≪今日の読み物≫
 
本「秩父夜祭」
 
「秩父夜祭」は、300年余の歴史のある祭で、京都祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭の1つに数えられています。
 
 
母巣の杜(ははそのもり)に鎮座する「秩父神社」は、2千有余年の歴史を刻む秩父地方の総社です。崇神天皇10年(紀元前87年)、秩父の国造「知知夫彦命」(ちちぶひこのみこと)が祖先を祭ったのが始まりと伝わり、古くから武家の信仰を集めていました。
 
 
旧社格は国幣小社。武州六大明神の一つとされています。社殿と参道の延長には武甲山があり、もともとは武甲山を神奈備(かむなび=神霊が鎮座する山や森のこと)として拝する聖地でした。
 
 
秩父夜祭は秩父神社の例大祭で、毎年12月1~6日に行なわれることから「六日市」と呼ばれました。武甲山(旧:武甲山蔵王権現社・現:武甲山御嶽神社)の「男神」(蛇もしくは竜神、神仏習合後は蔵王権現)と秩父神社母巣の森の「女神」(神仏習合後は妙見菩薩)が「1年に1度の逢瀬」を楽しむ祭りといわれています。寛文年間頃から付祭として屋台、笠鉾が曳かれるようになりました。
 
 
現在の社殿は、徳川家康が社領五百十七石を寄進し、天正20年(1592)に再建したもの。権現造りの社殿は極彩色の彫刻に彩られ、本殿の彫刻「つなぎの龍」(鬼門を守護する青龍)は有名です。
 
 
豪華な彫刻が施され提灯で飾られた笠鉾は「動く陽明門」とも言われます。勇壮な屋台囃子を打ち鳴らし、曳き回される笠鉾2基と屋台4基の山車は、国重要有形民俗文化財指定。屋台両袖に舞台を特設しての地芝居(秩父歌舞伎)や、地元の花柳一門と杵屋一門によるひき踊りは、秩父神社神楽と共に「秩父祭りの屋台行事と神楽」として、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 
 
「中近笠鉾」(なかちかさかほこ)は、安永4年(1775)造。のちに屋型などが付設され、床周囲の勾欄には丸彫金箔押の龍が巻きつき、立隠し板には二十四孝の孟宗、唐婦人、郭巨、董水、江華、子、舜、揚香の彫刻が施されています。天井には雲龍墨絵の襖が張られ、屋根は四方に軒唐破風を配して、入母屋造りの両妻に千鳥破風をつけた八棟。総体黒漆で随所に金具が打たれ、鬼板、懸魚、妻飾りなどの極彩色の彫刻を飾った宮殿風の構えとなっています。
 
 
「下郷笠鉾」(したごうかさほこ」安永3年(1774)には笠鉾の曳物でした。表の間約3m、妻3.9mの笠鉾としては大型で、上屋根の白木造りが特徴。正面大東破風の鬼板彫刻は、仙人が印を結び龍を寄せるという迫力のある彫技が見られ、内室立隠しの彫刻も鯉に乗る泰高、雲海から龍に乗り波上に降りようとする馬師王膝下に、鶴を見る黄鶴仙人などの中国仙人を刻んだ特色あるものとなっています。
 
 
秩父神社◇埼玉県秩父市番場町1-3
 
◇秩父鉄道「秩父駅」
◇西武「西武秩父駅」徒歩15分
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「障害者週間」
 
「障害者」とは、なんらかの機能の不全(障害)があるために、日常生活や社会生活に制約を受ける人のこと。定義上は、身体障害者、知的障害者、精神障害者を含みますが、日常語としては身体障害者のみを指す場合があります。
 
 
身体障害とは、一般的には先天的あるいは後天的な理由で身体機能の一部に障害を生じている状態をいいます。手・足がない、機能しないなどの肢体不自由、脳内の障害により正常に手足が動かない脳性麻痺など。視覚障害、聴覚障害、心臓病、呼吸器機能障害なども広義の身体障害です。
 
 
「しょうがい」の本来表記は「障礙」です。現代表記も「障碍」であることから「障害」を当てることは適当でないとし「障がい」と表記しているところも多くあります。
 
 
かつて、日本では「かたわ」(片端、片輪とも)「不具者」(ふぐしゃ)などとも呼ばれていましたが、現在ではこれらの言葉は「放送禁止用語・差別用語」として扱われ、TVや出版物、日常会話でもほとんど使われることはなくなりました。
 
