≪今日の読み物≫
 
 「こと納め」「針供養」
 
「こと納め」とは、その年の事の終わりの行事のことで、陰暦12月8日に行われていたものです。
 
 
「針供養」とは、折れた縫い針や曲がった縫い針を供養する行事のこと。この日は針仕事を休んで、豆腐や蒟蒻、餅などのやわらかいものに刺して針に楽をさせ、針の労に感謝し、裁縫技術の上達を願います。
 
 
もともと中国で行われていた針供養に似た行事が、日本に伝わったもので、事始め・事納め・女の守護神である淡島信仰などと混合して出来上がったものが針供養であるといわれます。この日、芋・大根・焼豆腐・小豆・人参などの煮物料理を食べます。
 
 
和歌山の淡島神社(あわしまじんじゃ)では、その年に使って折れた針を集めておき、淡島堂へ納め、縫裁の上達を祈ります。祭神は「少彦名命」(すくなひこなのみこと)、「大己貴命」(おほなむじのみこと)、「息長足姫命」(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)を祀ります。
 
 
少彦名命は、医薬の神様です。特に女性の病気回復や安産・子授けなどに霊験あらたかといわれています。
 
 
針供養は関東では2月8日、関西では12月8日に行うところが多く、古く、事始めと事納めを一緒にして「事8日」(ことようか)と呼ばれていました。
 
 
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 「納めの薬師」
  
「納めの薬師」とは、その年の最後の薬師の縁日のことで、この1年間のご加護を感謝するとともに、新しい1年に向けての祈願をする行事です。
 
 
「薬師如来」は「東方浄瑠璃世界」の教主で、正式名は「薬師瑠璃光如来」で、大医王仏とも呼ばれます。広く人々の病気を治し延命するだけでなく、精神的な苦痛までも取り除くといわれます。
 
 
薬師如来を本尊として建立された寺院は、病気平癒を祈願したものが多く、法隆寺の本堂の薬師如来像は、聖徳太子の父君・用明天皇の病気平癒祈願のために安置されたもの。薬師寺の本尊薬師如来像は、後の持統天皇の病気平癒のために安置され、新薬師寺の薬師如来像も、聖武天皇の眼病平癒を祈願して安置されたものです。
 
 
人間の死を招く病気。身の不幸や心の病も病気とか。「欲が深くて、不正直で、疑い深くて、腹が立ち、不平不満の愚痴ばかり、これ皆病気です」とは薬師寺住職のお言葉です。
 
奈良大本山薬師寺◇奈良県奈良市西ノ京町457
 
◇東京別院◇東京都品川区東五反田5-15-17
 
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 「成道会」
 
「成道会」(じょうどうえ)とは、釈迦の成道を記念して行われる法要のこと。釈迦は臘月(12月)の8日に成道したと伝わります。そのため成道会を臘八会(ろうはちえ)とも称します。
 
 
「成道」とは、菩薩が修行の末、成仏得道、すなわち悟りを開いて仏になることをいいます。禅宗の各寺院では座禅苦行の臘八接心という厳しい修行が行われます。
 
 
音譜素敵な一日を
 
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≪今日の読み物≫
 
 二十四節気「大雪」たいせつ
 
12月7日20時29分「大雪」です。旧暦11月、「子(ね)の月の正節」で、天文学的には太陽が黄経255度の点を通過するときをいいます。
 
 
山の峰は積雪に覆われ、雪が激しく降り始めることから「大雪」といいます。平地でも北風が吹き、いよいよ冬将軍の到来が感じられます。日本海では大雪になるところもあります。
 
 
暦便覧では「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説明しています。
 
 
鰤(ぶり)やはたはたの漁が盛んになる頃。熊が冬眠
に入り、南天の実が赤く色づきます。
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「七十二侯」
 
◆初候「閉塞成冬」(へいそくして ふゆとなる)
 
◇天地の気が塞がって真冬となる時節。閉塞す=ふさがる
 
 
◆次候「熊蟄穴」(くま あなに ちっす)
 
◇熊が冬眠のため自分の穴に隠れる時節。蟄れる(かくれる)=「こもる」は古訓で、動物が土中に隠れるの意。
 
 
◆末候「ケツ(魚へんに厥)魚群」(けつぎょ むらがる)
 
