≪今日の読み物≫
 
 二十四節気「立春」りっしゅん
 
2月4日19時22分「立春」です。旧暦正月、寅(
とら)の月の正節で、新暦2月4日頃にあたります。
天文学的には、太陽が黄経315度の点を通過すると
きをいいます。

旧暦では、この日が「一年の始め」とされ、この日の
前夜を年越しと考える風習があります。このため正月
節、歳首節ともいいます。この日の前日「節分」まで
は前年に属し、「立春」をもって新年ということにな
ります。
 
日足が伸び、木々が芽吹き出し、春の気配を感じるよ
うになります。暖かい地方では、梅の花が咲き始めま
す。この日以降、初めて吹く南寄りの風を「春一番」
といいます。

禅寺の入り口には、この日の早朝「立春大吉」と書い
た紙札を貼る習慣があります。これは厄除けのためで
すが、文字を縦書きにすると左右対称になることから
、一年間災難に遭わないというまじないだそう。

四季では、立春から立夏までが「春」です。また、立
春は、雑節の基準日です。ここから八十八夜・土用・
二百十日などを算出します。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 「七十二侯」 
 
◆初候「東風解凍」(とうふう こおりを とく)
 =はるかぜこおりをとく
◇東風が厚い氷を解かし始める時節。
 
◆次候「黄鶯?睆」(こうおう けんかん す)
 =うぐいすなく
◇うぐいすが山里で鳴き始める時節。黄鶯(こうおう
)=こうらいうぐいす。黄鶯子、黄鶯児とも。
?睆(けんかん)=鳴き声のよいさま。
 
◆末候「魚上氷」(うお こおりに のぼる)
 =うおこおりをのぼる
◇割れた氷の間から魚が飛び出る時節。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 「2月の花」
 
「福寿草」(ふくじゅそう)金鳳花(きんぽうげ)科
 
学名:Adonis amurensis Adonis(アドニス)は、ギ
リシャ神話に登場する「イノシシの牙に突かれて死ん
だ青年」の名前に由来。傷から出た血のように赤い花
の例え。(欧州産の本属のものの花は赤です)
 
開花時期:2/1~3/15頃 正月に販売されている
ものはハウス栽培されたもの。花芽は晩秋にできるの
で、その後約1ヶ月寒さにあわせて室内に保存してお
き、正月頃に咲かせます。花は黄金色。光や温度に非
常に敏感で、昼間でも日が遮られると1~2分で花が
しぼみ、再び日があたると花開します。

福寿草の花と南天の実をセットにして「難を転じて福
となす」という縁起物の飾り付けがされたりします。
根と茎は有毒。花が終わる頃、人参の葉のような細い
葉が出て一面に広がります。

別名「元日草」(がんじつそう)、「朔日草」(つい
たちそう)など。花言葉は、「幸福」「幸せを招く」
「永久の幸福」「回想」「思い出」「悲しき思い出」
など。
 
「朝日さす 老師が家や 福寿草」/与謝蕪村
 
「水入りの 水をやりけり 福寿草」/正岡子規
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
「今月の展望」「今月の暦」「今月の祐気方位」
「今月の尅気方位と象意」「方位と祐気取り」他
 
こちらから↓
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 
 
読者登録してね
アメンバー募集中
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「奈良春日大社万灯籠」
 
「春日大社」は、奈良公園内にある神社で、名神大社式内社、二十二社の一社、旧社格は官幣大社。全国の春日大社の総本社です。
 
 
春日大社は「平城京の守護」の為に創建されました。本殿向って右から、第一殿・茨城県の鹿島神宮から迎えた「武甕槌命」(たけみかづちのみこと)、第二殿・千葉県の香取神宮から迎えた「経津主命」(ふつぬしのみこと)、第三殿「天児屋根命」(あめのこやねのみこと)、第四殿「比売神」(ひめがみ)は大阪府枚岡神社から、それぞれ春日の地に迎えて祀られています。
 
 
四神をもって藤原氏の氏神とされ、「春日神」と総称されます。また、武甕槌命が白鹿に乗ってやって来たとされることから、鹿が神使とされています。
 
 
万灯籠は約800年も昔から行われて来た行事です。境内3千基の灯籠は、藤原氏をはじめ広く一般から奉納されたもの。灯籠には崇敬者が願いを書いた和紙が貼ってあり、万灯籠の日の参列者が浄火を入れます。
 
