≪今日の読み物≫
 
 「土用入り」
 
1月18日2:28「土用」です。
 
土用とは、本来「五行」に由来する暦の雑節で、四立「立春・立夏・立秋・立冬」の前18日間のことをいい、1年に4回あります。
 
 
天文学的には、太陽が黄経27度、117度、207度、297度にあるときをいいます。
 
 
「土用波」「土用うなぎ」「土用干し」で有名な「土用」ですが、夏の土用が暑中見舞いの時期として特に知られています。土用は雑注ではなく、雑節に入れるのが一般的で、年中行事としての性格が強く表れています。
 
 
土用の期間中は、土をいじったり、殺生を忌む習慣がありました。土用の由来は陰陽五行思想から。陰陽五行説では、万物は木火土金水の「五気の消長」によって生成すると説いています。
 
 
春=木、夏=火、秋=金、冬=水、これでは「土」が余ってしまいます。そこで、各季節に入る前の18日間だけを「土」に 配当する方法を編み出しました。
 
 
土用の期間中は「土気」が事を司ります。土用は「土旺用事」(どおうようじ)といい、土の気がさかんになり事を用いるの意。用は「はたらき」ということで、土気の最も働く期間ということです。土は物を腐敗させ、形を変える作用をします。
 
 
土用の期間中は「土公神」(どくじん)なる神様が支配します。この期間は、土を犯すことを忌むとされ、葬送などがあっても、延期されていました。また、土を動かすこと、造作、かまどの修理、柱立、礎を置くこと、井戸掘り、壁塗りなど一切が凶とされました。
 
 
特に「秋には土公神が井戸にあり」と言われ、秋の土用は井戸掘りや、井戸替えが厳禁されている程。これでは不便極まりないし、それを生業としている人々もあがったりです。
 
 
そこで、土用にも「間日」(まび)を設け、この日は文殊菩薩のはからいで、土公神一族すべてが清涼山に集められるので、土を動かしても祟りがないということにしました。
 
 
冬の土用の間日は、寅・卯・巳の日です。今回は1月18・19・21・30・31日、2月2日にあたります。
 
 
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今月は「丑月・土用の月」です。抱えている諸問題は、土用に入る前に方向性を決める、または解決する事が得策です。そして、土用に入ってしまったら、決着は土用が明けるまで先送りしてしまいしょう。
 
 
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土用といえば「丑の日」、鰻の蒲焼を思い浮かべますが、この蒲焼が普及したのは江戸時代のこと。鰻の語源は、胸黄(むなぎ)から由来します。鰻の調理方法は、東京では切腹をイメージするというので、腹を切るのを嫌い背剥きにします。大阪では腹剥きです。また、焼き方も異なっているようです。
 
 
大阪では鰻のことを「う」といいます。そして鰻丼のことを「まむし」といいます。これは、ご飯とご飯の間に鰻を挟んでマブシて食すからで、蛇のマムシに似ているからという理由ではありません。いつしか「マブシ」が「マムシ」に変化したものです。
 
 
今回の「土用の丑の日」は、1月29日(日)です。「二の丑」は、ありません。
 
 
季節の変わり目は体調を崩しやすいので、健康管理には十分注意しましょう。土用が明けるのは、2月4日「立春」です。
 
 
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 「小犯土」
 
「小犯土」(こつち)は選日の一つで、戊寅の日から甲申までの7日間をいいます。
 
 
この期間中に土を犯す事は忌むべきで、特に屋敷内の動土は凶。穴掘り、井戸掘り、種蒔きなどの土いじりは一切慎むべきとされ、これを犯すと災害を被るとされています。
 
 
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 「初観音」
 
毎月18日は「観音の縁日」です。1月18日は「初観音」として諸所の観音様へ人々が参詣します。
 
 
縁日の観音は、観音講に由来します。京都清水寺の清水講は特に有名です。
 
 
「観音菩薩」(かんのんぼさつ、觀音菩薩)は、梵名アヴァローキテーシュヴァラ(Avalokite?vara)。仏教の菩薩の一尊で、特に日本において古代より広く信仰を集める尊格です。「観世音菩薩」(かんぜおんぼさつ)または「観自在菩薩」(かんじざいぼさつ)とも。「救世菩薩」(くせぼさつ、ぐせぼさつ)など、多数の別名も。
 
 
起源は、中国への仏教伝来よりも古いものと考えられます。ゾロアスター教においてアフラ・マズダーの娘とされる女神「アナーヒター」や、インド神話の「ラクシュミー」と関連があると伝わります。
 
