辞世の句…浅野内匠頭殿

忠臣蔵…松の廊下…この話、もう知ってる日本人のほうが少ないだろうが

私は子供の頃テレビで大忠臣蔵というドラマを見たな。

さっぱり意味はわからなかったが、やがて歴史小説が好きなって知ったな。

この話、美しい日本人の姿、主君に尽くす忠義、泣けてしょうがないな。

播州赤穂5万石 浅野内匠頭長矩殿が殿中松の廊下にて吉良上野介に刃傷。

 

吉良の、そして浅野候のちょっとしたきっかけで多くの人の人生を変えたと思うと

ため息だな。

浅野候の辞世はネットによるとなかったとの見解もあるようだが…

あるとしたいな。

 

「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」

意味の解釈は世間の碩学にお任せして…

風に吹かれて揺れる小さな、可憐な、寂しそうな花が目に浮かぶな…

菜の花のような黄色だな。やっと冬が終わって、春の日差しの中

誰にも知られず

路傍に咲く無名の花…

その花の命は短く…

それより浅野候は…あぁ教養のない雑魚の私が考えられることではないな。

ただ涙のみ捧げるな。

浅野候がご生涯される際のイメージは

下のBGMを聞いてほしい。悲しくてどうしようもないな。

生きることはこんなに不自由で苦しくて…修行だな。

でもな…松の廊下で浅野候は我慢すべきとこだったか…いや面目を優先して

よかったのか…わからないが私が浅野候の立場なら卑屈に笑って我慢するから

浅野候のやったことは多くの人の人生を変えたという意味ではあれだが

よかったと思いたい。事件後300年経ってても心に染み入る日本人の心