≪今日の読み物≫
 
 
本「福岡香椎宮秋季例祭」
 
「香椎宮」(かしいぐう)は、仲哀天皇9年(200)神功皇后が自ら祠を建て、仲哀天皇の神霊を祀ったのが起源と伝わります。四柱の御神体である仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、住吉大神を御祭神として祀ります。
 
 
「香椎」の名は、敷地内に香ばしい香りの「棺懸(かんかけ)の椎」が立っていた事に由来。香椎廟。香椎神宮と呼ばれることも。
 
 
養老7年(723)神功皇后自身の神託により、朝廷が社殿の造営を始め、翌年の神亀元年に竣工されました。この2つの廟をもって「香椎廟」とします。延喜式神名帳の記載はありませんが「続日本紀」などには香椎廟・香椎宮・樫日廟などが書かれています。
 
 
明治時代に官幣大社となり、終戦までは勅祭社に指定され、現在でも十年に一度「吉日」を選定し、宮内庁より勅使が遣わされています。皇室の崇敬篤く本朝四所の一つに数えられ、神功皇后自らが植えられたという御神木は「ちはやふる香椎の宮のあや杉は神のみそきにたてる成けり」(新古今和歌集)と詠まれた老木です。「不老水」が湧くことでも有名です。
 
 
「秋季例祭」は、秋の神事で、雅楽や舞などが奉納されます。
 
 
香椎宮◇福岡県福岡市東区香椎4-16-1
 
◇JR「香椎神宮駅」徒歩3分◇「福岡IC」~10分
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「速記記念日」
 
「速記法」とは、話す言葉をそのまま記号化して書き取ってゆく術のこと。会議や討論会などの記録を取る手段として考えられた方法です。ヨーロッパでの歴史が古く、古代ギリシャでも使われていました。
 
 
日本で最初に速記文字を開発したのは、田鎖綱紀(たくさりこうき:1854~1938)で「田鎖式」と呼ばれます。明治15年(1882)10月28日に日本橋の「小林茶亭」で速記法の講習会を開いたのを記念し「速記記念日」として定められました。
 
 
他に、早稲田式、中根式など速記の文字は現在80種類ほどあるといわれますが、速記法の検定では速記記録したものを一定時間内に反訳する正確度を問うもので、速記の方式は何でも構わない事になっています。
 
 
衆参両議院で使用されている速記は、それぞれ衆議院と参議院の速記者養成所で訓練を受けた後に試験に合格した人が行っています。第一回帝国議会から速記録が残されています。速記者は通常2名置き、発言のみでなく、ヤジや発言者の態度・様子なども同時に書き留めているそうです。
 
 
速記者は速記文字から通常文字への反訳の際、固有名詞や専門用語の調査、簡単な文法ミスの修正、不要な単語のカット、言い間違いの修正なども行います。この作業を「整文」といい、技術者の腕の見せ所です。
 
 
近年は技術者不足から次第に録音で記録し、後でテープ起こしを依頼するという方式に移行していく傾向が見られます。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「読書週間」
 
昭和22年(1947)戦火の傷が残る中「読書の力によって平和な文化国家を作ろう」と、読書推進運動協議会の主催で、出版社、取次会社、書店、公共図書館、新聞、放送のマスコミ機関も加わって、第1回「読書週間」が開催されました。
 
 
翌年の第2回より10月27日~11月9日「文化の日を中心にした2週間」と定められ、全国に広がっていきました。現在は日本の国民的行事として定着し日本は世界有数の「本を読む国民の国」となりました。
 
 
戦前は東京書籍商組合主催で11月1日から1週間を「図書祭」としていました。読書週間の初日は「文字・活字文化の日」に制定されています。この日、各種の催事が行われます。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
本「原子力の日」
 
「原子力」とは、原子核変換により得られるエネルギー(核エネルギー)のこと、または、そのエネルギーを得る方法のことをいいます。
 
 
原子核反応により発生するエネルギーは、化石燃料の燃焼などの化学反応により発生するエネルギーに比べて桁違いに大きい。
 
 
昭和38年(1963)10月26日、茨城県東海村「日本原子力研究所」の動力試験炉が、原子力による発電に成功しました。また、昭和31年のこの日、国連の専門機関の一つである「国際原子力機関」に加盟したという日でもあり、これらを記念して「原子力の日」が設けられました。
 
 
原子力の利用目的には、「平和利用」および「軍事利用」があります。原子力の利用目的を平和利用に限るための国際機関としてIAEAがあります。
 
 
日本における原子力の研究開発及び利用は、「平和の目的に限定」し、民主的な運営のもとに自主的に行うもので、その成果を公開して国際協力に資するという原子力三原則があります。
 