 
慈悲深い徳があって、世の衆生の救いの求めに応じて大慈悲を垂れ、三十三身に身を現じるといわれ、一般に「観音」(かんのん)と呼ばれます。勢至菩薩(せじぼさつ)とともに阿弥陀如来の脇侍です。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 「防災とボランティアの日」
 
平成7年1月17日未明に起こった阪神大震災の際、国内外から延べ170万人ともいわれる多数のボランティアによって、被災者の救済・援助に暖かい手が差し延べられました。
 
 
この年は「ボランティア元年」と呼ばれるように、日本でボランティア運動が大きな社会活動として認識されるようになりました。
 
 
国や地方公共団体では、災害による被害を予防するため、また、被害の拡大を防ぐため、ボランティアによる防災活動の環境整備など、自発的な防災活動が促進されるよう、さまざまな取り組みが行われています。
 
 
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 「秋田太平山吉神社梵天祭」
 
霊峰「太平山」頂上鎮座の「三吉神社」(みよしじんじゃ)は、天武天皇白鳳2年創建と伝わります。
 
 
古くより薬師の峰・修験の山としての「太平山信仰」と、力の神・勝負の神を崇める「三吉信仰」があいまって、累代秋田藩主・佐竹公の崇敬篤く、また「戊辰の役」では、奥羽鎮撫総督九條道孝卿里宮に祈願されるなど、古来より勝利成功・事業繁栄の守護神として広く全国より崇敬を集めています。
 
 
全国各地の、またブラジルサンパウロに祀られる三吉神社・太平山講・三吉講の総本宮として「みよしさん」「さんきちさん」と呼ばれ親しまれています。
 
 
御祭神は「大己貴大神」(おおなむちのおおかみ、別称:大国主命・大黒さま)=国作りの神・縁結びの神・家庭円満の神。「少彦名大神」(すくなひこなのおおかみ)=病気平癒の神・医薬の神。「三吉霊神」(みよしのおおかみ)=秋田で生まれた守護神で、力の神・勝負の神・勝利成功・事業繁栄の神。を祀ります。
 
 
「梵天」(ぼんてん)とは、神の降臨される象徴で、依代(よりしろ)・神籬(ひもろぎ)・幣束(へいそく)・御幣(ごへい)であり、祭場の徴章です。
 
 
梵天は、ホウズキ、鉢巻、本体、中心の棒で構成され、御幣・お守りが付けられています。一般的な梵天は「竹で編んだカゴを、色彩豊かな布・錦で飾り付けたもの」が多く、その他、古式に則った稲穂で作られたものや、銭をさげたもの、御幣で作られたもの等さまざまな形態のものが奉納されます。
 
 
三吉神社◇秋田県秋田市広面字赤沼3の2
 
◇JR「秋田駅」バス10分、タクシー6分
◇秋田自動車道「秋田中央I・C」~約8分
 
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≪今日の読み物≫
 
 
 「念仏の口開け」
 
「念仏の口開け」とは、新年に初めて仏を祀って念仏を唱えることをいいます。「仏正月」とも。
 
 
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 「真宗本派親鸞聖人忌」
 
鎌倉時代初期の日本の僧「親鸞」(しんらん)は、浄土真宗の開祖で「親鸞聖人」(しんらんしょうにん)と尊称されます。浄土宗の開祖「法然」(ほうねん)を師と仰ぎ、生涯に渡り「真の宗教である浄土宗の教え」を継承し、高めていく事に力を注ぎました。
 
 
承安3年(1173)4月1日京都生まれ。現在の「法界寺」(真言宗醍醐派別格本山)、「日野誕生院」(浄土真宗本願寺派)付近(京都市伏見区日野)にて、皇太后宮の大進・日野有範の長男として誕生。母は清和源氏の八幡太郎義家の孫娘・吉光女とされます。幼名は「松若磨」「松若丸」。
 
 
出家後「叡山」(比叡山延暦寺)に登り、天台宗の僧として不断念仏の修行を20年に渡り積みますが、自力修行の限界を感じるようになり下山。「聖徳太子」の建立とされる「六角堂」(京都市中京区)へ百日参籠し、95日目の暁、夢中に聖徳太子が示現され偈句を得ます。
 
 
夢告に従い、夜明け東山吉水の「法然の草庵」を訪ね、岡崎の地(左京区岡崎東天王町)に草庵を結び、百日に亘って法然の元へ通い聴聞。「専修念仏」の教えに触れ、入門を決意します。
 
