≪今日の読み物≫
 
 
温泉「採水日」
 
 
「採水」(さいすい)とは、「お水採り」(おみずとり)のことで、祐気方位にある湧き水や井戸水を、日にちと時間を合わせて汲んだものを飲み、開運に用いる手段をいいます。
 
 
お水をいただくには、安全性や汲むことが出来る時間帯を、前もって管理者(御神水なら神社、観光地なら役場など)に確認する必要があります。
 
 
持ち帰った水は密閉して冷蔵庫に保管し、3~4日のうちに使い切りましょう。但し、その方位が尅気にあたる人には触らせないこと。現在は、病気などで外出できない方の為に、かわりに採水をする事が多いようです。
 
 
一般の祐気採りの場合は、この日時に合わせて目的地にとどまることで充分に効果があります。祐気撰用地に温泉地を選べば、その湯に浸かって全身で大地の気を浴びることになります。
 
 
祐気採りに出掛ける時は、自宅で一時間以上過ごしてから出掛けます。目的地に到着するまで、なるべく寄り道はしません。目的の方位から外れてしまうことがあるからです。
 
 
目的地に到着したら深呼吸。天の気、地の気を身体にいっぱい取り入れて下さい。温泉に入って、その土地の産物を召し上がって下さい。何よりも、ゆっくり、のんびり過ごして「祐気採りに来たんだ!」と思えることが一番です。歴史を訪ねたり、文化に触れたり、その土地の神様にもご挨拶できるといいでしょう。
 
 
帰り道は、やはり寄り道はしません。せっかくの祐気を途中に落としてしまうからです。お土産持ってお友達の家に寄って長居してしまったなんて、勿体無いですから真っ直ぐ家に帰りましょう。家に着いたら、1時間程のんびり過ごして祐気を家の中に降ろします。
 
 
その後は、撰用した祐気の現象に合わせた努力をします。たとえば、二黒土気を撰用した場合の象意は「勤労意欲が培われる」「土地不動産に関する朗報あり」などですが、そのように努力することによってのみ、成果が現れるものです。何もせずに幸運は降って来ません。
 
 
撰用した方位は手帳にメモしておきます。これは、後に祐気や尅気の現象を確認する為の資料になります。
 
 
--------------------
 
 
事の吉凶を問わず、結果には必ず原因があります。祐気採りをして正しい方向に努力し、良い原因を作っておくことは、将来の良い結果の発現に繋がる最良の方法だと確信しています。
 
 
自然の中で生かされていることを知り、将来の過ごし方を計画されてみてはいかがでしょうか。
 
 
「運が悪い」と思う人はまず祐気採りをお勧めします。祐気採りをするとトラブルが自然と消えたり、今までの努力の成果が報われたり、大自然が自分の味方をしてくれるようになります。
 
 
「運が良い」と思う人は祐気採りを楽しく実行しています。ぜひ祐気を取りにお出掛け下さい。自分では気がつかなくても、祐気取りによって確実に運気が上がっていきます。○o。..:*・(uωu人)・*:..。o○
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「館山安房神社祭」
 
 
安房国一之宮「安房神社」(あわじんじゃ)は、「天太玉命」(あめのふとだまのみこと)を主祭神とする式内社(名神大)で、旧社格は官幣大社。「大神宮」と通称されます。
 
 
安房国は「忌部氏」(いんべ=神事に奉仕する氏族)が開拓した土地で、天太玉命はその祖神。相殿に「天乃比理刀咩命」(あめのひりとめのみこと=天太玉命の妃神)、忌部五部神として「櫛明玉命」(くしあかるたまのみこと=出雲忌部の祖)、「天日鷲命」(あめのひわしのみこと=阿波忌部の祖)」「手置帆負命」(たおきほおいのみこと=讃岐忌部の祖)、「彦狭知命」(ひこさしりのみこと=紀伊忌部の祖)」「天目一箇命」(あめのまひとつのみこと=筑紫忌部・伊勢忌部の祖)」を祀ります。
 
 
摂社に「天富命」(あめのとみのみこと=天太玉命の孫神)、「天忍日命」(あめのおしひのみこと=天太玉命の兄弟神)を、末社「厳島社」に「市杵島姫命」(いちきしまひめのみこと)、「琴平社」には「大物主神」(おおものぬしのかみ)を祀ります。
 
