≪今日の読み物≫
 
もみじ「京都嵐山紅葉祭」
 
毎年11月の第2日曜日「嵐山紅葉祭」が行われます。これは、天下の名勝嵐山の紅葉を讃え、嵐山一帯を守護する「嵐山蔵王権現」に感謝する神事。嵐山渡月橋上流一帯に浮かんだ船上舞台では、由緒ある史蹟や文化、この地にゆかりの深い芸能が披露されます。
 
 
「嵐山」は、北は嵯峨野、南は桂と、名所旧跡の多い観光の中心地です。四季折々の表情を見せる渡月橋周辺は、桜と紅葉の名所として多くの観光客を集めます。
 
 
嵐山を象徴する「渡月橋」(とげつきょう)は、嵐橋とも呼ばれ、古く平安時代はじめの承和3年(836)空海の弟子・道昌が大堰川を修築したおりに架橋されたものと伝わります。
 
 
亀山上皇が曇りない夜空に月がさながら橋を渡るようなさまを見て「くまなき月の渡るに似る」と述べたことから名付けらたそう。渡月橋を境に、上流の「大堰川」から「桂川」と名を変えて流れる川は、平安京の貴族たちが舟遊びや紅葉狩りを楽しみました。
 
 
開催場所◇京都府京都市右京区嵐山渡月橋一帯
 
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本「京都空也堂開山忌」
 
「空也堂」(くうやどう)とは、紫雲山光勝寺極楽院と号する天台宗の寺で、「空也」を本尊とするため空也堂と呼ばれます。天慶2年(939)空也上人の開創と伝わり、当初は、三条櫛笥にあったので「櫛笥道場」とも、「市中道場」とも呼ばれました。
 
 
平安中期の念仏僧「空也」は、鐘を叩き念仏を唱えて全国を行脚し、仏教の庶民層への布教に尽力する傍ら、橋を架け、道路や井戸を整備し、野にある死骸を火葬して荼毘に付すなど社会事業も行いました。空也は「市聖(いちのひじり)阿弥陀聖」とも称され、後の「一遍」をはじめとする布教僧等に大きな影響を与えました。
 
 
市中に疫病が流行したとき、自ら「十一面観音像」(六波羅密寺の本尊・重要文化財)を拝み、それを車に乗せて洛中を引き、薬湯の茶を病人に与えて病人を救ったと伝わります。これが「王服茶笑」の起こり。
 
 
毎年11月第2日曜日、空也上人を偲んで開山忌(空也忌)の法要が営まれます。王服(おうぶく)茶の献茶式の後、空也僧による「歓喜踊躍(かんぎゆやく)念仏」と「六斎(ろくさい)念仏焼香式」が奉修されます。「京都の六斎念仏」は、重要無形民俗文化財に指定されています。
 
 
空也堂◇京都府京都市中京区蛸薬師通堀川西入る
 
◇市バス「堀川蛸薬師」停留所・徒歩3分
 
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≪今日の読み物≫
 
 
 来年の運勢(2012年の運勢)は?
 
 
◆一白水星の人は、南方位の「離宮」に回座します。
 
離宮は、南方は太陽が中天に光り輝く方位で、灼熱の 太陽の光と熱を受けて激しく活動する「熱照期」と呼ばれ、明るく活気に満ちた強い運気で、華やかに登り進む年となります。  
 
 
◆二黒土星の人は、北方位の「坎宮」に回座しています。
 
「困難宮」ともいわれ、発展性は皆無で、万事に塞がっていて通じないことが多くなります。気力・体力・財力ともに衰えは厳しく、万事に塞がって運気は最低に落ち込みます。いわゆる「厄年」です。
 
 
◆三碧木星の人は、南西方位の「坤宮」に回座します。
 
南西方は、運気循環して新しい運命周期が起こり、今迄の閉塞された運気が消滅し、徐々に運気が向上してきます。徐々に光りが差してきて気力も前向きになり、希望が湧いてきますが、まだまだ本調子ではありません。
 
 
◆四緑木星の人は、東方位の「震宮」に回座します。
 
震宮は内面から強い刺激を受け、衝動的に行動を起こしたくなるパワーが加わります。雷鳴が広く轟き、山岳が震動するほどの力を持ち奮い立たせます。これまで計画、準備してきた事柄をスタートさせる時です。
 
