≪今日の読み物≫
 
 
 「東京浅草観音年の市」
 
「浅草観音」(あさくさかんのん)の正式名称は「浅草寺」(せんそうじ)です。本尊は聖観音(しょうかんのん)。坂東三十三箇所観音霊場の札所13番。江戸三十三箇所観音霊場の札所1番。
 
 
もともと天台宗に属していましたが、第二次世界大戦後に独立し、聖観音宗の総本山となりました。観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」「浅草の観音様」と呼ばれ、広く親しまれています。
 
 
東京都内最古の寺院「浅草寺」(せんそうじ)の歴史は古く、明暦3年(1657)に観音堂の北に新吉原遊郭が出来たことで人々が集まるようになりました。浅草寺の催事には大勢の人達が押し寄ましたが、中でも「年の市」賑やかな行事の一つでした。
 
 
「年の市」(としのいち)とは、12月中頃から年末にかけて、正月の贈り物や縁起物、正月飾りや正月用品、日用品などを売る市のこと。
 
 
古く、人々がお正月を迎えるために、それぞれ余った作物や不要なった物を、物々交換していたのが始まりです。「歳末大売出し」などのセールや、植木市、ぼろ市、つめ市というのもこの名残。東京では、浅草観音で行われる市がもっとも古い年の市です。
 
 
年の市で売られるものは、しめ飾り・神棚・桶・餅・鯛・海老・昆布、羽子板・凧など。まな板や柄杓などの台所用品も並びます。新年を迎えるにあたり、新しいものを使い始めようという、日本人のケジメの心を物語ります。
 
 
浅草寺◇東京都台東区浅草2-3-1
 
◇営団地下鉄銀座線・都営地下鉄浅草線・東武伊勢崎線「浅草駅」徒歩5分
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「奈良春日大社若宮おん祭」
 
春日大社の摂社「若宮」の御祭神は、本宮第三殿の天児屋根命と第四殿の比売神の御子神「天押雲根命」(あめのおしくもねのみこと)で、平安時代に御出現され「水徳の神」と仰がれました。
 
 
長承年間に大雨洪水により飢饉が相次ぎ、疫病が蔓延し、時の関白・藤原忠通公が万民救済の為に若宮の御霊威にすがり、保延元年旧暦二月二十七日、大宮(本社)と同じ規模の壮麗な神殿を造営しました。
 
 
翌年旧暦九月十七日、若宮の御神助を願って春日野に御神霊をお迎えし、祭礼を奉仕したのが「おん祭」の始まりです。長雨洪水も治まり晴天が続いたので、以後870年余に亘り、五穀豊穣・万民安楽を祈り、盛大に執り行われています。
 
 
おん祭は、奈良の年中行事で最も大規模なものとして有名。見所は神霊の渡御式です。装束姿の春日の使いを先頭に、巫女・細男(せいのお)・田楽法師・競馬騎士・大名行列などが市中を練り歩きます。御旅所にはかがり火が焚かれ、深夜まで古典芸能が奉納されます。おん祭は、国の重要無形民族文化財に指定されています。
 
 
春日大社◇奈良市春日野町160
 
◇JR・近鉄「奈良駅」から「春日大社本殿行」バス約11分
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「伊勢神宮月次祭」
 
広い神域の中に千古の杉に囲まれた「伊勢神宮」は、神社本庁の本宗で、正式名称は「神宮」(じんぐう)ですが、他の神宮と区別するために「伊勢神宮」と呼ばれます。
 
 
神道の神社では別格とされており、格付けはされません。明治政府により国家神道の頂点の神社として位置付けられました。
 
 
「皇大神宮」(こうたいじんぐう)と呼ばれる「内宮」(ないぐう)と、「豊受大神宮」(とようけだいじんぐう)と呼ばれる「外宮」(げぐう)からなり、別宮・摂社・末社・所管社をあわせた125社を「神宮125社」と呼びます。
 
 
御祭神は「内宮・皇大神宮=天照大御神」(あまてらすおおみかみ)を祀ります。皇室の御祖先の神で日本人の総氏神とも言われています。 御神体「八咫鏡」(やたのかがみ=三種の神器の一つである鏡)。相殿神に天手力男神、万幡豊秋津姫命。
 
 
「外宮・豊受大神宮=豊受大神」(とようけおおみかみ)。衣食住をはじめすべての産業の守りです。神相殿神に御伴神3座です。
 
 
「月次祭」(つきなみさい)は、神宮で行なわれる三節祭の一つ。神嘗祭(かんなめさい)と並ぶ重要なお祭が執り行われます。
 
 
伊勢神宮◇三重県伊勢市
 
◇内宮=近鉄「宇治山田駅」バス15分
◇外宮=JR・近鉄「伊勢市駅」徒歩5分
 
 
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≪ 今日の暦 ≫
 
 
12月12日(月)
 