 
神武天皇元年(皇紀元年)神武天皇の命を受けた天富命が、農作物が良く出来る土地を求めて阿波国に上陸。麻や穀(カジ=紙などの原料)を植えて開拓しました。
 
 
のちに、さらに肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を率いて海路黒潮に乗り、房総半島南端布良に上陸。その周辺を「安房郡」と名付けて天太玉命を祀る社を創建したと伝わります。
 
 
毎年8月10日に行なわれる「例祭」は、1年間の祭典の中で最も重要且つ盛大な神事です。神社本庁からの幣帛をお供えし、国家の安泰、皇室の弥栄、国民の安寧を祈願します。
 
 
前日の8月9日には子供神輿が、10日には「安房神社神輿」が出御し、2日間に亘って賑わいます。
 
 
安房神社◇千葉県館山市大神宮589
 
◇JR「館山駅」バス20分「安房神社前」 下車
◇館山自動車道から富津館山道路「富浦」から10分
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「西鶴忌」
 
 
「井原西鶴」(いはらさいかく)は、「好色一代男」などで知られる江戸時代の浮世草子の創始者で人形浄瑠璃の作者です。本名は平山藤五(ひらやまとうご)。井原は母方の姓。別号は鶴永・二万翁。
 
 
晩年に名乗った「西鶴」は、5代将軍徳川綱吉が娘の鶴姫を溺愛するあまりに出した「鶴字法度=庶民の鶴の字の使用を禁止」したことに因んでいます。
 
 
寛永19年(1642)大阪生まれ。15歳の頃から文芸の道を歩み始め、家業を他人に任せて諸国を渡り歩き、天和2年(1682)小説の第1作「好色一代男」が出版され好評で、江戸でもベストセラーとなり、草子作家としての地位を獲得しました。
 
 
西鶴の「浮世草子」(うきよぞうし)は、町人物・好色物・武家物に分けられます。西山宗因に師事して俳諧を学び、速吟軽口の俳風から「阿蘭陀流(オランダ流)」「放埒(ほうらつ=不品行さ)抜群」などとからかわれました。
 
 
「浮世」には「世間一般」という意味と「色事」「好色」といった意味があります。遊里や金銭を主な題材として町人生活をリアルに描き、娯楽性のある浮世草子を確立しました。
 
 
西鶴は経営学の師としても評価されています。越後屋は突然の雨に備えて番傘を店に置き、顧客に貸し出します。その傘には「越後屋:何番」と通し番号が書かれています。顧客は傘を借りて帰る道すがら「越後屋」の宣伝をしてくれるし、傘を返しに行けば再度顧客になる可能性も高い。以来「番傘」は通称となりました。西鶴の素晴らしい知恵と才覚です。
 
 
元禄6年(1693)8月10日、大坂鑓屋町の草庵で没。52歳。その辞世は「人間50年の究り、それさへ 我にあまりたるに、ましてや 浮世の月 見過ごしにけり未二年」とあります。
 
 
西鶴の墓は大阪上本町「誓願寺」(大阪市中央区上本町西4-1-21)

 
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「長崎原爆の日」
 
 
昭和20年(1945)8月9日午前11時2分、米軍は6日の広島に続いて長崎に史上第二の原子爆弾「ファット・マン」を投下しました。
 
 
長崎上空9600mから投下された爆弾は、高度500mで炸裂、0.2秒後に半径200mの火球(温度8000度)を作り、爆風、熱線、放射線となって市民を襲いました。
 
 
長崎の原爆はプルトニウム爆弾で、広島のウラン爆弾より強力なものでしたが、長崎の地形が被害の拡大を防ぎました。とはいえ7万4千人余の命を一瞬で灼き尽くした威力は凄まじいものです。以降、原爆が原因で亡くなった人は15万人に上ります。
 
 
この日、原子爆弾・核兵器がもたらす被害と悲しみを二度と経験することのないよう、犠牲者の霊を慰め、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて「長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典」が行われます。
 
 
原爆が投下された11時2分、犠牲者の冥福を祈り、1分間の黙祷を捧げます。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「宝塚中山寺夏会式」
 