 
◆五黄土気の人は、南東方位の「巽宮」に回座します。
 
巽宮は「福禄宮」と呼ばれ、九年周期の運勢の中で一番福運の強い場所です。これまで努力してきた物事がまとまり、成長に一区切りついて形になるところ。万事に慎重さは必要ですが、不決断や迷いはチャンスを失い、信用が薄れることになります。
 
 
◆六白金星の人は、中央「中宮」に回座します。
 
中央の強い土気の作用を受けて、運気は不安定で波乱含みとなりますから警戒が必要。勢いに任せて無理を通したり、高慢な態度で人に接すれば、取り返しの付かない失敗を犯す危険を孕んでいます。
 
 
◆七赤金星の人は、北西の「乾宮」に回座します。
 
乾宮は別名「飛躍期」とも呼ばれ、内部から受ける刺激によって旺盛な意欲が湧き、四方八方活躍して休む暇もありません。これまで努力してきた事柄を完成させる多忙な日常の年となります。
 
しかし、暗剣殺と歳破を伴いますので、いつも以上に周囲への気配りや心配りをし、常に現況把握をする余裕が必要になります。
 
 
◆八白土星の人は、西の「兌宮」に回座します。
 
季節 では実りの秋を象徴するところで、これまでの努力が実り、悦びごとが多く表れ、心も懐も暖かくなり、快適で楽しく順調に過せる年です。 
 
 
◆九紫火星の人は、北東方位の「艮宮」に回座します。
 
艮宮は「変動期」と呼ばれ、さまざまなところに思いがけない変化変動が起こってきます。周囲の環境は勿論のこと、自分の心情や体調にも変化が訪れ、望まなくとも変化が起こり、また自らも変化を起こしたくなります。  
 
 
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≪今日の読み物≫
 
本「世界平和記念日」
 
「第1次世界大戦」は、1914年から1918年にかけて、ヨーロッパが主戦場となりアフリカ・中東・東アジア・太平洋・大西洋・インド洋にも及ぶ世界の大多数の国が参戦しました。
 
 
1918年(大正7)、ドイツとアメリカ合衆国が停戦協定に調印。第1次世界大戦が「終結」しました。この日を記念して設けられたのが「世界平和記念日」です。
 
 
足掛け5年にわたったこの戦争で、900万人以上の兵士が戦死し、この戦争によって当時流行していたスペイン風邪が船舶を伝って伝染し、世界的に猛威を振るって戦没者を上回る数の病没者を出しています。
 
 
また、この日は「サッカーの日」でもあります。サッカーは11人対11人で行う競技なので、この日が選ばれたそうです。
 
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本「大犯土」
 
「大犯土」(おおつち)は、選日の一つで、庚午の日から丙子の日までの7日間をいいます。翌日の丁丑の日を、障り無い「犯土間日」(つちまび)にして、戊寅の日から甲申までの7日間を「小犯土」としています。
 
 
この期間中に土を犯す事は忌むべきで、特に屋敷内の動土は凶。穴掘り、井戸掘り、種蒔きなどの土いじりは一切慎むべきとされ、これを犯すと災害を被るとされています。
 
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≪今日の読み物≫
 
本「己巳」
 
「己巳」(つちのと・み、き・し)は、干支(十干と十二支)の組み合わせ60のうちの「6番目」にあたり、弁財天を祭る日とされています。「巳待」(みまち)とも。
 
 
十干「己」(つちのと、き)は「陰の土」、十二支「巳」(み、し)は「陰の火」で、相生(火生土)。
 
 
「巳」は十二獣では「蛇」をあてています。蛇は弁財天の使いであると考えられていたことから、福徳賦与の神である弁財天を祀るようになりました。
 
 
暦注や暦に起因する様々な行事は、中国から渡ってきたものが多いですが、性質としては「庚申待」「甲子待」と同じでも、「己巳」は日本独自のものです。
 
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≪今日の読み物≫
 
本「119番の日」
 
「119番の日」とは、消防に対する正しい理解と認識を深め、防火防災意識の高揚、地域ぐるみの防災体制の確立を目的として、昭和62年(1987)自治体消防発足40周年を機に、消防庁によって、11月9日は119番の日として制定されました。
 