◇鮭が群がり、河川をさかのぼって行く時節。ケツ=さけ、または淡水魚の「追河・おいかわ」(やまべなど)とも。
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「12月の花」
 
「ポインセチア」 灯台草科 ユーフォルビア属
 学名・ Euphorbia pulcherrima
 
アメリカ駐在のメキシコ大使「ポインセット氏」が、メキシコからアメリカに持ち込んで広まったことからこの名前が付きました。ポインセチアは観賞用ではなく、茎を切ったときに出る白い乳液を解熱剤として使うなど、医療用に栽培していました。
 
 
アメリカから渡った欧州では、クリスマスにキリストの血の色(赤)を飾る習慣があります。この時期に苞葉の赤色が最高に美しく、下葉の緑と調和し、花の中にある蜜腺の黄色が鈴の金色の役割りを果たしていることから、クリスマスに用いられるようになりました。欧米では「クリスマスフラワー」と呼ばれます。
 
 
日本には明治時代に渡りました。真っ赤な花は、大酒飲みの赤い顔に似ていることから、猩猩木(しょうじょうぼく)とも呼ばれます。猩猩は中国の想像上の怪獣で、猿のような顔で毛は紅色。
 
 
花言葉「聖なる願い」「私の心は燃えている」など。深みのある赤い苞葉は「愛情」をあらわします。
 
 
ベル素敵な一日を
 
お過ごし下さいませ
 
(癶▽癶)☆彡
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 「小田原秋葉権現火防祭」
 
「秋葉権現」(あきはごんげん)は、秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神です。神仏分離・神仏毀釈が行われる以前は「遠州大登山秋葉寺」(しゅうようじ)から勧請された「秋葉社」が全国に広まりました。
 
 
観音菩薩の化身とされた信州出身の秀修験者・三尺坊の歿後、「秋葉三尺坊大権現」としてお前立ちとして祀ったことが起源。観音菩薩を本地仏とし、75の眷属(狐や龍神など)を従えます。
 
 
「秋葉」の由来は、嵯峨天皇から寺に賜った和歌の中に「秋葉の山に色つくて見え」とあったことからとか。また、「行基が秋に開山したことによる」「焼畑に由来する」などの異説も。
 
 
秋葉三尺坊権現は「火難除けの神」として知られ、全国各地に「秋葉講」が結成され、遠州秋葉参りが盛んになりました。また、遠州秋葉参りできない人々の為に、地元に「秋葉権現」を勧請。秋葉講の講社の数は、盛時には全国3万余を数えました。
 
 
慶応4年(1868)神仏分離・廃仏毀釈により、修験道の神である秋葉権現は廃されました。明治6年(1873)遠州大登山秋葉寺は廃寺に追い込まれ、当時の国家神道の「秋葉神社」に強制的に改組されました。
 
 
「小田原秋葉権現火防祭」は、「秋葉山量覚院」で行われる火防(ひぶせ)祭です。秋葉山量覚院は江戸時代の小田原城主・大久保忠世が信仰していた遠州秋葉大権現の分社として設けられました。
 
 
「火之迦具土大神」(ひのかぐつちのおおかみ=火の幸を恵み、悪火を鎮め、火を司り給う神)を祭神として祀ります。火防の神様として全国各地から、消防や火力発電など「火を取り扱う仕事」の関係者が、お参りとお札を求めに訪れます。
 
 
防火祭では、修験者装束の山伏が天下泰平の祈願を行い、山伏問答をした後、オキの火の上を渡る「火渡り」の儀式が行われ、無病息災を祈願します。
 
 
秋葉山量覚院◇神奈川県小田原市板橋544
 
◇箱根登山鉄道「箱根板橋駅」徒歩10分
 
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≪今日の読み物≫
 
 「納めの水天宮」
 
「水天宮」(すいてんぐう)は、福岡県久留米市の水天宮「久留米水天宮」を総本社として、古来、農業、漁業、航海業者間に信仰が篤いのみならず、子供の守護神、安産の神として、病難、火災などの除災招福の神として信仰されてきました。
 