 
「中山寺」(なかやまでら)は、真言宗中山寺派の大本山です。山号は紫雲山。聖徳太子が建立したと伝わる古刹で、兵火によって焼失しましたが豊臣秀頼によって再建されました。「安産の寺」としても名高く、安産を祈る人々が全国から腹帯を求めて参拝します。
 
 
本尊は「十一面観音」。西国三十三箇所第24番札所。本尊の十一面観音立像をはじめ、複数の重要文化財を有し、羅漢堂には8百体以上の羅漢が祀られています。
 
 
本尊の十一面観世音菩薩は、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん=インド中古のアユジャ国の王妃で、仏法に帰依し、釈尊の教えをことごとく悟得されたといわれる女性)の姿を写した三国伝来の尊像と伝わります。
 
 
左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。古くより安産・求子の観音として多くの婦人より篤く信仰されてきました。
 
 
夏会式として行なわれる「星下り大会式」は、平安の頃より「星祭り」として続けられています。「星下り」という名称になったのは、慶長元和の頃からで、三十三所の観音様が来迎されるお姿が、あたかも星が飛んで来て降るように見えるということから。「ここのかび」とも呼ばれます。
 
 
8月9日に中山寺に参拝すると、西国三十三所観音霊場のすべてにお参りしたのと同じ功徳があると伝わります。また、「四万六千日」ともいわれ、この日参拝すると4万6千日参拝したのと同じ功徳が得られるという。数の由来は、1升の米粒の数が四万六千粒あり、「1升」は「一生」と同じ発音なので「四万六千」は「一生」の意といいます。
 
 
中山寺◇兵庫県宝塚市中山寺2丁目11-1
 
◇JR福知山線(宝塚線)「中山寺駅」徒歩10分
◇阪急電鉄宝塚線「中山駅」すぐ
◇中国自動車道「宝塚IC」5分
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「京都清水寺千日詣り」
 
 
「清水寺」(きよみずでら)は、広隆寺、鞍馬寺とともに平安京遷都以前からの歴史がある寺院です。山号を音羽山と称し、本尊は千手観音、開基は延鎮。法相宗(南都六宗の1つ)。
 
 
宝亀9年(778)大和国子島寺の僧・延鎮上人が、夢告で霊泉を訪ね、辿りついたのは音羽山でした。この山で数百年も修行を続けているという行叡居士(ぎょうえいこじ)という修行者が「自分はこれから東国へ旅立つので、後を頼む」と言い去ってしまいました。延鎮上人は行叡居士が残していった霊木に観音像を刻み、草庵に安置したのが清水寺のはじまりと伝わります。
 
 
清水寺は、源氏物語・枕草子・更級日記・梁塵秘抄などの古典文学に登場し、平安時代にはすでに多くの参詣者を集めていました。京都では珍しい法相宗の寺院です。現在の本堂は、寛永10年(1633)徳川家光の寄進により再建されたもので「清水の舞台」で知られます。
 
 
思い切って決断することを「清水の舞台から飛び降りた…」と言いますが、実際に飛び降りた人もいたそうで、生存率は85%とか。観音の住むという「補陀洛浄土へ旅立とう」ということなのだそう。
 
 
「千日詣り」は観音の最大功徳日で、一日参れば千日参ったのと同じ御利益があるといわれています。先祖の供養に献灯してお参りします。14~16日は先祖供養法要が行われ、夜の特別拝観も行なわれます。
 
 
清水寺◇京都府京都市東山区清水1-294
 
◇JR「京都駅」バス15分「五条坂」徒歩10分
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「高知よさこい祭り」
 
 
「よさこい祭り」は、毎年8月9日前夜祭から10・11日の本番と、12日後夜祭・全国大会の計4日間、高知市内で行われる「土佐のカーニバル」のこと。市内9ヶ所の競演場・6ヶ所の演舞場で150団体、約1万6千人の踊り子が市内を乱舞します。
 