辛丑 かのと・うし
 
五黄土気 ごおう・どき
 
仏滅 ぶつめつ
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪今日の凶殺方位≫
 
 
日破殺 未【南西】二黒
 
暗剣殺 ありません
 
五黄殺 ありません
 
定位対冲 ありません
 
※五黄土気中宮の日は、暗剣殺などの凶殺方位はありませんが、外に無い分、内にあると考えます。戸締りや火の元に用心です。
 
 
※凶殺方位は、どなたさまにとっても悪い方位となりますのでお出掛けの際には十分ご注意下さい。
 
また、この方位に向かっての約束事などは良い結果に至りませんので避けて無難です。

 
 
起こりうる現象は?
 
PC http://www.yunmu.info/
 
Mobile http://www.yunmu.info/m/
 
有料会員専用サイト
 http://yunmu.jp/member/wordpress/
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
≪あなたの今日の運勢は?≫
 
 ◎◎攻めも守りも好調
 ◎ 攻めて順調
 ○ 守って無難
 △ 謙虚な姿勢で穏やかに
 ▲ おとなしく明日に期待
 ▲▲休養第一早めの就寝を
 
 
一白水星◎
 
エネルギーの消耗を抑え将来の計画をジックリ練ろう!
 
 
二黒土星○
 
あれこれ迷いあるも奉仕の精神を忘れず流れに任せて無難。
 
 
三碧木星○
 
慢心の中に危険あり。人の好意を踏みにじるなどもっての外。
 
 
四緑木星▲▲
 
投資や投機、金融に関する事柄に注意。身辺の整理整頓を。
 
 
五黄土星◎
 
ソフトな口調で楽しい会話が出来る。宴席へ積極的に参加を。
 
 
六白金星◎
 
仲間内の問題に打開策が見つかる。結束を図れば好結果に。
 
 
七赤金星▲
 
不満を解消しようと遊興に走れば泣く事に。目立てば裏目に。
 
 
八白土星○
 
自分のやり方に拘れば障害生ず。目上の指示に従って無難。
 
 
九紫火星▲
 
目立てば古傷を知られ名誉失墜の憂き目に。控えめが肝要。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「来年のあなたの運勢は?」
 
 
◆一白水星の人は、南方位の「離宮」に回座します。
 
離宮は、南方は太陽が中天に光り輝く方位で、灼熱の 太陽の光と熱を受けて激しく活動する「熱照期」と呼ばれ、明るく活気に満ちた強い運気で、華やかに登り進む年となります。  
 
 
◆二黒土星の人は、北方位の「坎宮」に回座しています。
 
「困難宮」ともいわれ、発展性は皆無で、万事に塞がっていて通じないことが多くなります。気力・体力・財力ともに衰えは厳しく、万事に塞がって運気は最低に落ち込みます。いわゆる「厄年」です。
 
 
◆三碧木星の人は、南西方位の「坤宮」に回座します。
 
南西方は、運気循環して新しい運命周期が起こり、今迄の閉塞された運気が消滅し、徐々に運気が向上してきます。徐々に光りが差してきて気力も前向きになり、希望が湧いてきますが、まだまだ本調子ではありません。
 
 
◆四緑木星の人は、東方位の「震宮」に回座します。
 
震宮は内面から強い刺激を受け、衝動的に行動を起こしたくなるパワーが加わります。雷鳴が広く轟き、山岳が震動するほどの力を持ち奮い立たせます。これまで計画、準備してきた事柄をスタートさせる時です。
 
 
◆五黄土気の人は、南東方位の「巽宮」に回座します。
 
巽宮は「福禄宮」と呼ばれ、九年周期の運勢の中で一番福運の強い場所です。これまで努力してきた物事がまとまり、成長に一区切りついて形になるところ。万事に慎重さは必要ですが、不決断や迷いはチャンスを失い、信用が薄れることになります。
 
 
◆六白金星の人は、中央「中宮」に回座します。
 
中央の強い土気の作用を受けて、運気は不安定で波乱含みとなりますから警戒が必要。勢いに任せて無理を通したり、高慢な態度で人に接すれば、取り返しの付かない失敗を犯す危険を孕んでいます。
 
 
◆七赤金星の人は、北西の「乾宮」に回座します。
 
乾宮は別名「飛躍期」とも呼ばれ、内部から受ける刺激によって旺盛な意欲が湧き、四方八方活躍して休む暇もありません。これまで努力してきた事柄を完成させる多忙な日常の年となります。
 
しかし、暗剣殺と歳破を伴いますので、いつも以上に周囲への気配りや心配りをし、常に現況把握をする余裕が必要になります。
 
 
◆八白土星の人は、西の「兌宮」に回座します。
 
季節 では実りの秋を象徴するところで、これまでの努力が実り、悦びごとが多く表れ、心も懐も暖かくなり、快適で楽しく順調に過せる年です。 
 
 
◆九紫火星の人は、北東方位の「艮宮」に回座します。
 
艮宮は「変動期」と呼ばれ、さまざまなところに思いがけない変化変動が起こってきます。周囲の環境は勿論のこと、自分の心情や体調にも変化が訪れ、望まなくとも変化が起こり、また自らも変化を起こしたくなります。  
 
 
人生 お一人さま 一回限り!
 