 
「119番」は、日本国内において消防機関に提供される「緊急通報用電話番号」で、「火災報知専用電話」とも呼ばれます。火事の時の緊急呼び出しを電話局が始めたのは大正6年(1917)のこと。その当時は、交換業務をやっている人に「火事!」と言えば消防署につないでくれる仕組みでした。消防署につなぐ番号が決まったのは昭和元年(1926)。番号は「112番」でしたが、掛け間違う人が多く、翌年に「119番」に変更になりました。この時は消防業務を警察機関が行なっていました。
 
 
119番は当初火事だけの対応でしたが、昭和9年(1934)に横浜市と名古屋市の消防署が救急業務を始め、次第に全国に普及し、昭和38年(1963)救急業務が法令で消防署の業務として定められました。
 
 
消火活動や救急救助活動は1分1秒を争う時間との勝負です。消防では「119番通報」によって、最も近い消防署から消防車や救急車など、最も適切な車両を直ちに出動させています。正しい119番通報が、迅速かつ的確な消防活動に繋がります。いざというときに備え、電話機のそばに自宅の場所の説明の仕方や電話番号などの必要事項を書いたメモを貼っておくなど、普段から落ち着いて正確な通報ができるよう心がけておきたいものです。
 
 
「119番の正しいかけ方」
 
■消防署:119番、消防署です。
     火事ですか?救急ですか?
■通報者:火事です。
■消防署:あなたのお名前と住所を言ってください。
■通報者:名前は、消防太郎です。
     住所は○○町1丁目2番3号です。
■消防署:近くに、何か目標がありますか?
■通報者:公立図書館の隣です。
■消防署:いまお使いの電話番号を言ってください。
■通報者:123の4567です。
■消防署:わかりました。何が燃えていますか?
■通報者:図書館の隣の私の家が燃えています。
■消防署:わかりました。
     直ちにそちらへ向かいます。
     あなたは大丈夫ですか?
     早く外に出てください。
■通報者:はい、わかりました。
 
(消防庁資料より)
 
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本「秋の全国火災予防運動」
 
11月9日(火)~15日(月)までの7日間、秋の火災予防運動が実施されます。火災が発生しやすくなる冬の季節を迎えるにあたり、火災予防の意識を一層高めるとともに、火災の発生・拡大を防止し、火災から尊い生命と貴重な財産を守ることを目的としています。
 
 
米国における火災予防運動は、1911年10月9日合衆国全土にわたってはじめて行われた「火災予防
ー」が起源。我が国もこれにならって行われるようになりました。
 
 
開始日の11月9日は、119番の日に因んだもの。この期間に、総務省消防庁から示される全国火災予防運動実施要綱に基づき、各自治体がそれぞれの特殊性を考慮して実施しています。
 
 
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本「太陽暦採用記念日」
 
「太陽暦」とは、地球が太陽の周囲を一回りする時間を1年と定めた暦で、「陽暦」あるいは「新暦」ともいいます。太陽の黄道上の運行、季節の交代する周期をもとに作られた暦法で、一太陽年(一回帰年)の長さに基づき暦年を設定し、月の運行(満ち欠け)による周期は考慮しません。
 
 
明治5年(1872)11月9日、それまでの太陰暦(旧暦※月の運行を基準とする)を廃止して太陽暦(新暦)を採用するという詔書を布告し、西暦を基準にすることになりました。
 
 
そのため、明治5年12月2日でその年が終わりになり、本来なら12月3日になる翌日が突然、明治6年1月1日になったのです。
 
 
準備期間がほとんどなかったので国内は混乱しましたが、福沢諭吉などの学者は合理的な太陽暦を支持し、普及させるための書物を著したりしました。
 
 
因みに、改暦せずに翌年を迎えた場合、旧暦でいう閏月のある年でした。閏月があると1年は13ヶ月になります。当時、財政難だった明治政府は、公務員の年13回の給料支払いを回避したかったのだとか…。改暦の結果、2か月分の給料を節約できたことになります。
 
 
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