 
昔は毎晩すべての灯籠に火が入っていましたが、明治時代頃は人手と油料が途絶えて点灯が不可能になったそう。油料の寄付を集め、必死に伝統を守ろうとした形跡を残す資料が残っているようです。
 
 
年2回、2月の「節分万灯籠」と、8月の「中元万灯籠」が行われます。この日、境内の全ての灯籠に火が入れられます。石燈籠が整然と並ぶ二ノ鳥居から神苑付近、そして釣燈籠が並ぶ朱塗の回廊などは王朝絵巻を見るよう。しばし幽玄の世界へ導かれます。
 
 
※献灯されたい方は事前に献灯紙を求め、住所氏名を書いて神社に送ります。石燈籠に貼られた名前が灯明で浮かびあがります。
 
 
春日大社◇奈良県奈良市春日野町160
◇JR・近鉄「奈良駅」から「春日大社本殿行」バス約11分
 
  
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
「京都伏見稲荷初午祭」
 
「初午祭」とは、稲荷大神が天界より天降りて、稲荷山の三ヶ峰に初めて鎮座した和銅4年(711)の最初の午の日を偲ぶ祭りです。2月の初の午の日を「初午祭」として、伏見稲荷大社をはじめ全国的に祭りが行われます。
 
 
初午詣は、福詣とも呼ばれ、前日の巳の日から参詣者が訪れます。京洛初春第一の祭事とされています。授与される「しるしの杉」は商売繁盛・家内安全の御符として、古くから拝受する風習が盛んです。
 
 
今日「初午」といえば、年中で最も寒い時季に当り、時として節分の前にめぐり来ることすらありますが、古くは旧暦を用いていたので、節分前に「初午」が来ることはありませんでした。もう少し春めいた頃にめぐり、四季の移ろいを敏感にとらえ、その中に「もののあわれ」を見出した当時の人々は、「初午」にはこぞって稲荷社に詣でたものでした。今昔物語や枕草子から、平安時代の初期「初午詣」は老若男女がうち連れて郡参した様子が伺えます。
 
 
伏見稲荷大社は、全国の稲荷社の総本宮です。御祭神は、宇迦之御魂大神(下社=中央座)・佐田彦大神(中社=北座)・大宮能売大神(上社=南座)・田中大神(田中社=最北座)・四大神(四大神=最南座)。
 
 
御神徳は「衣食住ノ大祖ニシテ万民豊楽ノ神霊ナリ」(稲荷谷響記)、また「上ハ天子ヨリ下ハ万民ニイタル幸福豊楽ノ神明ナリ」(神号伝併後附十五箇條口授伝之和解)とあります。
 
 
御神号は「イナリ」を「伊奈利」と記。イナリとは、イネナリ・イネニナルのつづまったもので、人間生活の根源であった「稲」によって、天地の霊徳を象徴した古語とされています。因みに「伏見」は「伏水」だったそうで、伏見の山にはたくさんの滝があります。
 
 
伏見稲荷大社◇京都市伏見区深草薮之内町68番地
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
「笠間稲荷初午祭」
 
「笠間稲荷神社」(かさまいなりじんじゃ)は、別称:胡桃下稲荷(くるみがしたいなり)、紋三郎稲荷と呼ばれる神社本庁の別表神社です。
 
  
御祭神は「宇迦之御魂命」(うかのみたまのみこと=正一位の最高位の神)。第36代孝徳天皇の御代、白雉2年(651)創建、1350余年の歴史を有する由緒ある神社で、日本三大稲荷のひとつです。
 
 
この日「初午祭」が行われます。一陽来復と全てのものの蘇り、そして作物の豊饒を願う神事です。「午」は動物の馬に通じ、馬は神の最も愛寵されたものとして、人々は馬を通じて神の霊威を感じ、午の日を神聖な日と考えるようになりました。方角では南、時間では昼の12時(正午)を表し、陽気の盛んな事を示しています。
 