 
昭和29年8月、市民の健康と繁栄を祈願し、併せて商店街振興を促すための不況対策として、高知商工会議所が中心となって始まりました。
 
 
「よさこい」は、高知より全国へ、世界へ広がり、関西や関東では小学校の運動会やお祭りで「よさこい鳴子踊り」が踊られています。
 
 
北海道では「YOSAKOIソーラン祭り」が生まれ、ハワイのホノルルフェスティバルにも参加しています。
 
 
「よさこい」とは、慶長年間に山内一豊公が土佐藩主として高知城を築いた際に作業現場で歌われた「木やり節」が変化したもので、囃言葉「よさこい」は、石材や木材を運ぶときの掛け声で「よいしょこい」が原形と言われます。また「夜さ来い」という表現とも。
 
 
「よさこい節」は高知県の民謡で、幕末高知城下で起きた恋愛事件からとった歌詞は有名です。お座敷歌として広まりました。♪土佐の高知のはりやま橋で~坊さんかんざし買うを見たよ~よさこい~よさこい~♪
 
 
開催地◇高知県高知市本町
 
◇本部追手筋競演場、中央公園・帯屋町商店街・高知城他
◇問い合わせ:高知商工会議所/よさこい祭振興会
 

 
 
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本「木曽御嶽教御神火祭」
 
 
「御嶽教」(おんたけきょう)は、御嶽山を信仰根本道場とする教派神道で、神道十三派の一つ。創始者は下山応助。奈良県奈良市に教団本部(御嶽山大和本宮)を置く。信者は約50万人。御嶽登拝の安全を祈願するための神殿「木曽大教殿」(長野県木曽郡木曽町)があります。
 
 
御嶽山は有名な霊山の一つで、信仰登山の歴史は古く大宝2年(702)役の小角の開山に始まるといわれています。一般では、天明5年(1785)に「覚明行者」が黒沢口登山道を、寛政4年(1792)に「普寛行者」が王滝口登山道を開闢し登山するようになりました。
 
 
「御嶽大神」を崇拝する信仰者が集団結合し、明治15年(1882)に立教独立。「御嶽教経典」「御嶽教神拝詞集」「御嶽教信仰規範」を経典としています。
 
 
拝峰では、白装束に身を包み、六根清浄を身に修めて大地の恵みの母なる体内をめぐり、生まれ変わりを行とします。己を振り返り、再生を行の根本とする道場でもあります。
 
 
祭神に「国常立尊」「大己貴命」「少彦名命」の三柱を「御嶽大神」として祀り、御嶽山開闢の「覚明」「普寛」の二霊神を崇敬神「開山霊神」として祀ります。また、天神地祇八百万神を配祀神としています。
 
 
「御岳教大御神火祭」は、木曽御嶽山の山中に於いて毎年8月7日の子の刻から8日の丑満つ時まで行なわれます。全国から御岳教信者が集い、松明行列ののち、祈願斎木百万を3つの大きな輪に積み重ね、祈願の中で焚き上げる猛火の大祈祷が執り行われます。
 
 
開催地◇御嶽山四合目「銀河村キャンプ場」長野県木
曽郡王滝村御岳高原4合目
 
 
◇長野道「塩尻IC」130分
◇中央道「中津川IC」140分
◇JR中央本線「木曽福島駅」バス50分~徒歩50分
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「下関忌宮教方庭祭」
 
 
長門二ノ宮「忌宮神社」(いみやじんじゃ)は、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇を祀る式内社で、旧社格は国幣小社。
 
 
仲哀天皇2年(193)仲哀天皇が豪族熊襲を鎮圧し平定の折り、7年間滞在した行宮(仮皇居)「豊浦宮」の跡地に鎮座。社伝には、天照大神と住吉三神による託宣を疑ったため筑紫の香椎で亡くなった仲哀天皇を、神功皇后が三韓征伐からの帰途に、豊浦宮の跡に祀ったことが始まりと伝わります。
 
 
「数方庭祭」(すほうていまつり)は、仲哀天皇6年(197)朝鮮半島より攻めてきた敵の大将塵輪を、仲哀天皇自ら弓を取って討ち倒し、戦勝を祝って塵輪の屍の周りで踊りまわったことから始まったと伝わります。毎年8月7日から一週間行なわれます。「天下の奇祭」と呼ばれています。
 