 
「障害者週間」とは、平成16年6月の障害者基本法の改正により、国民の間に広く障害者の福祉についての関心と理解を深めるとともに、障害者が社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に積極的に参加する意欲を高めることを目的として設けられた週間です。
 
 
これは「国際障害者デー」また障害者基本法の公布日でもある12月3日から「障害者の日」である12月9日までの1週間と定められました。
 
 
すべての障害のある方に対し「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する」こと、「社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられる」ことを宣言するとともに、「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」ことを明らかにしています。
 
 
この期間を中心に、国、地方公共団体、関係団体や全国の各自治体においても、関連した様々なイベントや行事を開催しています。
 
 
財団法人国際障害者年記念ナイスハート基金では、国際障害者年の趣旨を踏まえ、次代を担う青少年の健全な育成と障害者とのふれあいを目指して諸事業を展開。
 
 
障害をもった人々と人間として、共に遊び、共に学び、共に働き、共に助け合える社会、即ち「完全参加と平等」の社会の実現に向けて「ナイスハートの輪」を展開しています。
 
 
◇財団法人国際障害者年記念ナイスハート基金
 
 東京都港区海岸1-4-26
 TEL:03-3434-2170
 http://niceheart.or.jp/index.html
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「映画の日」
 
明治29年(1896)11月25日から12月1日まで「キネトスコープ」が、日本ではじめて神戸で一般公開されました。この年から数えて60年目にあたる昭和31年(1956)の12月1日を「映画の日」と制定し、日本における映画産業発祥を記念する日としています。
 
 
「キネトスコープ」とは、トーマス・エジソンが発明した映画を観る装置のこと。1人ずつ箱の中を覗き込んで見るタイプのもので、今日のスクリーンに映写されるようなものではありません。当時は「ピープショー」とも呼ばれました。ピープ(peep)は覗くの意。
 
 
スクリーンに投影されるタイプの「映画」(シネマトグラフ)は、明治28年(1895)リュミエール兄弟によって発明されました。明治30年(1897)大阪の南地演舞場や京都で披露されています。
 
 
「映画」とは、映画館等の専用施設の中でスクリーンに投射して上映される「動画作品」のことで、古くは「活動写真」とも呼ばれました。
 
 
日本での活動写真公開の第一号は、明治32年(1899)6月20日、東京歌舞伎座で公開された「芸者の手踊り」という題名のドキュメンタリー映画です。
 
 
全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)は、昭和56年(1981)から「映画サービスデー」を始め、毎年12月1日には映画館入場料金が千円になるサービスを提供しています。
 
 
また、映画産業団体連合会(映団連)では、映画業界で永年にわたり勤続されてきた方々および映画産業の伸張に貢献された人々を表彰する式典を行っています。
 
 
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本「鉄の記念日」
 
安政4年(1857)南部藩の釜石市に日本で最初の洋式高炉が造られ、12月1日はじめて火が入れられました。これを記念して制定されたものです。
 
 
釜石の高炉を造ったのは、日本の近代製鉄の父と呼ばれる大島高任氏。この高炉の跡は現在も市内橋野町に残されています。
 
 
鉄は鉄鉱石や砂鉄などから作られます。鉄は酸化し易く、すぐに錆びてしまいます。製鉄の工程では、この酸化鉄を熱して熔かすことで金属の状態に戻します。日本の古代の製鉄法では、この過程は「たたら」によって行いました。現在でも刀剣用などの高級品は、たたらによって製造されています。
 
 
基本的に鉄は「純鉄」の状態では使いにくいので、必ず何かの「不純物」を混ぜます。特に多く使われるステンレスは、クロムとニッケルを混ぜて表面に皮膜を作り錆びにくくしています。
 
 
「鉄」という漢字は、戦後当用漢字制度のために使われるようになった俗字で、本字は「鐵」です。この字は「金の王なる哉」の意。つまり、種々の金属の王様が鐵だというわけです。
 
 
「国鉄」も「国鐵」だったら安泰だったかも知れません。「金を失う」では、黒字になる訳がなかった…のだとか。
 
 
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本「エイズの日」
 
「エイズ」とは、後天性免疫不全症候群(こうてんせいめんえきふぜんしょうこうぐん)Acquired ImmuneDeficiency Syndrome:AIDS のことで、一般に英語の略称エイズ
(AIDS)として知られます。
 
 
これは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が免疫細胞に感染し、免疫細胞を破壊して後天的に免疫不全を起こす免疫不全症のこと。
 