 
稲荷大神にとって「キツネ」は、熊野神社の「カラス」、八幡神社の「ハト」、氏神さまの「狛犬」などと同じように「神使」(かみのつかい)「眷属」(けんぞく)などと呼ばれ、神さまのお使いをする霊獣です。
 
 
中世の時代、人間が持っている様々な欲望を、直接神さまに祈願するのは畏れ多いとして、特別に選ばれた動物を通してお願いすることが行われたことによるものです。キツネがお使いとして選ばれたのは、稲荷大神が農業神であることと深く結びついています。
 
 
日本人には古くから神道の原形「山の神、田の神」が信仰されていました。春になると山の神が山から里へ降り、田の神となって稲の生育を守護し、収穫が終えた秋に山へ帰って山の神となるというもの。キツネも「農事の始まる初午の頃から収穫の終わる秋まで」人里に姿を見せます。
 
 
キツネが稲荷大神のご祭神と混同されるようになったのは、平安時代以降の神仏習合によります。稲荷大神が仏教の守護神「茶枳尼天」(だきにてん)の垂迹(すいじゃく)とされたからです。茶枳尼天は、またの名を「白晨狐菩薩」(びゃくしんこぼさつ)といい、キツネの精とされました。このことから、いつの間にか一般民衆の間で、稲荷大神のご祭神とキツネが混同して理解されてしまったわけです。
 
 
また、稲荷大神のまたの名である「御饌津神」(みけつがみ)の「ミケツ」が混同されて「三狐神」(みけつがみ)と記されたこともその一因。御饌津神とは、「御=尊称・饌=食物・津=の・神」で、食物を司る神を意味しており、キツネとは全く関係はありません。
 
 
神社神道本来の心である「明き心」「清き心」「正しき心」「直き心」をもって御祭神、宇伽之御魂神の御神慮と御神徳を正しく理解することが大切です。
 
 
笠間稲荷神社◇茨城県笠間市笠間1番地
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
音譜素敵な一日で
 
ありますように
 
(癶▽癶)☆彡
 
読者登録してね
アメンバー募集中
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
≪今日の読み物≫
 
「節分」「豆まき」
 
「節分」(せつぶん・せちぶん)は、もともと「四季の分かれ目」の意。立春・立夏・立秋・立冬の前日を指していましたが、特に「立春」が年の初めと考えられることから、節分といえば「春の節分」を指すものとなってしまいました。
 
 
立春を新年と考えれば「立春正月」すなわち「一陽来復して春になる」という考えからきています。翌日から年の始めであることと、気候が冬から春になるということで、立春の前日である節分は大晦日にあたり、邪気を祓い幸を願う意味を込めて、いろいろな行事がおこなわれてきました。
 
 
この日、豆まきをして鬼を追い出す風習は、中国「明」時代に始まり、日本へは室町時代に伝わったといわれています。昔は「追儺(ついな)」「鬼遣(おにやらい)」といって宮中行事の一つでした。
 
 
悪鬼(あっき)、疫癘(えきれい)を追い払う行事のことで、平安時代には陰陽師たちによって宮中において大晦日に盛大に行われ、その後、諸国の社寺でも行われるようになり、これが次第に庶民に伝わっていきました。
 
 
年男(★)が「福は内、鬼は外」と言って、煎った豆を居間や庭に撒いて後、自分の年の分だけ豆を拾って食べます。これは数え年の「年取り行事」の名残です。
 
 
この日の夜、家の入り口に「鰯の頭を刺した柊(ひいらぎ)の枝」を差しておく風習もあります。鬼が柊の葉に刺さって痛がり、鰯の悪臭に驚いて逃げていくと考えられています。また、大蒜(にんにく)や葱、毛髪などを刺しておくところもありますが、いずれも、邪気が家に入らないようにする為です。
 
 
★年男とは、その年の「支」を持つ生まれの人のことをいいます。今年は「辰」辰年生まれの人が年男です。
 
 
「鬼門」は、冥府の神として信仰された「秦山府君」が住むと言われていた山が北東方位にあったことが、北東が鬼門といわれる所以。鬼門の方位は「艮」(ごん・うしとら)、十二支で「丑」(うし)と「寅」(とら)にあたります。ちなみに、浦島太郎物語に出てくる鬼の姿は「頭にうしの角、とらのパンツ」です。
 