 
明治天皇御降誕の砌、孝明天皇が御祈誓されたことで有名。霊験あらたかなるを以て、明治元年に禁裏御祈祷所(勅願所)とされた名社です。
 
 
「水天」(すいてん)は、仏教における天部の一人で須弥山の西に住んでいるとされます。十二天の一つ、水の神。竜を支配するとされます。古代のイラン・インドのヴァルナという最高神で、バラモン教の聖典「ヴェーダ」の神話にも登場。ゾロアスター教ではこの神をアフラマズダとして称えます。
 
 
今から700年程前、平清盛の血をひく安徳天皇は、源氏の厳しい追及に京都から西へ西へと逃げていきました。しかし、壇ノ浦の合戦で源氏の軍船に取り囲まれ、祖母の「二位の尼」に抱かれて母の「建礼門院」と共に波間に身を躍らせました。
 
 
お仕えしていた官女の「按察使局」(あぜちのつぼね)も壇ノ浦で共に入水しようとしましたが、二位の尼に止められ「お前は生きて、われらの霊を慰めよ」との命を受けます。局は川のほとりに小さな祠を建て、安徳天皇とその一族の霊を慰める日々を送りました。これが水天宮の起源と伝えられています。
 
 
江戸時代には、大名には参勤交代が義務付けられていました。藩主は、領地を離れて江戸詰をしなくてはなりません。その間、水天宮にお参りができない為、第九代頼徳公は久留米から分霊をして、江戸屋敷内(現在の港区)に、水天宮を祀りました。文政元年(1818)これが東京水天宮のはじまりです。
 
 
本来、水天宮は殿様の屋敷神として祀られたもので、一般の人が参拝することは出来ませんでしたが、江戸の人々の信仰は次第に高まり、塀越しに賽銭を投げ込む人が後を絶ちません。遂に「五の日」に限り、屋敷が開放され参拝が許されました。
 
 
人々は「情け深い」ことを感謝する際に、有馬家と水天宮を洒落て「情けありまの水天宮」と言いました。「恐れ入りやの鬼子母神」という言葉と共に、江戸の流行語になっていました。
 
 
明治4年(1871)水天宮は屋敷の移転と共に赤坂に移り、さらに翌年に現在の日本橋蛎殻町に移転しました。日本橋蛎殻町界隈は、人影もまばらな寂しい場所でしたが、水天宮が移ると共に商店が増え始め、大変な賑わいを見せるようになりました。
 
 
拝殿で神様をお呼びする「鈴」を鳴らす布地(サラシ)の鈴紐のことを「鈴乃緒」(すずのお)と呼びますが、この鈴乃緒のおさがりを妊婦が腹帯にしたところ、大変に安産だったとか。水天宮では「戌の日」に安産祈願を済ませた腹帯を「鈴乃緒」と呼んで、授与しています。戌の日には安産祈願の妊婦さんがたくさんお参りします。
 
 
納めの水天宮は、今年1年の無事を感謝する参拝者や、古いお札を納めに来る人で賑わいます。
 
  
東京水天宮◇東京都中央区日本橋蛎殻町2ー4-1
 
◇地下鉄日比谷線・都営浅草線「人形町駅」徒歩5分
◇半蔵門線「水天宮駅」すぐ
 
 
全国総本宮◇福岡県久留米市瀬下町265
◇JR「久留米駅」徒歩10分
 

 
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≪ 今日の暦 ≫
 
 
12月5日(月)
 
甲午 きのえ・うま
 
三碧木気 さんぺき・もっき
 
先負 せんまけ
 
 
納めの水天宮
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪今日の凶殺方位≫
 
 
日破殺 子【北】八白
 
暗剣殺 震【東】一白
 
五黄殺 兌【西】五黄
 
定位対冲 乾【北西】四緑
 
 
※凶殺方位は、どなたさまにとっても悪い方位となりますのでお出掛けの際には十分ご注意下さい。
 
また、この方位に向かっての約束事などは良い結果に至りませんので避けて無難です。

 
 