 
感染すると身体を病気から守る免疫系が破壊され、身体の抵抗力が低下し、様々な感染症や悪性腫瘍にかかってしまいます。
 
 
HIVに感染した場合、感染した人の健康状態や免疫システムの破壊速度により、感染後1~2年以内に発症する例から、15年経ってもこれといった感染症や合併症がおこらない例もあるなど人によって違いがあります。潜伏期間は症状がないにもかかわらず、性行為などによって他人にうつる状態にある期間となります。
 
 
HIV陽性と告知されても、必ずしも発病するとは限りませんし、同時にまったく症状が出なくても、生涯HIVを体内にもっており、他の人にうつる可能性があるということになるのです。
 
 
昭和56年(1981)アメリカ・ロサンゼルスで、同性愛男性に初めて発見され症例報告されました。
 
 
現在、全世界のヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者は5千万人に達すると言われています。その殆どがアジア、アフリカ地域の開発途上国において見られ、サハラ以南のアフリカには全世界の60%近くの患者がおり、増加傾向にあります。
 
 
近年では中国、インド、インドネシアにおいて急速に感染が拡大し、社会問題化しています。
 
 
日本では、昭和60年(1985)初めてAIDS患者が確認され、平成元年(1989)から「後天性免疫不全症候群の予防に関する法律」、平成11年(1999)からは「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律」が施行されました。
 
 
原因不明の死の病に対する恐怖感に加え、感染者に同性愛者や麻薬常習者が多かった事から、感染者に対して社会的な偏見が持たれた事がありましたが、現在は病原体としてHIVが同定され、異性間性行為による感染や出産時の母子感染も起こり得る事が広く知られるようになりました。
 
 
エイズ患者に対する差別的な偏見は少なくなったものの、未だこの病気に対する知識の不足から来る差別や偏見が問題視されていることも事実です。
 
 
「WHO」(世界保健機関)は、1988年に世界的レベルでのエイズまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を図ることを目的として、12月1日を「World AIDS Day」(世界エイズデー)と定め、エイ
ズに関する啓発活動等の実施を提唱しました。
 
 
日本においてもその趣旨に賛同し、毎年12月1日を中心にエイズに関する正しい知識等についての啓発活動を推進しています。この日、全国各地で様々な「世界エイズデー」イベントが実施されています。
 
 
「レッドリボン」(赤いリボン)は、もともとヨーロッパに古くから伝承される風習の一つで、病気や事故で人生を全うできなかった人々への追悼の気持ちを表すものでした。
 
 
エイズのために使われ始めたのは、アメリカでエイズが社会的な問題となってきた1980年代の終わり頃。演劇や音楽などで活動するニューヨークのアーティスト達にもエイズが広がり、エイズに倒れて死んでいくアーティスト達が増えていき、そうした仲間達に対する追悼の気持ちと、エイズに苦しむ人々への理解と支援の意思を示すために「赤いリボン」をシンボルにした運動が始まりました。
 
 
その考えに共感した人々によって国境を越えた世界的な運動として発展し「UNAIDS」(国連合同エイズ計画)のシンボルマークにも採用されました。
 
 
レッドリボンは「あなたがエイズに関して偏見をもっていない、エイズとともに生きる人々を差別しない」というメッセージです。
 
 
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本「歳末助け合い運動」
 
歳末たすけあい運動は、町会、自治会、婦人会、民生委員協議会などの団体や法人、個人の方々のご協力で行われています。新たな年を迎える時期に、支援を必要とする人たちが地域で安心して暮らすことができるよう、住民の参加や理解を得て様々な福祉活動を重点的に展開するための運動です。
 
 
毎年12月1日から31日まで行なわれる「歳末たすけあい募金」は、各都道府県の共同募金会が主体となって実施され、共同募金の一環として行われています。
 
 
善意の募金は、主に国内の高齢者や障害者に対する福祉の充実、また地域福祉活動の啓発や推進の為に使われています。最近では、災害支援準備金として、あるいは子育て支援活動に使われることも多くなってきました。但し、各都道府県内で「共同募金」に寄付したお金は、基本的に寄付した都道府県内の社会福祉に使われ、県外や国外に使うことは出来ません。
 
 
共同募金会に対する寄付金については、株式会社等の法人からの寄付金は「全額損金算入」、個人からの寄付金は所得税および住民税にかかる「寄付金控除の対象」となっています。
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 
 来年の運勢(2012年の運勢)は?
 
