はるか昔、高校生の頃、授業の前に先生が色んな話をしたな。

面白い話や冗談で教室が笑いに包まれて…

でもなぜか私は頃合いを図ってたな。

「先生はこの話はこれくらいで終わらせたい」と思ってると感じることがあったな。

まだ「空気を読む」という言葉はなかったが、そういうことだな。

でもそれがわからないやつがいるんだな。

いつまでも先生に話しかけてるやつがいたな。

私は自分のことではないが焦りを感じてたな。

「こいつ、先生が終わりたがってることがなんでわからんのかな」と戦々恐々としてた記憶があるな。

何の感覚か知らないが、そういう気持ちだったな。多分私の親が怖い親だったので

小さいころから親の顔色を窺う癖が原因だろうな。

 

会社でもそう感じることがあるな。

上司がこの話もうやめたいと思ってるのにしゃべり続ける同僚にヒヤヒヤするな。

上司の顔色が「こいつの話、終わんねーかなぁ」と思ってるのを感じないんだな。

こういう人は明るく、自由な家庭に育ったのかもしれないな。

いや私の貧相な感覚からの解析なんておこがましいな。

 

でも私が人として小物で終わったのも、またおもしろみのない人間でおわったのも

その過敏さが原因かもしれないな。

そうすると空気読まんのもいいのかな。

わからんな。