 
「綽空」(しゃっくう)の名を与えられ、親鸞は研鑽を積み次第に法然に高く評価されるようになります。
 
 
建永2年(1207)2月、興福寺の訴えにより「専修念仏の停止」と、4名を死罪、法然、親鸞ら8名が流罪となります(承元の法難)。この時、法然、親鸞は僧籍を剥奪され、法然は「藤井元彦」の俗名を、親鸞は「藤井善信」(ふじいよしざね)を与えられます。
 
 
法然は、土佐国へ、親鸞は越後国府に配流されました。親鸞は「善信」の名を俗名に使われた事から「愚禿釋親鸞」(ぐとくしゃくしんらん)と名乗り、非僧非俗の生活を開始。以降も僧を名乗ることはありませんでした。
 
 
苦難に満ちた生涯を通して、ひたすら生まれた意義と生きる喜びを尋ね当てた親鸞は、法然上人に出遇って念仏の教えに帰し、如来の本願に生き、自らの生涯を賭けて、帰すべき生の大地を「浄土真宗」として顕揚されました。
 
 
「三帰依文」(さんきえもん)に「この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん」と教えられています。
 
 
自らの生のもつ「真の意義」を明らかにできないのが人間といい、自己の生の真実に目覚めたつことが、真の誕生と説き、如来の本願に帰して生きる「新しい生の誕生」を語り伝えます。
 
 
親鸞聖人の入滅は、弘長2年(1262)11月28日(グレゴリオ暦=1263年1月16日)。宗派によって旧暦の日付のまま新暦の日付で行われる場合と、新暦に換算した1月16日に営まれる場合があります。
 
 
浄土真宗本願寺派「西本願寺」では、親鸞聖人の祥月命日を縁に「ご正忌報恩講」(ごしょうきほうおんこう)が営まれます。期間中、全国から僧侶、門信徒が多数参拝し、聖人のご遺徳を偲ぶとともに浄土真宗の信者としての自覚を新たにします。
 
 
浄土真宗本願寺派「西本願寺」◇京都市下京区堀川通花屋町下ル
 
◇JR・近鉄「京都駅」バス
 
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お過ごし下さいませ
 
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≪今日の読み物≫
 
 「やぶ入り」
 
江戸時代、商家の奉公人は正月とお盆の年2回、主人に暇をもらい、実家に帰って休息することができました。商家の主人が奉公人に小遣いを持たせて家に帰し、戻ってくる時は母が送ってくるといったものもあったようです。
 
 
明治になって「週制度」になってからも、昭和初期まで外国系の企業以外はこの風習が残っていました。
 
 
※週制度=1週間は日曜日に始まり土曜日に終わるという制度。戦後アメリカ主導で日曜日が休日になるようになり、月曜日を仕事始めの日にしたものです。
 
 
地方によってはこの日「嫁が実家に里帰りする日」にもなっています。この時、通常は婿が送っていきますが、婿も一緒に泊まる風習の所、婿は家に入れない風習の所などがありました。
 
 
現在はいつでも里帰りできますので、こういう風習もいつしか消えてしまいました。里帰りには餅を持っていく習慣があります。
 
 
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 「賽日」
 
正月16日と7月16日の「閻魔王の賽日」(えんまおうのさいにち)には、寺院で「十王図」や「地獄変相図」を拝んだり、閻魔堂に参詣したりしました。これを「十王詣」(じゅうおうもうで)といいます。
 
 
閻魔賽日は「地獄の釜のふたが開いて鬼も亡者も休む日」とされます。藪入り(やぶいり)で帰った人が、故郷の閻魔堂にお参りに行く風習もありました。
 
 
「十王」とは、道教や仏教で、地獄にいて亡者の罪を裁く10人の判官の尊格のこと。特に、閻魔王のことをさします。
 
 
人間を初めとするすべての衆生は、よほどの善人か、よほどの悪人でない限りは、没後に「中陰」と呼ばれる存在となります。初七日、七七日(四十九日)、百か日、一周忌、三回忌には、順次「十王の裁き」を受けることとなっています。
 
 
「中陰」(ちゅういん)とは、死者が「生と死」「陰と陽」の狭間に居るの意。死者があの世へ旅立つ四十九日間。また、故人に対する追慕、故人を通して「生と死」について考え、謹慎し、求法の生活をする期間のこと。
 
 
十王は死者の罪の多寡に鑑み、地獄へ送ったり、六道への輪廻を司るなどの職掌を持つのだとか。生前に十王を祀れば、死して後の罪を軽減してもらえるという。
 
 
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 「えんま詣り」
 
毎月16日は「閻魔王」の縁日です。特に1月・7月の16日を「閻魔王の賽日」と称し、この日は地獄の獄卒も仕事を休み、地獄の釜の蓋もゆるむ日とされ、亡者達も責苦を免れ骨休みになるとされました。
 