 
原子力の平和利用とは核分裂や核融合で生じる「熱エネルギーの利用」のこと。平成6年6月現在で世界の30カ国または地域で原子力発電が行われ、日本では47基の商業用原子力発電所が稼働し、日本の商業発電量の31.2%を原子力発電が占めるまでになっています。
 
 
原子力の平和利用のもう一つは「放射線」の利用。医療用のX線撮影は診断には欠かせない手段の一つとなっています。
 
 
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本「宮崎神宮例祭」
 
「宮崎神宮」(みやざきじんぐう)は、神武天皇を祀る神社で「神武さま」と呼ばれ親しまれています。旧社名:宮崎神社、宮崎宮など。
 
 
筑紫を開拓した「健磐龍命」(たけいわたつのみこと=神武天皇の孫)の創建。正確な造営時期や由緒は不明ですが、建久8年(1197)地元の地頭・土持太郎信綱により社殿が造営されたと伝わります。
 
 
神武天皇に対する崇敬により、歴代の領主から深い崇敬を集め、明治維新により神武天皇の最初の宮の地として重視されるようになりました。
 
 
明治31年(1898)「神武天皇御降誕大祭会」が組織され、全国から多くの寄付を集めて現在の社殿が整備され「宮崎神宮」と改称。社殿は、伊勢の神宮と同じ神明造です。
 
 
「宮崎神宮大祭」(御神幸祭)は、神宮から瀬頭の御旅所まで神賑行列が練り歩く宮崎の恒例行事です。神賑行列(しんしんぎょうれつ)には約1000人が参加。宮崎の秋の風物詩となっており、沿道は多くの見物客で賑わいます。
 
 
宮崎神宮◇宮崎県宮崎市神宮2-4-1
 
◇JR日豊本線「宮崎神宮駅」徒歩10分
 
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本「天理教本部秋季大祭」
 
「天理教」(てんりきょう)とは、日本で江戸時代末に成立した新宗教の一つ。中山みきを教祖(おやさま)とする宗教団体。教祖は90歳で亡くなり、肉体としての身は隠しましたが、その魂は今でも現世に生きて人々の暮らしを見守っているという信仰があります。
 
 
天理教の教えでは、人間の命の発祥地の中心を「ぢば」(地場)と称し、教祖の「ぢばさだめ」という啓示でその場所を定めています。現在の天理教教会本部は、この「ぢば」を中心に建られ「おぢば」と呼ばれています。
 
 
人がこの地を訪れることは、故郷に帰ることであるということから「おぢばがえり」と呼んでいます。天理駅や天理市内の信者詰所等には「お帰りなさい」や「ようこそおかえり」などという看板が立てられています。
 
 
奈良県天理市は、天理教とともに発展した町で、市内には天理教本部をはじめとした宗教施設が多く立地します。日本最古の山の辺の道が通じ、石上神社、長岳寺、大和神社など、由緒ある名刹に古墳など数多くの歴史資産が点在する古代史の里です。
 
 
天理市内にある「天理教本部」は、神殿周辺を中心に教化教育、宿泊、広報関係、医療関係など、数多くの施設が設置され、信者だけでなく一般の人々に開放している施設もあります。毎月の祭典日や週末には、大勢の参拝者で賑わいます。
 
 
天保9年(1838)10月26日に天理教の教えが始まった事にちなんで、毎年10月26日に秋季大祭が行われます。教祖を慕う多くの人々が、世界中から帰り集います。
 
 
天理教教会本部◇奈良県天理市三島町271
 
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≪今日の読み物≫
 
本「伊賀上野天神祭」
 
「上野天神宮」と呼ばれる(通称:お天神さん)菅原神社は、旧上野町六千戸の産土神として、また文学の祖神として、あるいは牛馬の守護神として崇敬される菅原道真公を主神とする神社です。
 
 
古く、上野山平楽寺の伽藍神で、農耕神祇に発祥する神々を祀る神社でしたが、天正9年(1581)天正伊賀乱の後、藤堂高虎の城下町建設の際に、伊賀上野と上野城の守護神としてこの地に奉遷されました。
 
 
寛文12年(1672)1月、俳諧で身を立てることを決意した俳聖「芭蕉翁」が、その処女作「貝おほい」一巻を社前に奉納され、自らの文運を祈願しています。
 
 
毎年10月23~25日に行われる「上野天神祭」は、400数十年前に疫病が流行した際の「悪疫退散」を祈願して厄除けの鬼行列を行ったのが始まりと伝わります。
 
 
神輿の渡御に供奉する百数十体の鬼行列や、祭囃子を奏でながら、これに続く豪華絢爛な九基のだんじりに400年の伝統を伝えます。県の無形文化財に指定。
 
 
菅原神社(上野天満宮)◇三重県伊賀市上野東町2929
 
◇近鉄「上野市駅」徒歩5分◇名阪国道「上野東IC」5分
 
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