司馬先生「峠」八方美人は無能の証拠

いやぁ勉強になる。しかし私の歳で学んでも意味ないがな…

しかし人生未熟者であったから、今まで「峠」は何度も読んだのに

気づかないことばかりで汗顔の至りだな。

「峠」中巻のp160

「ご苦労であった」どの家老もそれだけしかない。かれらはすでに時勢の

担当能力がないことを自覚しており…

そうなんだよな。個々の能力はそれぞれで、この幕末の混乱期に旧来の

人たちの能力と違う能力ではないと対応できない。

これを自覚できるのも立派だな。

今、2025年 政治家に悪口雑言が当たり前になっているが、日本人全体も

神様に言わせれば「お前ら日本人は日本国を担当する能力も愛情もない」って

思っている気がするな。

 

p171 「あいつらも自分の情熱に命を張っている」

これなんだな。人生で大事なことはいくつもあるんだろうが命を張った

ことなんか私はひとつもなかった。あぁ情けない…

いや、その前に「情熱」を持って「事に当たった」ことも皆無だった。

 

p203あたりから

徳川慶喜が朝廷に対し、大政奉還をして増々動乱の世の中になっていく。

各藩は、今後どうすればいいのか、時代に無頓着な藩はただ茫然とするのみで

継之助は変わらず長岡藩の独立化を目指すのだが…

藩主の牧野忠恭(ただゆき)は徳川家を助け、牧野家もうまくいき、朝廷へも

忠義を表せられる方策を継之助に委ねる。

継之助は嘆息する。そんなうまい手があるかと心中嘆く。

司馬先生の文章は以下

忠恭の思案には命をかけたところがない。また

「藩のためにもなり、天下のためにもよく、天朝もよろこび、幕府も笑い

 領民も泣かさず、親にも孝に、女にももてるというようなばかなゆきかたが

あるはずがない」と言う。

そのように考える人間は結局何もしない。

「なにかをするということは、結局なにかに害をあたえるということだ」

なに者かに害をあたえる勇気のない者に善事ができるはずがない

 

ここ大事だな。現代の我々は「みんなが良い方に、みんなが納得できるやり方を」

と声高に叫んでるもんな。

2025年のトランプ大統領の関税でも国益を損なわない方法って言って

自動車産業も農業もみなが納得できる方法ってな。

あるわけないな、そんな案。

要は覚悟なんだな。海外諸国はそれがあると思うな。

例えばイスラエル。自国の生き残りをかけて他国が何を言おうともガザを

攻撃し続ける。ロシアも中国も北朝鮮も国民を犠牲にしてもだな。

何が正しいかは後年の人たちが判断するんだろうが、日本人には覚悟がないこと

は確かだな。