司馬先生「峠」素描1
司馬先生の「峠」から何か感じることを抜粋する。
下巻148くらいから。
将軍慶喜の大政奉還以降、鳥羽伏見の戦いで幕軍が破れ、新政府軍の東征が
始まる。関東以北の大名らは「何をどうしていいかわからない」状態。
旧幕軍についていいのか、官軍についていいのか、だれもわからずただ混迷
の度を深め、周囲の出方を眺めてるだけの日々。
継之助率いる長岡藩は継之助の意思の固さで平成を装っている。
旧幕軍は細かく分かれて流浪しているが、その最大勢力は旧幕府の
歩兵差図役頭取だった古屋作久左衛門率いる八百人の部隊で、それが各地で
乱暴狼藉を働きつつ越後へ入ってきた。
かれらは越後の小藩に対し「金を出すか、城を渡すか」という難題をかけて
金を無心している。
「われらは徳川の無実を晴らすことに命をかけている。これに
応えるのが大名の道ではないか」と各藩が返事に困ることを言う。
越後の小藩たちは継之助のもとに駆け付け助けを仰ぐ。
軍事的な助けなどの具体的にことより、「どうしたらいいか」という
要は体たらく。
ここで思う事はやはり有能な指揮官がいないとどうしようもない
という事。
本題に戻って
長岡藩も悩む。藩も佐幕を建前とする勢力と争いたくないという思いもある。
おまけに越後と言っても助けを求め来るのは他藩であり、長岡藩領地ではない。
有能な指揮官である継之助は「鎮めなければならない」となんと単身で
敵地に向かう。
家臣にはたとえ不慮のことがあっても騒ぐなと言って。
これは対薩長・佐幕や多くの迷える藩とどう向き合うか以前に死ぬかもしれない
おおいな賭けで、殺されようものならまさに「犬死」でこれから長岡藩が世の中に
問いかける‘‘何か‘‘以前に死ぬという、体たらくというか情けないというか不憫と
言うか…残念なことなんだと思うが、継之助は一人で行く。
俺だったら洋式兵を連れて行って木っ端みじんにするが、だれでもそう思う
はずだが、なんで継之助は一人で行ったのかな。
これは度胸を超えた「なにか」なんだな。
でも以前より「犬死」でいいと言っているから常人を超えた、私程度では
理解できない「なにか」があるんだな。これを知りたいな。
これを知れば俺のレベルも上がるんだけどな。
教訓
混迷期 必要なのは有能な指揮官。そして常時戦乱を予想し、対策を
立てている人。普段何も考えずに生きているものは混迷期に失墜する。
平和時こそ最悪の事態を予測しなければならない。
今(2025年)の日本そのものだな。