司馬先生「峠」気が付くには外圧か
相変わらず司馬先生の「峠」の中巻からp180
長岡藩の改革を進める継之助。しかし問題は山積み…藩士はわからず屋。
今の日本と同じ、いやいつの時代も同じ。
意識改革なんか会社でも最大の課題だろうから。
「だからうかうか世の中を改革しようと思っちゃいけねえということだ。
世の中の制度や習慣をうかつに触って弄っては、そこに住む人間が狂うか
死ぬ。人間どもはそうされまいと思って気ちがい沙汰の抵抗をするよ」
そうか、司馬先生の言われることを実感できる環境にない私だが
考えてみれば憲法改正議論が当てはまるかもしれない。
古い憲法を変えたいと言ってる人と護憲と言ってる人もいるから
で、継之助は言う。自分で外科手術はできない、他人にやってもらうしかない
それが薩長だと。
薩長によってこの国を焼野原にして新しい国家をつくる。
これ現代で言えば中国や北朝鮮による外圧なんかな。
それによって国内に迎撃態勢ができてって感じか…ちょっと違う気がするな。
外圧とは直接的な軍事力による侵略行為だとイメージされるが
すでに国内のあらゆる組織に中国人が蔓延していて、すでに何十年前から
外圧はもう相当深く日本に浸透していて、もはや手遅れ感がある。
昔から左派はいるし、帰化人も帰化人議員も最近言われるしな。
まぁそれを言ってもしょうがないので今からでも対抗するのは当然だわな。
今日はここまで。しかし司馬先生の話は勉強になる。
小説家ではない、先生の話は未来へ光源…だな。