 
忌宮神社◇山口県下関市長府宮の内1-18
 
◇城下町長府バス停より徒歩5分
 

 
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本二十四節気「立秋」りっしゅう
 
 
8月8日5時33分「立秋」です。旧暦7月、申(さる)の月の正節で、天文学的には太陽が黄経135度の点を通過するときをいいます。
 
 
この日から暦の上では「秋」になりますが、実際には残暑の厳しい頃。平均気温は高温のピークに達し、一年で最も暑い時期となります。
 
 
見上げれば、空が少しづつ高く感じるようになり、雲の色や形、風のそよぎに「秋の気配」が感じられるようになります。ひぐらしが鳴き始め、所により深い霧が発生します。
 
 
ヒグラシは、早朝や夕方に鳴きますが、薄暗い日中に鳴くこともあります。「カナカナ…」と鳴くことから、カナカナとも呼ばれます。
 
 
秋は移動性高気圧に覆われる日が多く、日中に晴れて風の強い夜には「放射冷却現象」よる霧が発生します。気温が下がれば空気中の水蒸気が結露し始め、霧が発生。霧の発生条件はたくさんありますが、秋は霧の季節といえます。
 
 
「立秋」は、「秋立つ」「秋来る」などとともに、秋の代表的な季語になっています。この日より暑中見舞いではなく「残暑見舞い」となります。
 
 
◆◆━━━━━━━━━
 
 
「七十二侯」
 
 
◆初候「涼風至」(りょうふう いたる) 
◇涼しい風が立ち始める時節。
 
 
◆次候「寒蝉鳴」(かんせん なく)
◇ひぐらしが鳴き始める時節。
 寒蝉=ひぐらし。また、秋に鳴く虫をいいます。
 「かんぜん」とも読みます。
 
 
◆末候「蒙霧升降」(もうむ しょうごう)
◇深い霧がまとわりつくように立ち込める時節。
 蒙霧=もうもうと立ち込める霧。
 
 
◆◆━━━━━━━━━
 
 
ヒマワリ「8月の花」
 
 
「向日葵」ひまわり・Sunflower 菊科・ひまわり属
 
 
学名「Helianthus」(ヘリアンサス)ギリシャ語の「helios(太陽)+anthos(花)」が語源。「太陽の花」の意。
 
 
原産地は北アメリカ。紀元前からインディアンの食用作物として使われていました。日本には、17世紀に伝来。開花時期7月10~9月10頃。
 
 
花の形は太陽を思わせ、太陽の動きにつれて回ることから「日まわり」と呼ばれますが、花首の柔らかい頃にだけ日中太陽の方向を追います。
 
 
花首は、夕方には西を向いていますが、夜には向きを戻し、夜明け前には再び東を向きます。花が完全に咲いてからは、東の方向を向いたままほとんど動かなくなります。
 
 
大きな一つの花のように見えますが、「頭状花序」と呼ばれ、多数の花が集まって一つの花の形を作っています。これは「キク科の植物」に見られる特徴。外輪に黄色い花びらをつけた花を「舌状花」、内側の花びらがない花を「筒状花」と区別して呼ぶ場合もあります。
 
 
別名は、「日輪草」(にちりんそう)、「日車」(ひぐるま)など。種は長楕円形。種皮色は油料用品種が黒色で、食用や観賞用品種には長軸方向に黒と白の縞模様があります。種は絞って「ヒマワリ油」として利用されます。ヒマワリ油には「不飽和脂肪酸」が多く含まれます。
 
 
種子を煎って食用とすることも。また、ペットの餌に利用されます。近年、ディーゼルエンジン用燃料(バイオディーゼル)として利用する研究も進められています。乾燥した種子を用いる生薬名は「向日葵子」(ひゅうがあおいし)。
 
 
花言葉は、「私はあなただけを見つめる」「あなたは素晴らしい」など。
 
 
◆◆━━━━━━━━━━
 
 
ベル「今月の展望」
 
 
本年、大いに流行する太歳の気は「五黄土気」で、激しい破壊力と物を腐敗して土化する作用を持ちます。
 
 
物事は拗れて支障をきたし易く、小賢しい権謀術数に満ちた政治は、変革どころではなく、闘争が起こって混乱を招きそうです。海外との経済の落差が起こり、変化が起これば激しく、成敗の差も顕著となりましょう。外交では中国、韓国、北朝鮮などに翻弄される傾向にあるようです。
 
