辞世の句…大石内蔵助さん
どういうのかな…この人。
いわゆる英雄的な武勇伝とか知らないし、民政で卓越していたとかも
知らないが(ネットでつぶさに調べてないだけですが)
私ごときが分析できるわけもない。
だから池波先生と司馬先生の本から知ったことしかないが…
ほぼ忘れた
でも元禄に咲いた最高に美しい日本人の一人と私は思っている。
浅野候が殿中で起こした刃傷沙汰、その知らせが届いた時
大石さんはどう思ったのかな。
その時、この人の頭を「お家断絶」 「お家再興」 「切腹」 「吉良討ち」等々
よぎったんだろうな。
そしてお家再興活動はするが、精いっぱいやってだめなら
幕府の裁きを、将軍綱吉を相手に「天下に問う」を決行しようと思ったんだろうな。
そのためには家臣の選別を必要としたんだろうな。
勢いだけの者、口先だけの者、熱しやすく冷めやすい者 それぞれの
人の性格や立場や状況やしがらみなど「ついてこれる者」のみをじっと待ったんだろうな。
恐るべき忍耐力だな。
でもこの人の優しさの底知れないところは脱落していく者を怨んだり、
怒ったりしてないとこだな。みんなそれぞれ事情や抱えてる事があると
「人それぞれ、しょうがない」と思ったんだろうな。
多分別に誰も賛同しなくとも一人でやる覚悟があったんだろうな。
江戸からの急報が耳に入った瞬間、すべての段取りとやる事と覚悟が
出来上がったんだろうな。ああため息だな。
どう生きたらこんな覚悟ができるのか…
池波先生が小説の随所に書かれている
いざという時に自分のやっていいこととやってはいけないことが瞬時にわかる
という事を実践できた人なんだな。
すいません、私ごときが分析できないと言った矢先に分析してしまった。
嗤ってください![]()
で、辞世は
「あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」
いい辞世だなぁ…あら楽し…吉良を討つという大きな目的を達した満足感
このとき大石さんの心には一方的な裁きをしたことを後悔する将軍綱吉や
柳沢吉保の顔が浮かんだんかな。
それはないな…でもちらっと浮かんだ方が人間らしい。
浮世の月にかかる雲なし…晴れ晴れしい心だったんだろうな。
男として武士として将軍や幕閣を相手にしたという誰も真似のできない離れ業をした、
それも播州のわずか5万石の名も知られぬ家老がやりとげた、ほかの大大名家の
皆々様 いかが?と、こんな事思ったかな。そんなレベルじゃないってか…
大石内蔵助殿 享年45歳…この人に私は「大石さんのことは日本人の誇りとして
私は生涯忘れません」と言って合掌するのがせいぜいできることだな。
大石さんとしてはうざいだろうな。お前ごときに何がわかるって思うだろうな。
でも…でも腹を切るとき、この人ほど晴れやかな、爽快感で切った人は…いない…
あっ、いた。同じ仲間たちだな。
自分の役割を果たして満足な最後を遂げた四十七士、よくこれほどの
立派な日本人が47人も集まったな。神様やご先祖様のおかげだな。
せがれの大石主税も連れて行った内蔵助さんの気持ちを色々推察できるけど
私みたいな雑魚が、考えるだけでも失礼だな。
大石さんに捧げる曲がうまくイメージできないんだが…今の気分はEnyaさんの
Only time
人に起きる色んないい事、悪い事…当人とっては一大事で、生涯苦痛の種になること
多くて、人は苦しむんだが、どうすれば避けられるのかな。
神様に助けてほしいな。