起こりうる現象は?
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪あなたの今日の運勢は?≫
 
 ◎◎攻めも守りも好調
 ◎ 攻めて順調
 ○ 守って無難
 △ 謙虚な姿勢で穏やかに
 ▲ おとなしく明日に期待
 ▲▲休養第一早めの就寝を
 
 
一白水星◎
 
目上や上司、後援者との交流は積極的に動いて好結果に。
 
 
二黒土星○
 
不満を覚えれば時間切れに。目上の指示に従って無難。
 
 
三碧木星△
 
自己改革に挑戦するも成果ナシ。飲食の誘いもお金の無駄に。
 
 
四緑木星◎
 
頭冴え完成に導くことが出来る。周囲に邪魔されないように。
 
 
五黄土星○
 
悲観的になり落ち込みそう。流れに身を任せて無難に。
 
 
六白金星▲▲
 
起死回生を図れば衰退の方向へ。部下の責任を被ることも。
 
 
七赤金星○
 
周囲の注目を浴びて華やかな日。身嗜みを整えて清潔に。
 
 
八白土星▲
 
気力落ちて挫折する。思い違い勘違いで悩む可能性も…。
 
 
九紫火星▲
 
強い欲に支配されて名乗りをあげれば手違い生じて大失敗。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 

ラブラブ素敵な一日を
 
お過ごし下さいませ
 
(癶▽癶)☆彡
 
ペタしてね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
≪今日の読み物≫
 
本「天一天上」
 
「天一天上」(てんいちてんじょう)とは、「癸巳」(みずのと・み)から「戊申」(つちのえ・さる)までの16日間をいいます。
 
 
方角神が天上に去ってしまい、悪さをしない佳日とされ、「天一天上の間は天一神の祟りがなく方角の禁忌はなくなる」というので、どの方角へ出掛けるにも良しとされました。特に縁起を担ぐ相場師に利用されたといわれています。
 
 
そのかわり、この期間中は「日遊神」が地上に降りて家の中に留まります。日遊神は不浄を嫌い、屋内の汚れた人家には祟りをするといわれていますから、清潔にしておかなければなりません。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
「天一神」(てんいちじん)は方角神の一つで、「中神」(なかがみ)ともいい、地星の霊で、荒神です。天と地の間を規則正しく往復し、四方八方を巡り、人の吉凶禍福を司ります。
 
 
天一神のいる方角を犯すと祟りがあるとされ、神の滞在する方角を「塞がり」といってこの方角を犯すことを忌み、このことを「物忌み」(ものいみ)といいます。その方角に真っ直ぐ向かうことは禁物で、どうしてもその方角に行かなければならない時は「方違え」(かたたがえ)をします。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
「天一神の遊行日」
 
☆乙卯から5日間=卯(東)
☆庚申から6日間=巽(南東)
☆丙寅から5日間=午(南)
☆辛未から6日間=坤(南西)
☆丁丑から5日間=酉(西)
☆壬午から6日間=乾(北西)
☆戊子から5日間=子(北)
☆己酉から6日間=艮(北東)
 
 
この期間、この方角に、天一神が天上から降りてきて下界八方を巡って過ごしますから、この方角を忌み、この方角に向かっての出産、争い事、殺生、弓を射ることなどを忌み嫌うのです。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
本「人権週間」
 
「人権」とは、人の権利。通常は基本権や基本的人権(fundamental human rights)と同義のものとしてとらえられます。ただし、基本権という場合とは違い、他人から与えられたのではなく生来的に有するものであるというニュアンスで語られることが多い。
 
 
「人権週間」とは、世界人権宣言の趣旨と重要性を広く国民に訴えかけるとともに人権尊重思想の普及高揚を図るための週間として設けられました。
 
 
国際連合は、昭和23年(1948)第3回総会で「世界人権宣言」が採択されたのを記念し、昭和25年(1950)第5回総会において、世界人権宣言が採択された12月10日を「人権デー」と定めました。
 
 
「世界人権宣言」とは、すべての人民とすべての国民が達成すべき基本的人権についての宣言。正式名称は「人権に関する世界宣言」(Universal Declaration of Human Rights)。略称:UDHR。
 
 
世界人権宣言は、この宣言後に「国際連合」で結ばれた人権条約の基礎となっており、世界の人権に関する規律の中でもっとも基本的な意義を有します。
 
 
法務省と全国人権擁護委員連合会は、世界人権宣言が採択された翌年の昭和24年(1949)から、毎年12月10日の人権デーを最終日とする1週間を「人権週間」と定め、人権尊重思想の普及高揚のための啓発活動を全国的に展開しています。
 
 
全国の各自治体では、様々なイベントや行事を開催しています。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
ベル素敵な一日を
 
お過ごし下さいませ
 
(癶▽癶)☆彡
 
 
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