なりたい自分に なりましょう(癶▽癶)ノ☆彡  
 

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≪今日の読み物≫
 
 
 「岡山最上稲荷火焚祭」
  
日本三大稲荷の一つ「最上稲荷」(さいじょういなり)の正式名称は「最上稲荷教総本山妙教寺」。明治の神仏分離令の際に、神仏習合の祭祀形態が許された寺で、神宮形式の本殿には本尊の「最上位経王大菩薩」を祀ります。
 
 
天平勝宝4年(752)報恩大師が八畳岩に於いて、本尊の最上位経王大菩薩を感得したのが始まり。古く「龍王山神宮寺」(じんぐうじ)として繁栄しました。五穀豊穣、商売繁盛、開運など様々な御利益をもたらす神さまとして人々の信仰を集めます。
 
 
「火焚祭」(ひたきさい)は、一年間、家内安全など家族を守り諸願を叶えた御札を焚き上げます。この炎にあたると一年を無病息災で過ごせると伝わります。この日は特別に「火難除札」が授与されます。両日で約2万人の参拝者が訪れます。
 
 
最上稲荷◇岡山市高松稲荷712
 
◇JR「岡山駅」バス30分
◇岡山自動車道「岡山総社IC」から約5キロ
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 「世界人権デー」
 
昭和23年(1948)12月10日、第三回国際連合総会において「世界人権宣言」されました。正式名称は「人権に関する世界宣言」。略称「UDHR」。(Universal Declaration of Human Rights)
 
 
世界人権宣言は、人権および自由を尊重し確保するために「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を宣言したもので、人権の歴史において重要な地位を占めています。
 
 
これを記念して、毎年12月10日を「世界人権デー」とし、世界中で記念行事が行われます。日本では、この日までの一週間を「人権週間」としています。
 
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「納めの金毘羅」
 
「こんぴらさん」の名で親しまれている「金刀比羅宮」(ことひらぐう)の総本宮は、四国・琴平町にある琴平山(象頭山=ぞうずさん)の中腹に鎮まります。
 
 
御祭神「大物主神」(おおものぬしのかみ)を祀り、古くは「琴平神社」(ことひらじんじゃ)と称しました。本地垂迹説の影響から「金毘羅大権現」(こんぴらだいごんげん)と改称し、相殿に「崇徳天皇」(すとくてんのう)を合祀しました。
 
 
その後、明治元年に神仏混淆が廃止され、元の神社に復り「金刀比羅宮」と改称して現在に至っています。
 
 
大物主神は「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)の弟で、「建速素盞嗚命」(たけはやすさのおのみこと)の子です。大国主神の和魂神(にぎみたまのかみ)で、農業殖産、漁業航海、医薬、技芸などの神様として、全国の人々の篤い信仰を集めています。
 
 
毎月10日に月次祭が行われています。12月10日はその年最後の月次祭で「納めの金毘羅」と呼ばれます。
 
 
金刀比羅宮◇香川県仲多度郡琴平町892-1
 
◇JR土讃本線「琴平駅」徒歩20分
◇瀬戸中央自動車道「坂出IC」から30分
◇四国横断自動車道「善通寺IC」15分
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「大宮氷川神社大湯祭」
 
武蔵一之宮「氷川神社」は、武蔵国各地にある氷川神社の総本社で、延喜式神名帳では名神大社に列し、聖武天皇の時代に「武蔵国一宮」に定められ、他の氷川神社と区別するため「大宮氷川神社・おおみやひかわじんじゃ」と呼ばれます。
 
 
その門前町は「大いなる宮居」から「大宮」という地名で栄えました。ちなみに、埼玉県の「大宮市」という地名は、平成13年(2001)に地図上から消滅しました。大宮市、浦和市、与野市の3市が合併して「さいたま市」が発足したためです。
 
 
氷川神社は凡そ二千有余年前、第5代孝昭天皇の御代三年四月未の日の創立と伝わります。主祭神に「須佐之男命」(すさのおのみこと)、「奇稲田姫命」(いなだひめのみこと)、「大己貴命」(おおなむちのみこと)を祀ります。
 
