司馬先生「峠」卑しさ
司馬先生の「峠」下巻p85
小林虎三郎…継之助の親類だが反継之助の急先鋒である儒者。
ある夜、小林の屋敷が火事を出し、妻の実家に居候の身となった。
そこに継之助は生活用品を持って行った。小林は感謝するが
お礼として継之助の施政、人の使い方について猛批判する。
司馬先生は継之助にこう言わせている、「どうだこの卑しさのなさは」
司馬先生は継之助の考え方の一つに孟子の
「いかに貧乏しても志を変えたりせぬ男をえらいというのだ」を掲げている。
私、そうなのか…俺だったら一文無しになった時に嫌いなやつから
施しを受けたら…
①歯を食いしばって断るか
②愛想笑いを浮かべ、お追従を言う「いや今まで悪かった、いや
貴君はいい奴だな。見直した、俺が悪かった」と言う風になるか
①の場合は意地っ張りな器量小さき者だろうし
②の場合は、それこそどうしようもない愚者だろう…
私は多分②だろうな。情けないな。そんなレベルの人にならないために
司馬先生、池波先生から歴史を学んでるはずなのに…
あぁ情けない。どっちにしろ「卑しい」骨柄なんだな、私は。
いやそれ以前に嫌いなやつが文無しで困ってるときに施しを与える勇気が
ないな。小心だから。それをやった継之助はやはりえらいな。
しかし卑しいかぁ…言葉の意味をネットで見ると色々あるが
金銭や食べ物に貪欲、言葉や態度が洗練されていないとあるが
なんか違うな、俺の卑しさとは。俺の卑しさとは、と自問自答すると
①人をだます⇒卑怯者…これは俺とは違うな。卑怯者だが人をだますことはないな。
②弱い者いじめ⇒これはやってた。相手を見くびってな。これは最低だった。
これには該当する、うん、精神が卑しいな。やっと最近気づいてやめたな。
今はその報いを受けてるな。
③人を出し抜こうとする⇒これは少なからずあるな。場合によっては①「人を
だます」に該当する時もあったはず。
④育ちが悪い…こういう風に感じる人は人生で多くあった気がするな。
口元に品がないやつだと感じることは度々あった。俺の育ちは悪くはない
気がするが、大いに影響を与えてくれたのは司馬先生、池波先生の本からだな。
で、卑しくない人柄になるためにはどうすればいいか。
①人をだまさない…いや必要な場合もあるからな。相手が卑怯者の場合は良しと
しないとな。聖人君子じゃないんだから。
②欲を出さない…金銭や食べ物はまず他人に譲る心だな。
③卑怯な行動をしない…難しいな。基準が人それぞれ違うからな。
いや俺自身の判断でいいわけだから、なんだろう…例えば人をだまさない
うん、①か…そうなるな。
でもなぁこれでは目指す果ては聖人君子、ただのいいひと、もっと言うと
承認欲求の人、要はいい人ぶった、腹黒い奴なんだな。
やはり俺程度ではいい結論がでないな。