 
◆一白水星の人は、南方位の「離宮」に回座します。
 
離宮は、南方は太陽が中天に光り輝く方位で、灼熱の 太陽の光と熱を受けて激しく活動する「熱照期」と呼ばれ、明るく活気に満ちた強い運気で、華やかに登り進む年となります。  
 
 
◆二黒土星の人は、北方位の「坎宮」に回座しています。
 
「困難宮」ともいわれ、発展性は皆無で、万事に塞がっていて通じないことが多くなります。気力・体力・財力ともに衰えは厳しく、万事に塞がって運気は最低に落ち込みます。いわゆる「厄年」です。
 
 
◆三碧木星の人は、南西方位の「坤宮」に回座します。
 
南西方は、運気循環して新しい運命周期が起こり、今迄の閉塞された運気が消滅し、徐々に運気が向上してきます。徐々に光りが差してきて気力も前向きになり、希望が湧いてきますが、まだまだ本調子ではありません。
 
 
◆四緑木星の人は、東方位の「震宮」に回座します。
 
震宮は内面から強い刺激を受け、衝動的に行動を起こしたくなるパワーが加わります。雷鳴が広く轟き、山岳が震動するほどの力を持ち奮い立たせます。これまで計画、準備してきた事柄をスタートさせる時です。
 
 
◆五黄土気の人は、南東方位の「巽宮」に回座します。
 
巽宮は「福禄宮」と呼ばれ、九年周期の運勢の中で一番福運の強い場所です。これまで努力してきた物事がまとまり、成長に一区切りついて形になるところ。万事に慎重さは必要ですが、不決断や迷いはチャンスを失い、信用が薄れることになります。
 
 
◆六白金星の人は、中央「中宮」に回座します。
 
中央の強い土気の作用を受けて、運気は不安定で波乱含みとなりますから警戒が必要。勢いに任せて無理を通したり、高慢な態度で人に接すれば、取り返しの付かない失敗を犯す危険を孕んでいます。
 
 
◆七赤金星の人は、北西の「乾宮」に回座します。
 
乾宮は別名「飛躍期」とも呼ばれ、内部から受ける刺激によって旺盛な意欲が湧き、四方八方活躍して休む暇もありません。これまで努力してきた事柄を完成させる多忙な日常の年となります。
 
しかし、暗剣殺と歳破を伴いますので、いつも以上に周囲への気配りや心配りをし、常に現況把握をする余裕が必要になります。
 
 
◆八白土星の人は、西の「兌宮」に回座します。
 
季節 では実りの秋を象徴するところで、これまでの努力が実り、悦びごとが多く表れ、心も懐も暖かくなり、快適で楽しく順調に過せる年です。 
 
 
◆九紫火星の人は、北東方位の「艮宮」に回座します。
 
艮宮は「変動期」と呼ばれ、さまざまなところに思いがけない変化変動が起こってきます。周囲の環境は勿論のこと、自分の心情や体調にも変化が訪れ、望まなくとも変化が起こり、また自らも変化を起こしたくなります。  
 
 
 
運勢を上手に活用して
 
あなたの願いを叶えましょう(癶▽癶)ノ☆彡  
 
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≪今日の読み物≫
 
 
本「税関記念日」
 
「税関」とは、開港場・税関空港・国境などで、関税やとん税の賦課・徴収、輸出入貨物の取り締まりを行うことをいいます。
 
 
安政元年(1854)日米和親条約が結ばれ、我が国は諸外国に対し次々に港を開きました。安政6年(1859)長崎・神奈川・箱館(函館)の港に「運上所」という役所が設置され、今日の税関業務と同じように運上業務や外交事務を取り扱うことになりました。
 
 
明治5年(1872)11月28日「運上所」は「税関」と改められ、税関が正式に発足しました。これを記念して「税関記念日」として定め、広く税関の役割や業務について理解を得るとともに、税関業務への協力を求めるため、全国各地で様々なイベントが開催されます。
 
 
開港場の税関は現在、函館・東京・横浜・名古屋・神戸・大阪・門司・長崎・沖縄に置かれ、以下に多くの支署・出張所があります。
 
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本「親鸞聖人忌」
 
「親鸞聖人」(しんらしょうにん)は、平安貴族の政治が終わりを告げ、源氏と平家が相争う武士の時代を迎えた頃、承安3年(1173)京都の藤原(日野)有範の長男として生まれました。
 
 
9歳の時、京都の東山・青蓮院で得度された後、比叡山に登って勉学に励みました。しかし、20年に亘る学びにもかかわらず、苦しみや悩みを乗り越える道を見付けることが出来ません。そこで出家修行に終止符を打ち、東山吉水の法然上人を訪ね、そこで「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし」という教えに出会います。
 