 
毎年1月16日は「初閻魔」で、多くの参拝者で賑わいます。
 
 
「閻魔」(えんま)は梵語で「手綱」「抑制」「禁止」などの意。閻魔大王は人類最初の死者であることから「冥界の王」、特に「地獄の王」として畏敬されます。
 
 
インド神話では、もともと天界で人間の善悪を監視する神でしたが、のちに死後の世界の支配神と考えられるようになりました。地獄に住み、十八の将官と八万の獄卒を従え、閻魔の庁において死者の生前の行いを審判し賞罰を与えるといわれます。
 
 
その姿は、もともと普通の仏像のようで、左手に人頭を付けた幡を持ち、水牛に乗った図が描かれていました。後世になってからは、例の中国風の衣服を着た恐ろしい顔のものになりました。
 
 
この日、多くの寺院では閻魔堂を開帳し、地獄変相図や十王図などを拝観させます。
 
 
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≪ 今日の暦 ≫
 
 
1月16日(月)
 
丙子 ひのえ・ね
 
四緑木気 しろく・もっき
 
仏滅 ぶつめつ
 
一粒万倍日
 いちりゅうまんばいび
 
◎下弦18:08
 
 
やぶ入り 賽日
 
えんま詣り
 
真宗本派親鸞聖人忌
 
念仏の口開け
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪今日の凶殺方位≫
 
 
日破殺 午【南】八白
 
暗剣殺 巽【南東】三碧
 
五黄殺 乾【北西】五黄
 
定位対冲 坎【北】九紫
 
 
※凶殺方位は、どなたさまにとっても悪い方位となりますのでお出掛けの際には十分ご注意下さい。
 
また、この方位に向かっての約束事などは良い結果に至りませんので避けて無難です。

 
 
起こりうる現象は?
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 
 
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≪あなたの今日の運勢は?≫
 
 ◎◎攻めも守りも好調
 ◎ 攻めて順調
 ○ 守って無難
 △ 謙虚な姿勢で穏やかに
 ▲ おとなしく明日に期待
 ▲▲休養第一早めの就寝を
 
 
一白水星▲▲
 
周囲の不満が爆発し仲間割れや派閥争い起こる恐れありご注意を。
 
 
二黒土星△
 
些細な事で喧嘩口論になれば信用を落とすことに。冷静な対応を。
 
 
三碧木星○
 
思い違いや聞き損じなきよう再度の確認を。周囲の援助に感謝を。
 
 
四緑木星△
 
闘争的な態度では八方が敵に。相談事も上手く聞き流して無難。
 
 
五黄土星▲▲
 
満足を得ようと動けば大失敗に。詐欺紛いの話題に関与しないこと。
 
 
六白金星◎
 
仲間や身内を思い遣って良い結果に。無駄に消耗しないよう慎重に。
 
 
七赤金星▲
 
起死回生を図れば別の重荷を背負うことに。派手な行動は危険を招く。
 
 
八白土星○
 
人の秘密を公にすれば自分の悪事が暴かれる。目上の指示に沿って○
 
 
九紫火星◎
 
優しく落ち着いた言動が相手に通じ満足感のある日。体力の温存を。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 

ラブラブ素敵な一日を
 
お過ごし下さいませ
 
(癶▽癶)☆彡
 
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≪今日の読み物≫
 
 「小正月」
 
「小正月」(しょうしょうがつ)は、旧暦の正月15日(あるいは14~16日)をいいます。
 
 
元日を「大正月」と呼ぶのに対する呼び名で、京阪神地方では「女正月」ともいいます。

 
 
月の満ち欠けを日付の基準にした「旧暦」では、1年の最初の満月の日「旧暦1月15日」が正月でした。
 
 
しかし、新暦が採用されてからは、1月1日を1年の初日としました。そこから「元日を大正月」「15日を小正月」と呼ぶようになりました。
 
 
大正月の「門松」に対して、小正月には「餅花や削り花」などを飾ります。餅花とは、餅を薄くのばして丸く平たく切って彩色したもの。削り花とは、神仏などに供える飾り棒のことです。「花正月」とも。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 「小豆がゆ」
 
小正月の朝、五穀豊穣を願う農耕礼儀のひとつとして「小豆がゆ」を食す習わしがあります。
 
 
古く「土佐日記」や「枕草子」などにも、小豆粥を食べたことが記されています。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
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≪今日の読み物≫
 
 「十四日年越し」
 
1月15日「小正月」の前日にあたり、年越しの日として祝います。
 
 
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 「大阪四天王寺どやどや」
 
「四天王寺」(してんのうじ)は、聖徳太子建立七大寺の一つ。山号は荒陵山(あらはかさん)、本尊は「救世観音」(ぐぜかんのん)。「金光明四天王大護国寺」(こんこうみょうしてんのうだいごこくのてら)とも。
 
