願ったり、何より
「犬死していい」という新しい「最後の形」を示してくださったことで
「良し」としたい。
次は同じく司馬先生の「花神」から何かをつかみたい。