 
旧暦の1年では「丑は12月」「寅は1月」を指します。この節目に「鬼門」があります。鬼門は鬼が出入りする方角で、この邪気を祓うことにより、春が無事に迎えられると考えられていました。
 
 
鬼の象徴「金棒・かなぼう」は五行の五元素の「金」です。この「金」の作用を尅する(悪い力を打ち消す)のは、五行の「火」で、「火尅金」の作用です。
 
 
大豆は、とても硬いので「金」にあてはめます。この大豆を鬼に見立て、これを「火」で煎ると同時に、撒いて食べてしまうことで、鬼を退治したということにしました。
 
 
★恵方に向かって「巻き寿司」を食べる風習は、「福を巻き込む」からきています。また、まるごと食べるのは「縁を切らないよう包丁を入れない」ということです。
 
 
★本年の恵方・歳徳神・あきの方は「壬の方」(みずのえのかた)です。お手元の方位吉凶図で確認されて下さい。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:

 つづく
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
≪今日の読み物≫
 
「天一天上」
 
「天一天上」(てんいちてんじょう)とは、「癸巳」(みずのと・み)から「戊申」(つちのえ・さる)までの16日間をいいます。
 
 
方角神が天上に去ってしまい、悪さをしない佳日とされ、「天一天上の間は天一神の祟りがなく方角の禁忌はなくなる」というので、どの方角へ出掛けるにも良しとされました。特に縁起を担ぐ相場師に利用されたといわれています。
 
 
そのかわり、この期間中は「日遊神」が地上に降りて家の中に留まります。日遊神は不浄を嫌い、屋内の汚れた人家には祟りをするといわれていますから、清潔にしておかなければなりません。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
「天一神」(てんいちじん)は方角神の一つで、「中神」(なかがみ)ともいい、地星の霊で、荒神です。天と地の間を規則正しく往復し、四方八方を巡り、人の吉凶禍福を司ります。
 
 
天一神のいる方角を犯すと祟りがあるとされ、神の滞在する方角を「塞がり」といってこの方角を犯すことを忌み、このことを「物忌み」(ものいみ)といいます。その方角に真っ直ぐ向かうことは禁物で、どうしてもその方角に行かなければならない時は「方違え」(かたたがえ)をします。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
「天一神の遊行日」
 
☆乙卯から5日間=卯(東)
☆庚申から6日間=巽(南東)
☆丙寅から5日間=午(南)
☆辛未から6日間=坤(南西)
☆丁丑から5日間=酉(西)
☆壬午から6日間=乾(北西)
☆戊子から5日間=子(北)
☆己酉から6日間=艮(北東)
 
 
この期間、この方角に、天一神が天上から降りてきて下界八方を巡って過ごしますから、この方角を忌み、この方角に向かっての出産、争い事、殺生、弓を射ることなどを忌み嫌うのです。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 

読者登録してね
アメンバー募集中
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 


 
≪ 今日の暦 ≫
 
 
2月2日(木)
 
癸巳 みずのと・み
 
三碧木気 さんぺき・もっき
 
大安 たいあん
 
不成就日 ふじょうじゅび
 
 
「天一天上」
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪今日の凶殺方位≫
 
 
日破殺 亥【北西】四緑
 
暗剣殺 震【東】一白
 
五黄殺 兌【西】五黄
 
定位対冲 乾【北西】四緑
 
 
※凶殺方位は、どなたさまにとっても悪い方位となりますのでお出掛けの際には十分ご注意下さい。
 
また、この方位に向かっての約束事などは良い結果に至りませんので避けて無難です。

 
 