 
建立は、推古天皇元年(593)。日本書紀では、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開する為、自ら四天王像を彫って「もし、この戦いに勝たせていただけるなら、四天王を安置する寺院を建立しましょう」と誓願。勝利の後、その誓いを果すために建立したと伝えま
す。
 
 
宗派はもともと天台宗に属していましたが、日本仏教の祖とされる聖徳太子建立の寺で、「日本仏教の最初の寺」として、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、昭和21年(1946)和宗総本山として独立宣言を出しています。
 
 
四天王寺では、元旦から始まる修正会(しゅしょうえ)の結願日に、六時堂の堂内にて僧侶による天下泰平・五穀豊饒祈願の「修正会結願法要」(しゅしょうえけちがんほうよう)が厳粛に執り行われます。
 
 
堂前には、褌(ふんどし)・鉢巻き姿の若者たちが集まり、法要中に祈祷された「牛王宝印」(ごおうほういん)という魔除けの護符を奪い合うという勇壮なお祭りが行われます。この祭りを「どやどや」といいます。参詣者には牛王宝印楊枝が授与されます。
 
 
札所◇聖徳太子霊跡1番、新西国三十三箇所1番、近畿三十六不動尊1番、法然上人二十五霊跡6番(六時堂)、西国薬師四十九霊場16番、摂津国八十八箇所25番、西国三十三箇所番外、神仏霊場巡拝の道第43番
 
 
四天王寺
◇大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 「仙台どんど祭」
 
「どんと祭」(どんとさい)は、宮城県を中心に行なわれる祭りの呼称。「仙台どんと祭」は全国でも最大規模で行なわれる正月送りの行事です。
 
 
例年1月14日に、神社の境内で正月に飾りつけた松飾りや注連縄、近在より持ち寄られた古神札や達磨等を焚き上げます。
 
 
この焚き上げの火は、正月の間に各家庭に訪れていた神々を送る「御神火」です。その火にあたることで、心身が清められ、一年の無病息災、家内安全、商売繁盛の加護を祈願します。他の地域では、左義長、ドント焼き、婿投げ、墨塗りなどと呼ばれます。
 
 
どんと祭=「松焚祭」(まつたきまつり)は、三百年の歴史があるとされ、仙台市の無形民俗文化財に指定されています。市内各地から神社を目指して歩く「裸参り」で有名です。
 
 
仙台総鎮守「大崎八幡宮」の主祭神は、「応神天皇」「仲哀天皇」「神功皇后」で、社格は村社。江戸時代に仙台で盛んとなった「卦体神」(けたいがみ:十二支の守り本尊)信仰に伴い、乾の守り本尊である「阿弥陀如来」とされたことから、現在でも戌亥歳生まれの人からの崇敬を集めます。
 
 
平安の昔、東夷征伐の際に「坂上田村麻呂」が武運長久の祈念の為に、武門の守護神「宇佐八幡宮」を勧請。鎮守府八幡宮を創祀しました。室町時代には奥州管領「大崎氏」がこれを自領内の現遠田郡田尻町に遷祀。守護神として篤く崇敬したので「大崎八幡宮」と呼ばれました。
 
 
大崎氏滅後、伊達政宗公が居城の玉造郡岩出山城内の小祠に御神体を遷祀し、仙台開府後「仙台城の乾(北西)の方角」にあたる現在の地に祀り、その際、旧領の羽前国米沢にて崇敬していた「成島八幡宮」を共に祀りました。
 
 
権現造りの社殿は、桃山建築の粋を凝らした絢爛たる様式を今に伝える建造物で、その華やかさは見る者を圧倒します。現存最古の桃山建築物として、安土桃山時代の我が国唯一の遺構として、国宝建造物に指定されています。
 
 
「裸参り」は、白鉢巻、白さらしを巻き、私語を慎むために「含み紙」と呼ばれる紙をくわえ、白足袋にわらじを履いて、右手には鐘を、左手に提灯を持って徒歩で参拝します。そして、御神火を渡り、火にあたるのです。
 
 
例年、100団体前後の約2500人が参加します。14日の午後は、一番町や中央通りなどの中心部商店街を歩いている裸参りの列が多数見られます。
 
 
大崎八幡宮◇仙台市青葉区八幡4-6-1
 
◇JR「仙台駅」~仙台市営バス「大崎八幡宮前」下車
◇JR東日本仙山線「国見駅」徒歩15分
 
 
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