司馬先生「峠」まとめ その2

「峠」のまとめ その2 継之助のやりたかったこと、狙いを知りたい。

大波のような官軍の押し寄せの中で孤軍、どうするのか、したいのか

その狙いに藩主や藩士、その家族を巻き込んでいいのか、いいなら

その理屈はなにか、納得できるものなのかを知りたい…

そしてもしかすると時代というものが継之助を使って何かを歴史に

残そうとしたのか。

司馬先生はこの本の中で各所に継之助の考えを示しているんだが…

 

 

下巻p295

日本中が京都か江戸かで分かれて戦争しようとしているときに継之助は

長岡藩だけはどっちにもつかず割拠しようとしている。

 

なぜか…目的は?狙いは?

徳川300年の中で長岡藩は譜代大名だから。多くが裏切っていく中で

小藩ながら男気のある態度を示して、薩長にその姿を見せたいのか…

でもそれではいくら封建時代とはいえ、家臣や親族が納得しないわな。

それに対しては以前も書いた、みなが納得できる、八方がいいという案など

ありえない…でまぁ理解はできる。

 

長岡に迫ってくる官軍は四十余藩。

継之助は藩士を集め、演説する。全面降伏はしない、全員玉砕と。

その正否は100年後下されると。

 

p301に司馬先生がこう書いている。

戦争は単に戦争であってはならない。おおいなる政治構想と目的が必要と。

継之助は官軍に勝てないまでも負けない戦をして、泥沼化させ、海外勢力の

英仏に調停をさせ、長岡藩の思いを大声で言いたい。

そこまで持っていければ全藩玉砕する価値ありと。

ここまでで凡夫の私などは「あぁそうか…しかしなぁ」と凡夫らしい迷いを

持つのだが。

司馬先生はなおもいう。そこまで漕ぎつけられなくても、この戦争の意義は

「美」になると。人間、ことの成否について手を尽くし、残された唯一の道は

美へ昇華しなければならない。

あぁ以前に書かれてた陽明学の考え方だな。

継之助は言う。考えてもみよ。この大変動期にことごとく旧恩を忘れ

勝利者薩長におもねれば後世の人は「それが日本男児か」と思うに違いない。

…確かに…司馬先生によって私は継之助を知って、これぞ日本男児と思っている。

 

後世の日本人に見せつけるためか…わかりたいな。

でもそれでもな…藩士とその家族を巻き込むのはな…と思うのは

甘ったれた現代人の私だからで封建制の当時は、今の私が思うより

このことは腹落ちすることであるとは思う。倫理観の違いだな。

いや私が日本男児の心をうしなっているからだろう。

わかってきた。わかってきたが現代人の私には無理な思考だな。

要は腰抜けなんだな。恩ある人に理屈抜き、いや理屈は継之助の場合

陽明学の「美」で報いるということなんだな。

でもまだ結論をまとめるのは早い、司馬先生が「峠」のあとがきで

何を書いているか楽しみだだから。まだ結論は早い。

その3に続く。