 
承元元年(1207)「専修念仏禁止」の弾圧によって、師・法然は土佐へ、親鸞は越後国府へ流罪となります。親鸞35歳。藤井善信という俗名を名乗り「僧に非ず俗に非ず」という生活を送ります。赦免までの5年、後の2年間の越後で生活し、この間に恵信尼と結婚、信蓮房が生まれます。
 
 
赦免後は「愚禿釈親鸞」と自称。愚禿(ぐとく=頭を剃った愚か者の意)。京都へは戻らず、家族を伴って関東の地に向かいます。そして約20年間、多くの人々に念仏の教えを語り伝えました。
 
 
聖人は60歳を過ぎてから京都へ戻ります。この頃、「顕浄土真実教行証文類」が完成。弘長2年(1262)11月28日、90年の生涯を閉じ、京都の大谷の地に埋葬されました。ここに廟堂が建てられましたが、これが現在の真宗本廟(東本願寺)です。この日、親羅聖人忌法要が行われます。
 
 
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本「東京品川千体荒神大祭」
 
江戸三十三箇所観音札所番外、本尊に十一面観世音菩薩を祀る曹洞宗「海雲寺」(かいうんじ)は、建長3年(1251)僧不山によって開基。はじめは「庵瑞林」といい、海晏寺境内にあって臨済宗でしたが、慶長元年(1596)海晏寺五世分外祖耕大和尚を開山とし、曹洞宗に改められ、寛文元年(1661)海雲寺になりました。火と水を守る台所の神様として信仰されています。
 
 
「千体荒神大祭」とは、江戸時代から続く春秋の例大祭のこと。千躰荒神王がご開帳となり、家内安全、火災消除を祈願して大護摩修行が行われます。境内や門前の旧東海道には、縁起物の「お釜の形をしたオコシ」や「くず餅」が売られる露店が立ち並び、多くの参拝客で賑わいます。
 
 
三宝荒神を祀れば心願成就、開運出世諸災消除、台所で一番大切な火と水をお守り、一切の災難を除き、衣食住に不自由しないとされています。
 
 
海雲寺◇東京都品川区南品川3-5-21
 
◇京浜急行線「青物横丁駅」徒歩5分
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
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≪ 今日の暦 ≫
 
 
11月28日(月)
 
丁亥 ひのと・い
 
一白水気 いっぱく・すいき
 
友引 ともびき
 
三隣亡 さんりんぼう
 
 
税関記念日
 
親鸞聖人忌
 
東京品川千体荒神大祭
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪今日の凶殺方位≫
 
 
日破殺 巳【南東】九紫
 
暗剣殺 坎【北】六白
 
五黄殺 離【南】五黄
 
定位対冲 兌【西】三碧
 
 
※凶殺方位は、どなたさまにとっても悪い方位となりますのでお出掛けの際には十分ご注意下さい。
 
また、この方位に向かっての約束事などは良い結果に至りませんので避けて無難です。

 
 
起こりうる現象は?
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪あなたの今日の運勢は?≫
 
 ◎◎攻めも守りも好調
 ◎ 攻めて順調
 ○ 守って無難
 △ 謙虚な姿勢で穏やかに
 ▲ おとなしく明日に期待
 ▲▲休養第一早めの就寝を
 
 
一白水星△
 
あれこれ欲が出て落ち着かない。若者の話は聞き流して無難。
 
 
二黒土星◎
 
先の見通し良好で積極的に動けば実力以上の力が発揮出来る。
 
 
三碧木星◎
 
ケジメある言動が◎!周囲の流れは危険がいっぱいご注意を。
 
 
四緑木星▲▲
 
焦りは失敗の因。大口の取引や儲け話は一切お断りを。
 
 
五黄土星○
 
トゲトゲしい言葉は信用を失う。礼節を欠くことなく慎重に。
 
 
六白金星○
 
秘密事に関与すれば嫌われる。仲間内の誘いあれば楽しもう。
 
 
七赤金星▲
 
相手のミスから二度手間に。文書や印鑑の取り扱いにご注意を。
 
 
八白土星◎
 
統率力を発揮して信頼を得られるよう努力して好結果に。
 
 
九紫火星○
 
憂さ晴らしは散財して後悔す。地味で堅実な話あれば検討を。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 

ドキドキ素敵な一日を
 
お過ごし下さいませ
 
(癶▽癶)☆彡
 
 
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