起こりうる現象は?
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪あなたの今日の運勢は?≫
 
 ◎◎攻めも守りも好調
 ◎ 攻めて順調
 ○ 守って無難
 △ 謙虚な姿勢で穏やかに
 ▲ おとなしく明日に期待
 ▲▲休養第一早めの就寝を
 
 
一白水星◎◎
 
交際運良好!臨時収入もあり。ジックリ時間を掛けて好結果に。
 
 
二黒土星○
 
冷静な状況判断を。仲間や身内のアドバイスに従って無難。
 
 
三碧木星○
 
高圧的な態度は周囲を遠避けることに。再会の縁あれば大切に。
 
 
四緑木星▲▲▲
 
親分気取りで振舞えば顰蹙を買う。異性からの相談事に注意。
 
 
五黄土星◎◎
 
積極的な活動を!周囲の協力に助けられ良い情報が流れ込む。
 
 
六白金星△
 
周囲の注意を引こうと動けば反感を買う。文書の扱いに注意。
 
 
七赤金星▲▲▲
 
感情のコントロール不能で不安定に。手違いあれば損害あり。
 
 
八白土星◎
 
地味な活動が良い人間関係を作る。甘い誘惑に負けないように。
 
 
九紫火星▲
 
思い付きでの言動はご破算に。目上の風当たりも厳しい慎重に。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 

音譜素敵な一日で
 
ありますように
 
(癶▽癶)☆彡
 
ペタしてね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
≪今日の読み物≫
 
「福井永平寺涅槃会摂心」
 
曹洞宗大本山「永平寺」(えいへいじ)は、今から約750年前の寛元2年(1244)道元禅師(どうげんぜんじ)によって開山された出家参禅の道場です。
 
 
本尊に、釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏(現在・未来・過去を表わす)他、禅宗初祖の達磨像、道元の師である如浄禅師像などが安置されています。
 
 
室町時代には、天皇から「曹洞宗第1道場」の勅額を贈られ、日本の禅修行の場として歴史を刻んできました。33万平方メートルにも及ぶ広大な敷地には、山門・仏殿・法堂・僧堂・大庫院・浴室・東司などの修行の中心となる「七堂伽藍」他、70余棟の建物が、樹齢600年を越える老杉の巨木に囲まれながら静かに佇んでいます。150名の雲水たちによって、荘厳な雰囲気の中、現在も750年前に道元によって定められた厳しい作法に従って禅修行が営まれています。
 
 
中国にはじめて仏法が伝来した後漢明帝の時の元号は「永平」。「永久の和平」の意でこれが寺号の由来。
 
 
2月1日~7日まで「涅槃会報恩大摂心会」(ねはんえほうおんだいせっしんえ)が行われます。これは、1週間の間ほとんど眠らずに昼夜にわたる坐禅を行うもの。釈迦が菩提樹の下で1週間坐禅をして悟りを開いたことに因むものです。
 
 
一般には釈迦が悟りを開いた12月8日に合わせて行いますが、それ以外に永平寺では2月の摂心会、同じく大本山の総持寺では6月中旬・下旬・7月下旬の各5日間夏の摂心会が行われます。
 
 
永平寺◇福井県吉田郡永平寺町志比5-15
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
「尾鷲まつり」
 
「尾鷲まつり」は、毎年2月1~5日に行なわれる尾鷲神社の例祭です。
 
 
「尾鷲」(おわせ)は、平安時代から熊野信仰の盛んなところでした。鎌倉時代には伊勢神宮の荘園がこの地方に広がり、伊勢神宮系の神社が創設されるようになりました。尾鷲神社はその代表的な神社で、光林寺(現:金剛寺)の鎮守として「大宝天王」と呼ばれていましたが、寛文3年(1663)以後は光林寺から分離して現在に至っています。祭神は「建速須佐之男命」。
 
 
例祭5日の晩、お獅子出御の儀式が執り行なわれます。「山方向け、浜方向け」と祭りの際、この獅子頭の向く方向で豊凶を占います。この獅子頭は、文禄年間(1592~96)のもので、本殿内の獅子殿に安置され、神の依代として崇敬されます。(県有形民俗文化財指定)
 
 
尾鷲神社の左隣「金剛寺」(こんごうじ)は、曹洞宗の寺院で、正徳4年(1714)寺号の「光林」が、紀州藩主3代綱教の院号と同じであるということから金剛寺に改められました。後に、この地方有数の寺格を持つ「熊野五ヵ寺」の一つに数えられるようになりました。
  
尾鷲神社◇三重県尾鷲市北浦町12-5
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
★今日の運勢★
≪今日の読み物≫
 
ベルまぐまぐ からも配信中!
 
登録料・配信料 無料
 
登録はこちらから↓
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
 
読者登録してね
アメンバー募集中