 
…と、年初にお伝えしておりましたが、今月は鬼門の変化ライン(艮ー中宮ー坤)に土気が揃い、変化することを表します。さらに流行の気は、暗剣殺と定位対冲を伴った「八白土気」となりますので、尋常ではない変化変転を思わせます。暗剣殺は、自己から発する問題ではなく、第三者による迫害や被害が多いもの。つまり他動的に事が起こります。
 
 
進行中の事柄の一時停止、計画の変更が顕著で、それは、家族や組織に影響し、親族や相続人との関係の悪化、組織の結束が薄れてトラブルが生じることに。何事も変化して、向かう方向は一貫性を欠きます。
 
 
不動産に関するトラブル、家屋の崩壊、古い企業の倒産や主導権争い、組織内の紛争や不祥事、大衆運動、内輪揉め、お年寄りに関する事件などが懸念されます。消滅・腐敗・悪化・失敗・破産・廃物・毒物などの現象も生じ、強請や暴力も起こり易い荒れ模様です。
 
 
噴火・地震などの天変地異、山崩れや崖崩れ、トンネル・高所での事故、車の玉突き事故、交差点での事故や段差の踏み外しにくれぐれもご注意を。今月の新築や屋根の葺き替え、結婚式や転職は見送りましょう。
 
 
また、労働問題、土地問題、大衆や食料品に関すること、過去を蒸し返したような現象は激しく破壊力も活発となります。妻、母、従業員など、家族や組織が絡んだ事件・事故、集団食中毒や伝染病なども起こり易く、波乱は否めません。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「鼻の日」
 
 
「鼻の日」(はなのひ)とは、社団法人・日本耳鼻咽喉科学会が昭和36年(1961)に制定した記念日。毎年8月7日は、8(は)7(な)の語呂合わせです。
 
 
鼻の病気に関する知識や健康管理について啓蒙を行い、全国各地で専門医による無料相談会や講演会などが行われています。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本新潟祭」
 
 
「新潟まつり」は、大阪の住吉神社から御神体を勧請して創建された「湊元神社」(つもとじんじゃ)で、享保11年(1726)「住吉行列」が行われたのが起源とされます。
 
 
後に行なわれるようになった商工祭・川開き・開港記念祭の4つの祭りを、昭和30年(1955)に統合したのが現在の「新潟まつり」です。毎年8月上旬の金・土・日曜日に行われます。
 
 
金曜日には万代橋を中心に日本最大級の「大民謡流し」、土曜日には「市民みこし」「水上みこし渡御」。日曜日には「大花火大会」が行なわれます。
 
 
開催地◇新潟県新潟市古町通り、万代シティー他
 
◇JR上越新幹線・信越本線「新潟駅」徒歩15分
◇北陸自動車道「新潟中央IC」新潟市街へ約15分
 
 
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本「桑名石取祭」
 
 
桑名の総鎮守「桑名宗社」(くわなそうじゃ)は、桑名神社と中臣神社の両社から成ります。
 
 
古く桑名神社は「三崎大明神」と呼ばれていました。中臣神社の祭神「天日別命」は、伊勢国造の遠祖で、二十町程西の山上に鎮座されていましたが、正応年中頃に桑名神社境内に遷座されました。
 
 
桑名神社の祭神は、桑名開発の豪族である桑名首の祖神「天津彦根命」と、その子「天久久斯比乃命」。中臣神社には「天日別命」を祀ります。永仁4年(1296)奈良から「春日大明神」を勧請して合祀。以来「春日さん」と呼ばれ親しまれています。
 
 
「石取祭」(いしとりまつり)は、春日神社の流鏑馬神事の馬場修理をするために、町屋川より石を運んだのが始まりと伝わります。この奇祭は、300年以上の歴史があり、毎年8月第一日曜日の前日午前0時になると、30台以上の祭車が一斉に囃子を打ち鳴らし町内を練り歩きます。
 
 
祭車は見事な彫刻が施されたもの、漆を塗り天幕をつけた豪華なものや歴史の長いものもあります。旧東海道を練り回し、日曜日の深夜まで騒々しいことから「日本一やかましい祭」と呼ばれます。国の重要無形民族文化財に指定されています。
 
 
桑名宗社「春日神社」(桑名・中臣神社)
 ◇三重県桑名市本町46
 
◇JR東海「桑名駅」~バス「本町」徒歩1分
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
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