 
明治以後、国都が武蔵国に設置された事から、四方拝などの宮中祭祀の対象に加えられるなど、皇室からも重んじられました。
 
 
第13代・成務天皇の時代、出雲の「兄多毛比命・えたもひのみこと」が一族を連れてこの地に移住し、武蔵国造となり氷川神社を崇敬しました。
 
 
この一帯は、出雲族が開拓した地で、武蔵国造は出雲国造と同族とされます。社名「氷川」も、出雲の「簸川、肥河」という川の名前に由来するという説があります。
 
 
毎年12月10日、午前8時より神事が行われます。神前には、百味膳(ひゃくみぜん)という海川山野の種々の神饌を供え、参道には飲食物の露店、境内には熊手などの縁起物を売る露店が出店し、全国稀に見る酉の市として知られます。
 
 
武蔵一宮氷川神社の神事「大湯祭」にあわせて行われる伝統の酉の市は、毎年12月10日に行われるため「十日市」(とおかまち)といわれます。縁起物の熊手の他、まねき猫・だるま・神棚、来る年の暦や運勢・吉凶が書かれている雑誌などを売る露店が多く並び、多くの人出で賑わいます。
 
 
氷川神社◇埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407
 
◇東武野田線「大宮公園駅」「北大宮駅」徒歩10分
◇JR高崎線「大宮駅」徒歩20分
◇首都高埼玉大宮線から埼玉新都心線「新都心出入り口」から北へ5分
 
 
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≪今日の読み物≫
 
 「京都了徳寺大根焚き」
 
法輪山「了徳寺」(ほうりんざんりょうとくじ)は、通称「大根焚寺」(だいこんだきでら)と呼ばれ、毎年12月9・10日に行われる「大根焚き」の行事で有名です。
 
 
建長4年(1252)親鸞上人が法然上人の遺跡を訪ねてこの地に来て説教したところ、里人が喜んで大根を煮てもてなしました。親鸞はこれに深く感じ、庭のすすきを束ねて筆にして「帰命尽十万無碍光如来」の十文字を記して、里人に与えました。
 
 
この故事から、大根を煮て皆で分け合って食べる習わしになりました。三つの大鍋に大根と油揚げを入れ、醤油で煮込みます。約3千本の大根は、早朝より大鍋に入れられ薪で焚かれます。二日間で約2トンも焚き上げるそう。この大根を食べると中風のおまじないになると伝わり、多くの参拝者で賑わいます。
 
 
了徳寺◇京都府京都市右京区鳴滝本町83
 
◇阪急「四条大宮」バス
◇京福電車「高雄口」「鳴滝」徒歩5分
◇JR「京都駅」バス「鳴滝本町」所要45分
 
:*:--☆--:*:--☆--:*:
 
 
 「漱石忌」
 
「夏目漱石」は、慶応3年(1867)江戸牛込馬場下横町の町方名主、夏目小兵衛直克の末子として生まれました。母は子沢山の上に高齢で出産したので恥じたとか。漱石は望まれない子として生まれ、幼くして養子に出されます。
 
 
本名「金之助」と名付けられたのは、漱石の生まれた日が「庚申」に当り、庚申の日に生れた子供は大泥棒になるといわれ、それを避ける為に名前に「金」の字
をつけたそう。
 
 
明治22年(1889)大学の同窓・正岡子規との出会いにより俳句を学びます。帝国大学英文科卒業後、松山中学校、熊本第五高等学校などの教師を務めた後、英国へ留学。帰国後、東大講師を勤めながら「吾輩は猫である」を執筆し、子規門下の会「山会」で発表し好評を博します。
 
 
翌年、雑誌「ホトトギス」に読み切りとして掲載。これが評判で「倫敦塔」「坊ちゃん」などの作品を発表。人気作家としての地位を固めます。以後、朝日新聞に「虞美人草」「三四郎」「それから」「門」「彼岸過迄」「行人」「こゝろ」「道草」「明暗」などを連載。
 
 
大正5年(1916)12月9日胃潰瘍のため死去。「明暗」の執筆中でした。享年50歳。最期の言葉は寝間着の胸をはだけながら叫んだ「ここにみずをかけてくれ!死ぬと困るから!」であったといいます。
 
 
漱石の遺体は解剖され、摘出された脳は現在もアルコールに漬けられた状態で東京大学医学部に保管されています。重さは1425g。戒名は「文献院古道漱石居士」。墓所は東京都豊島区南池袋の雑司ヶ谷霊園(ぞうしがやれいえん)です。
 
 
雑司ヶ谷霊園◇豊島区南池袋4-25-1
◇JR「池袋駅」東口徒歩約20分
 
※他に、ジョン万次郎、小泉八雲、島村抱月、竹久夢二、泉鏡花、東條英機、永井荷風、サトウハチロー、東郷青児、大川橋蔵など著名人が眠ります。漱石「こゝろ」の舞台にもなっています。
 
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